96話 皆殺し
暖かさと眩しさに目を覚ました時には、いつもと違う銀色が視界に広がっていた。
「目ガ覚メタカ?」
冬の寒さから守るためか。
俺の身体を包むように、ムーンが腰を下ろし、その体温で温めてくれていた。
「迷惑かけたみたいだな。」
「良ク生キテイタ。」
立ち上がったムーンは、ボスが居た所を眺めながら呟く。
「どれくらい経ってる?」
「お前ト別レテ3日程だ。」
「そうか。」
(早ければ今日あたりにでも開戦か。
ギリギリだったな。)
時間は無かったが、焦りも無かった。
何十という数の生涯を見届けたからかも知れない。
共通していたことは、物語の終わりは誰に対しても平等に、突然現れるということ。
大きな波には、誰も抗うことなど出来ない。
それを知ることが出来た今の俺は、この世界の誰にも負けない程の力を得たと自負していた。
「うーーーんっ。」
ぐーっと伸びをして、一息つく。
吹き抜ける風は冷たく、新しい年を迎えようとしていた。
ゲートから以前アインスが作ってくれたスープを取り出して、渇いた口と身体の中へ染み込ませていく。
「送ッテヤロウ。」
「場所は分かるのか?」
「アッチノ方角へ人間ガ大量に動イテイタ。
ソコに用ガアルンダロ?」
「ああ。そのとおりだ。」
答えるや否や、ムーンが俺の襟を咥えると、一瞬にして風景が変わる。
(空?)
そう思った次の瞬間には、また別の空。
それが数回繰り返された先は、テルレ公国とセルカ王国の国境付近。
「ドノ辺リダ?」
地上には、長方形や正方形がいくつも海苔のように点在し、それらが目指そうとする先に、隊列の乱れて歪な形となった僅か1枚が、生まれたての子鹿のように存在していた。
「あそこだ。」
指を差すと、再び景色は変わり、ちょうどその上空へと辿り着くとムーンは口を離す。
「助かった!」
地上へと落下しながら、振り返った先には、既にムーンの姿は無く、そのまま下に降りること一直線。
手前で速度を緩めると、その中央へと降り立つ。
「な、何者だ!?」
剣や槍を構え、警戒する兵士達。
それを押しのけて、見慣れた顔が姿を表す。
「戻ったか。」
「ドゥーエ。
俺が、お前らを置いて逃げ出すとでも?」
「いや?
それより、、、
うまくいったようだな。」
「まぁな。」
「一体今までどこに!」
息を巻いて現れたのは、ブランデ。
どうやら、この戦を任せれたらしい。
(不運な奴だ、、、
いや、ある意味幸運か。)
「すぐに軍議を開きましょう!
もう間もなくこの戦は始まります!」
「いや、必要無い。」
「必要ない?
何を言ってるんですか!
敵の戦力は我々の10倍以上!
ありとあらゆる策を仕掛けないことには!」
「焦るなブランデ。
それで、ゼロ。
どうするんだ?」
「俺一人で片付ける。
ドゥーエ。
最後の一撃だけはくれてやるから用意しとけ。」
「一人で?
一体何を言ってるんですか?」
「承知した。
俺はその一撃に集中させてもらおう。
ゼロ。
上空に火の魔法が上がれば、それが合図だ。」
「ドゥーエ、何が承知したのですか!?
訳が分からない。
あの大軍が迫って来るのですよ!?」
その一言を待っていたかのように。
雲一つ無い空を火の魔法が1つ飛んで行く。
朧げでは無くはっきりとした光。
そこから感じさせるのは、紛れもない生。
それを合図に鳴り響く。
雄叫びが。
足音が。
1つの巨大な塊となって、こちらに迫る。
その段階で既に、大公の私兵を除いた大半の兵士は腰を抜かしていた。
所詮は命令に従うためだけの生贄。
どの貴族も禄な人材は出さないのが普通。
しかしながらその中でも、堂々と敵を待ち構える者や、震えながらも立つ者。
(いいな。
見せ場は作ってやるか。)
そいつらをかき分け、先頭に出ると、魔力を練り上げていく。
「悪いな。」
少しだけ。
申し訳ないと思った。
この目の前に迫る全ての者に、家族や愛する人、親しい友がいるだろうと思いを馳せたからだ。
そして、こちらと同じ正義を、相手もかざしながら、この戦場を駆け抜けているのだ。
呼吸を1つ、2つ。
迫る大群との距離が近付くタイミングで、空を覆い尽くす程の弓矢や火の魔法が上から襲って来る。
それに向けて手をかざすと、緩やかな弧線は突如直角に下を向き、こちらに迫る先頭の者達の頭上へと突き刺さった。
「「ぐあーーー!!」」
予想外の攻撃に多少の効果はあったが、全体を乱せる程ではない。
その勢いは止まらず、倒れた者を踏みつけて、我先に手柄をと進み続ける。
迫り来る相手を覆い隠すように。
右の手の平を前にかざす。
そのままくるりと返し、手の平を天に向けると、一気に振り上げた。
ブワッ。
「上がれ。」
継承したボスが使う魔法は、星の魔法。
空間や範囲。
もしくは、物や者そのものの重力を操る。
その魔法は、この世界でボスだけが扱える唯一無二の力。
一斉に浮き上がった千を超える兵士達が、あわあわと空中で慌てふためく。
「返すぜ。」
天に掲げた手の平を今度は一気に振り下ろすと、空中で足掻きながら浮かぶ者達が、一つひとつの弾丸となって、敵陣に襲いかかる。
ゴンッ!ゴンッ!
響くのは、人間と人間がぶつかる生々しい音。
しかし、流石に士気が高いだけのことはある。
敵の勢いはまだ止まらない。
「もう一つ。」
グンッ。
再び、こちらへ迫って来る者達が宙に浮く。
空中で、羽根をちぎられた虫のように足をじたばた。
範囲ごと重力の向きを変えたため、続く者達も次々と、宙に浮かび上がる。
「いけよ鬼月。」
放たれた刀が、それを順番に串刺す。
さながら早贄。
宙に死体が次々と積み上がる。
その余りの光景が、敵の中に動揺を生んだのか。
迫る勢いが緩まったことを耳で感じ取る。
その瞬間を俺は見逃しはしない。
今度は先ほどの倍以上の魔力を込めて、手を振り下ろす。
バンッ!バンッ!
人間と人間がぶつかったとは思えない程の破裂音があちらこちらで。
この一撃で、完全に相手の進軍は止まった。
麻痺していた恐怖心が呼び起こされたのだ。
そして、理解し始めたのだろう。
眼前に立つ俺が、自分達に死を届ける者であると。
敵軍に広がった動揺は火を見るよりも明らか。
(ここで決める。)
「ボス!力貸せよ。」
(早速かい!
まぁ、ええやろ。)
「お前、、、」
いつの間にか横に立っていたドゥーエが口を開いた。
禍々しいまでの魔力が俺を覆う。
(派手にやろうや!)
右の手の平を天高く。
遥か先の上空で掴んだ感覚。
(捉えた。)
その手を振り下ろすと、昼間の空に眩い程の光が一線、二線、三線。
煙を吐き出しながら、降りて来る。
隕石が。
いや、目の前の奴等にとっては死が。
最大限の魔力を込めて、それが弾け飛ばないように抑え込みながら、敵陣へと向ける。
全員がその光景を眺めるしか無かった。
大きな波には、誰も抗うことなど出来ないからだ。
敵陣奥深くの上空50メートル程のところで隕石を解き放つと、今度は敵陣全体の重力を数倍に高める。
「爆ぜろ。」
その瞬間。
3つの隕石は無数に割れ、その中心に衝撃と爆風を起こしながら、敵陣のありとあらゆる方向に突き刺さる。
ドンッ!!
遅れて響いた爆発音。
敵の先陣を浮かび上がらせて作った盾が、その衝撃波のあまり俺の目の前の辺りまで吹き飛んで来た。
(凄まじいな。)
舞い上がった砂埃。
風に流れた視界の先。
もはや、立っている者は誰も居なかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
このシーンまで辿り着けたのも読んでいただいてる方のお陰です。
引き続きよろしくお願いします。




