90話 走れ
膨れ上がった魔力から感じることは、目の前の相手が、相当の者であるということ。
万全の状態で、さぁ始め。
と対峙した際に、その日の互いのコンディションや、気候などの外的要因によって勝利が揺れ動く程度の力量差。
目標を違えたからか。
それとも別の理由からか。
「チッ!」
相手に動揺が走ったのは、そのセリフに見て取れた。
時間にして1秒。
目の前で佇むこの異常な相手との間には、間違いなく貴重な時間。
恐らく2度は訪れないチャンス。
それなのに。
俺は指一本動かすことが出来なかった。
あまりのことに頭がいっぱいで。
胸の奥の感情を貫かれて、思わず泣きそうになる。
誰か助けて欲しい。
何故アインスがこんな目にと。
ピッ。
光の線が一直線に伸びた。
ドンッ!
部屋の壁が崩れる音。
伸びた出所に視線を送ると、その先には、死体に隠れていたドゥーエの姿。
そして、その手に持つ銃の筒先から上がる煙。
「逃げろ。」
その声は確かに届いた。
と同時にようやく力は戻って来る。
ここまでで3秒。
血が噴き出すアインスをゲートの中に入れると、鬼の手でフィーアとギンを包み込む。
ドゥーエの一撃で出来た外への道。
それに向けて走り出す。
ピッ。
ドンッ!
更に繰り出されたドゥーエの一撃。
咄嗟に振り返ると、今の一撃で力尽きたのか。
銃を杖にして、膝をついたまま下を向いてた。
「クッ。」
出したのは右の鬼の手。
ドゥーエをマジックハンドで一気に手繰り寄せると、そのまま加速する。
それを追いかけて来る追撃の一撃。
焦りが出たか。
単調な一直線の攻撃は、背後に出現させたゲートの中に、難無く消えていった。
建物から飛び出して、庭へと降りると、着地と同時に更に駆け抜ける。
「東だっ!
騎士団用の門がある。」
ドゥーエの声が俺の耳へ届く。
広い庭を駆け抜けて、壁を登って越すと、そのまま街の屋根の上を飛び跳ねて駆け抜けて行く。
早く。
この世の誰よりも早く。
もし追いつかれたら。
とてもじゃないが、今は戦える体制では無かった。
この街がこれ程までに広かったかと思うほど。
体感にすると数十分。
ようやく目的の門の前へと辿り着いたが、その先に広がるのは、何人かの門番と、鉄格子で硬く閉ざされた門。
「止まるな!」
その一言に従って、走りながら鬼月を発動させる。
大きな刀が、鉄格子ごと門を切り開くと、一気に街の外へと抜けた。
「おい!
待て!」
待てと言われて待つ奴が居るだろうか。
門番のその声を置き去りにして、走り続けること。
いや、全速力で飛び跳ね続けること30分。
「ゼロっ!ゼロ!!」
聞こえたフィーアの声に振り返ると、フィーアが自分の横に顎を振る。
首を回した反対側。
鬼の手の中でぐったりとした様子のドゥーエが目に入った。
(チッ!)
あまりに急いでいたため、気付かなかったことを心の中で詫び、そろそろ体力も底を突きかけていたため、視界に入った茂みの中へ辿り着くと、ようやくそこで腰を下ろした。
ハァッ、ハァッ、ハァッ。ッハァッ!
「ゼロ!
ポーションを!」
フィーアの言葉に、ゲートからハイポーションをありったけ取り出す。
ドゥーエの方はフィーアに任せて、俺は座り込んで、取り出した飲み物を口に含む。
肺が限界を超えていた。
冬だと言うのに身体中の穴という穴から汗が噴き出す。
座り込んで、何度も何度も酸素を取り入れては、誰かが追って来ていないか気配を探った。
(追っ手は無しか。)
呼吸を落ち着けると、フィーアの方へと向かう。
「フィーア。
飲み物だ。」
「ありがとう。」
「様子はどうだ?」
「今、全身にハイポーションをかけたところ。
傷が深かった箇所を、自分で焼いて無理矢理閉じたんだと思う。
このまま目が覚めなければ、口から飲ますわ。」
(流石だな。)
フィーアの対処に感心していると、その膝で閉じられていた眼がゆっくりと開く。
「目覚めない方が良かったか?」
「あら、もうそんな口をきけるのね。」
「お陰様で。」
そう言うとフィーアがハイポーションをドゥーエの口に運ぶ。
ゲホッ!ゲホッ!
起き上がって咳込んだその背中をフィーアがさすった。
「大丈夫か?」
「ああ。
大丈夫だ。すまないな。
それよりも、なぜ俺を?」
「わからん。
夢中だった。」
率直な感想だった。
なぜ連れて来たのかもわからなかった。
「そうか。
礼を言おう。
2人ともありがとう。」
意外な一言に俺は驚く。
ここで初めてドゥーエの顔を真正面から見た。
齢は30を過ぎたくらいか。
キツく尖った目つきと、ギュッとしまった顔つきが、これまでの経験値を物語る。
「お前は本物なんだな?」
「どういうことだ?」
「まぁ、それは後で喋ろう。
それよりこれからどうする気だ?」
「ゼロ。」
フィーアが心配そうに続けた。
「ふー。
そうだな、、、
テルレ公国に向かう。
そこで最上級のポーションを貰ってアインスを助ける。
先ずはそれからだ。」
アインスを突き刺した一撃は、まさしく必殺の一撃であった。
少なくとも、俺の手持ちのポーションや、街中で買えるようなもので、そこまでの回復を期待できるようなものは聞いたことが無かった。
「テルレ公国秘蔵のポーション。
聞いたことはある。
何かあてはあるのか?」
「一応な。
まぁ、呑める条件は全て飲むさ。」
「たかが奴隷1人にか?」
「奴隷じゃない。
それに"たかが"でも無い。
俺にとっては"たった"だ。」
「そうか。
気を悪くしたならすまない。」
それ以上は、ドゥーエも口を開かなかった。
自分に。
自分の感情を抑えきれないこの状況に。
心底腹が立った。
いつも読んでいただきありがとうございます。




