89話 切れる糸
領主の館へと行く際に、馬車は二度ほど騎士達に止められた。
何でも荷物の検査ということだったのだが、その度に馬車の中から降ろされるため、いちいち街の視線に晒されるのが鬱陶しかった。
(何か、怪しまれてるのか?)
不快に思いながらも再び馬車は進む。
「仕方ないわよ。」
「顔に出てたか?」
「ええ。
ね?アインス。」
「はい。
ゼロ様はお考えがお顔に良く出るので、こちらとしては、いつもありがたいです。」
「それは、良いことなのか?」
「どうかしら?
表情を変えない練習でもしておいたら?」
「気にされる程じゃありませんよ。」
「そうね。
経験が埋めてくれるわ。」
「そうか。」
何でもない話。
その後も俺達は、今日の夕食を何にするかといったことや、今までに食べた中で1番美味しかったものについて話を続ける。
前回もそうであったのだが、立派な2頭の馬がこの馬車をひいているにも関わらず、全く揺れることの無いほどゆっくりと馬車は進むため、時間を持て余していたのだ。
(歩いた方が早いんだよな。)
「うーん。
私はやっぱりドン・ファンクかしら。」
「あれは確かになぁ。」
「あの衝撃は凄かったわ。
冒険者なら、普通はギルドに全て売却するでしょうしね。」
「アインスは?」
「うーん。
私は、、、そうですねぇ。」
「あなたはゼロと色々食べてるものね。」
「やっぱり、初めてゼロ様と高級なレストランに行った時の料理ですかね。」
「高級なレストランに?」
「はい。
周りから浮いた服で、慣れないコース料理を食べながら、私の話を聞いていただきました。」
「へー。意外ね。
てっきりハニーベア辺りが出て来るんじゃないかと思ったけど。」
「確かにあそこは美味かったよな。
また、行きたいな。」
「そうですね。
あの時にゼロ様からお誘いをいただいて、私の人生が変わりましたから。」
「ふーん。
面白そうな話じゃない。
今度私も一緒に連れて行って、詳しく聞かせなさいよ。」
「是非!」
話の区切りがつくと同時に、ようやく領主の館へと着く。
玄関の前で馬車から降りて、中に入ろうとした際に1人の若い騎士に声をかけられた。
「冒険者のゼロさんですよね?」
「ああ。
そうですが?」
「僕、あなたのファンなんです。」
「ああ。
ありがとうございます。」
仕事中に良いのかと思ったが、差し出された手に握手を返す。
「先程もここを通られませんでしたか?」
「私がですか?」
「ええ、、、
あれ?」
「人違いかと思うのですが、、、」
「そうですか。
遠目だったからなぁ。
間違えたかな?」
「だと思いますよ?」
「すみません。
失礼いたしました。」
何とも不思議な投げかけをされると、その男は持ち場の庭の奥へと消えて行く。
「何だったの?」
「さぁ?」
フィーアの問いかけに、俺も首を傾げるばかり。
特に出迎えの案内人も居なかったため、玄関の中へ入ると、1人の男が立っていた。
「ゼロ様。
お待ちしておりました。
どうぞこちらへ。」
「今日は目隠しは必要ないのですか?」
「ええ。
今日は必要ございません。
領主様がお待ちになられているので、急いで付いて来て下さい。」
「わかりました。」
(自分が急いでいる時はそうなのかよ。)
斜に構えながら、その男の後をついて行くと、いつもは15分程度かかる道のりが、僅か1分で到着した。
(もう、これから目隠しは必要なくなるな。)
「こちらになります。
私はここで。」
ギィッと開いた扉の向こう側。
相も変わらぬ強烈な殺気は、また側近のドゥーエのものかとうんざりしながら、一歩踏み出した時。
異様な光景を目の当たりにする。
部屋中に飛び散った血と周囲で寝転がる護衛達。
そのどれもが、ぴくりとも動く気配は無い。
そして、部屋の真ん中で俺が、俺の姿をした奴が、領主の首を持って立っていたのだ。
(あ?)
気が動転しすぎて。
頭の回転は、壊れた歯車のように進まない。
(なんだ?)
「待っていた。
いや、待ちくたびれたくらいか。」
そう言って近付いてくる俺。
(なんだ??)
虚を突かれた時。
人はこれほどまでに思考が鈍るのかと、思わず目を覆いたくなる。
「どうした?
これならどうだ?」
俺と同じ声でそう喋った目の前の俺は、近付きながら今度は別の姿に変える。
見慣れた顔に記憶をくすぐる背格好。
「ギ、ギルド長!」
「ゼロ!」
あまりの困惑のせいなのか。
すぐ近くに居るはずのフィーアの声が遠くで聞こえた。
「射程範囲だ。」
その瞬間。
暗速の刃が一直線に飛ぶ。
いきなり膨れ上がった強烈な魔力と鋭利な殺気が織りなす不可避の一撃。
俺の目はそれを捉えていたが、その情報を脳が処理して、行動に移すにはあまりに時間と距離が短かすぎる。
トンっ
俺の肩を誰かが押した。
崩れた姿勢が顔の向きを変えさせ、その姿を視界に入れる。
助ける側がどこか助かったという顔をしているのが不思議だった。
そして、助かる側を、声も出ない程の悲痛な面持ちへと変える。
自分が死を覚悟した時。
これほどまでに穏やかな笑顔を見せることが出来るのだろうか。
あまりにも美しいその表情は、胸の真ん中が貫かれたと同時に真っ赤に染まる。
「アインス!」
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