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さよなら、メモリーズ。  作者: 葦原 聖
いつか見た満点の星空と
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喫茶店 ②

今日も今日とて更新します。本日一話目です。

読んでくださった方、そしてその中でも評価までしてくださった方には感謝の気持ちが絶えません。ありがとうございます。

「————どうして君は」


「ん……?」


「どうして君は、わたしの事を手伝おうとしてくれるの?」



 最後の一口を放り込み、パフェを堪能した後、華耶は意を決してという風に僕に問いかける。その声音から判断するにずっと疑問に思っていたのだろう。

 初対面と言える関係性の異性が手伝いを申し出てくる、それは年ごろの女性にとっては警戒するに値する出来事だろう。ましてや彼女は記憶喪失。特に周囲に対して不安感を抱いていても不思議ではない。


 さて、どう話したものか。僕が彼女の話を聞こうと思った理由はいくつかある。その中でどれが一番の容量を占めているか。答えは直ぐに出た。



「————彼女がさ、言ってたんだ」


「あ、さっきは全然言おうとしなかったのに。お惚気ですか?」


「そう捉えて貰って構わないよ。僕の彼女はね、それはもう善人も善人でね、見てるこっちが心配になるくらい。その彼女がね、『情けは人のためならず』って、そんなような事をいつも言っていたんだ。月並みの台詞だろ? 僕もそう思う。だけど……」


 『情けは人のためならず』だけじゃない。とにかくなにがしかの理由をつけて人助けを行っていた。例え身体に傷が付こうと、例え力を貸した相手からお礼の言葉の一つすらもらえなかったとしても。

 彼女にとって、人のために動く事は呼吸する事と同じくらい簡単な事だったのだろう。間近でそれを見ていた僕にも少なからずの影響を与えるほどに、『彼女』の性分は高潔なものだった。



「だけど、人が人を助けようとする事にそんな大層な理由なんていらないと思うんだ。ほんの少しの共感だけで身を投げ出してまで人を助けようと思える。それが人ってやつなんじゃないの」


「————————」



 無言、が漂う。元々奥まった場所のボックス席だ。先ほどまではそれなりに他の客の声なども聞こえていたのだが、閉店も近いようだし既に出ていった後なのだろう。

 痛いほどの沈黙が総出で僕の精神へと襲い掛かる。恥ずかしい事を言っている自覚はある。それでも、言わずにはいられない理由があった。だから僕は『彼女』と同じ道をなぞる。


 『彼女』がもしこの場にいたとすれば、僕と同じような選択を取るだろうから。



「————ほっ」



 そうやって華耶は小さく息を吐いた。

 一つだけ幸いな事があったとすれば、それは華耶が僕を、そして『彼女』を笑おうとしなかった事。そんな人と僕は席を同じくする事は出来ない。僕のためにも、そして『彼女』のためにも。だけど、そんな心配は無意味だったみたいだ。


 それもほとんど分かっていた事ではあった。これまでの交流で華耶の人となりは多少なりとも感じ取れている。だからこそ僕もまたこの話を振ったわけだ。


 そんな僕の思いもなんのその、華耶は安心したように胸に手を当て、感じ入ったかのように瞼を閉じ笑顔を浮かべた。


「素敵な人だね、榎田くんの彼女さんは。それに幸せ者だ」


「幸せ者?」


「そ。だって誰かにそんなにも想って貰えてるなんて、素敵な事でしょう?」


「そっ、れは……、まあ……」


「照れなくてもいいじゃないですか。誇れる事だとわたしは思いますけどね」



 にこにこと笑顔を浮かべながら華耶は言う。だからと言って自信満々に彼女の惚気話を口に出来るほどの胆力を僕は持ち合わせていない。小心者なのだ、僕は。

 こうして話を持ち出した事にすら少しばかりの抵抗感を抱いたほどだ、僕は照れを隠す様にカップを持ち上げ、コーヒーを口に含む素振りで口元を隠した。



「榎田くんの彼女さんに免じて、しょうがなくですけどわたしの手伝いをさせてあげましょう。大事な事だからもう一度言いますが、しょうがなくですよ、しょうがなく」


「三回言ってるけどな、それ」



 何にせよ、纏わりついていた不信感の幾らかを払う事には成功したのだろう、心なしか出会ったばかりの頃よりも表情が明るい気がした。『彼女』には感謝が尽きない。後で礼を言わなくちゃいけないだろう。だけどちゃんと言えるかどうか、それだけが心配だ。


 そうして僕は彼女から話を聞く事になった。僕が聞いていたのは、彼女が記憶喪失になっていた事と気が付いたらここから二つほど市を跨いだ街の片隅に立ち尽くしていたという事。そこから先は彼女の今のプライベートにも触れる必要がある。そうした事から少しばかり抵抗感を覚えていたのだろう。



「さてさて、何が知りたいんでしたっけ?」


「知りたいというか、疑問点というかだな」


「一緒じゃないですか」


「僕の中では違うんだよ。……それで、まず最初は『忘れさせ屋』についてかな。君も他の事に比べたら話しやすいだろうし」


「それこそほとんど変わらないんですけどね……。まあいいとしましょう」



 先ほど指摘した時と同じような反応。もしかすると、華耶は忘れさせ屋というものが気に入っていないのかもしれない。

 そうだとすると、あの名刺は一体なんのために作られたものなのだろうか。何か怪しい事にでも足を突っ込んでいるんじゃないか、そんな疑念がたちまち僕の中で湧き上がった。



「最初にわたしが言った言葉、覚えてますか?」


「最初って言うと、『いらない記憶ありませんか?』ってやつ?」


「そうそれです。疑問に思いませんでしたか? それを聞いてどうするのか、と」



 もったいぶるように一拍置いて、彼女は上目遣いに僕を見据える。このようなシチュエーションが好きなのだろう。顔が生き生きしていた。

 話の腰を折っても仕方がないので、彼女に倣うように僕も鹿爪らしい表情を作って厳かに頷く。

 それを見て気を良くしただろう彼女は一つ頷くと僕と同じように真面目くさった顔をして、世界の秘密でも言う様に口を開く。



「わたし、実は……他人の記憶を操作出来るんです」


「……まあ、そうだろうな、とは」


「なんでそんなに淡泊なんですか! 結構ドキドキしながら言ったのに!」


「少し考えたら、だいたいそんな感じなんだろうなって」


「アバウトなのに推測が的確! いらない能力を持ってますね、君は!」



 僕が予想通りのリアクションを取らなかったからか、彼女の機嫌がみるみるうちに降下していく。

 表ではそう言いつつ、僕は内心驚きを隠せずにいた。記憶を操作する。いよいよ目の前の彼女が『記憶を集める女』であるという確信を抱かずにはいられない。


 オカルトは好きじゃない。根拠に乏しいもの、目に見えないものを信じるにはこの世界は鮮明過ぎる。目に見えるものが全てとは口が裂けても言えない。世の中には僕の知らない不思議な事もあるのだろう。それが、彼女の持つ、超能力とも言えるものだとでも言うのだろうか。



「————信じられない?」


「半信半疑、ってくらいかな。人の理屈では語れない事が存在してるのも確かだしね」


「実演出来れば簡単なんだけど、君、したがらなさそうですし」


「まあ、そうだけどね。それにしても、そんな取ってつけたような敬語なら止めればいいのに……」



 ここまで来れば彼女なりのこだわりなのだろう。距離感を保つため、だなんて言っていたが、本当のところはどうなのか。

 残念ながら実演は辞退させていただく事にする。記憶を操る、なんて言われても実感が持てない。そのためには体験するのが一番いいのだろうけど、体験するのにも実感が伴わないと不安感が勝る。八方ふさがりだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。よければブクマ、評価、感想など貰えると幸いです。

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