69話 宴
門の扉を開けると、そこには50を優に超える人。
「これでも厳選したんだぞ。」
苦笑いの俺に、マグガーラが嬉しそうに話す。
「入りますかね?」
「大丈夫だろう。
まぁ、ガキや嫁はドン・ファンクの肉を食えば帰るよ。」
「すみません。
主人がいつも。」
横から現れた綺麗な女性。
「もしかして、、、
奥様ですか?」
「おう。
自慢のな!」
マグガーラは、これでもかという程のドヤ顔を見せる。
(嘘だろ?)
思わず振り返り、アインスと目が合うと、アインスも笑って頷いた。
「そんなことより、早く中に入れてくれ。
寒くて仕方ない。」
「わかりました。
どうぞ皆さん中へ。」
案内した屋敷の中は既に準備が整えられていた。
散りばめて置かれたテーブルと、部屋の端に寄せられた椅子。
テーブルクロスの上にはいくつかの料理と皿。
そしてグラスとお酒が用意されていた。
(流石だな。)
「ゼロ!
すぐにやろう!」
その光景を見たマグガーラが声を上げる。
「今日のメインはマグガーラさん達ですので、マグガーラさんから一言どうぞ。」
「よし。もうさっさと始めるぞ。
全員酒を注げ。」
ポンッ!
ポンッ!
華やかな音が響き渡る。
「何でも一生懸命やってれば良いことがあるってこった。
このゼロって奴は、冒険者に珍しく義理の固い奴だ。
良いか?こいつが困った時には、職人ギルドの連中は必ず助けてやれ!
わかったら、今日は楽しめ!」
その言葉を合図に盛大な宴は始まる。
俺は色んな奴に話しかけられ、その都度お礼を言ったり言われたり。
そんな状況が1時間程度経った頃。
ワッと歓声が上がると、キッチンから2人の男が現れた。
大きなトレーの上には大量の串とそれぞれに刺された肉が並ぶ。
その光景は、ブラジル料理のシュラスコを彷彿させた。
「取り分けるから、並んでくれ!」
「親父が無愛想ですみません。
皆さん。
これは、冒険者ゼロが今朝仕留めて来たあのドン・ファンク。
先ずは、部位毎にシンプルに焼き上げました。
そして、調理をしたのは、我々宿屋ドン・ファンクでございます。
世紀の一品をどうかその舌で味わい下さい。」
ベッシュがそう言うと、ゴクっと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
瞬く間に人が集まっていく。
それでも順番を守って並ぶのは、マグガーラの教育の賜物か。
2人は凄い速さで部位の注文を聞いては、切り分けていた。
「美味い!」
「美味すぎる!」
先に口に入れた奴等から次々にそんな声が聞こえてくる。
(俺も並ぶか。)
そう思った時には、目の前に切り分けられた肉が現れた。
「どうぞ。」
(流石はアインス。)
既に並んで、俺の分を取って来てくれていたのだ。
「ありがとう。
折角だから一緒に食べよう。」
「はい。」
(さて、ドン・ファンク。一体どれ程のものか。)
そう思い、口を開いて近づける。
その時、不思議な体験をした。
舌に触れる前に、既に俺の脳に美味いという言葉が浮かんで来ていたのだ。
そして舌の上に置いた瞬間に、衝撃が貫く。
ドクンッ
旨味が直接脳に訴えかけたような。
普段の数倍の速さで脳が旨味を認識して、心臓に届く。
脚の部分の良く鍛えられた肉なのだろう。
筋肉質な歯応えのある肉は、噛めば噛むほど味わい深くなっていく。
アインスと目が合い、お互いに頷いた。
「ドン・ファンクの魔力か何かなのか?」
「恐らくは。」
肉だけで言えば、美味い肉。
何か特別に変わった味がする訳ではない。
勿論、その辺の肉とは比べ物にならない程、野性味に溢れ、力強く、臭みのない極上のものであったが、それだけでは説明のしようが無い何かがあった。
その後も、次々と運ばれてきたドン・ファンクの料理。
そのどれもが、流石と思わせられる見た目や味付けであったが、共通していたのは、どうしても一口目のインパクトに比べると味付けの弱さを感じざるを得なかったという点か。
出された料理は瞬く間にそれぞれの胃袋に収まると、あっという間にドン・ファンクをあしらった料理は無くなった。
それなりの量は間違いなくあった。
それでも、皆んなの顔にまだまだ足りないという表情が見て取れた。
この食材は中毒性がある。
その一言が最も適当な感想かも知れない。
「今日は良いお酒も用意してます。
どうぞみなさん。」
思わず声をかけると、皆渋々酒を飲み始める。
俺もこの物足りなさを埋めるために、酒を飲んだ。
やがて。一人、また一人と帰路に着いて行った。
それも、夫婦で来ていた者達から足早に。
一気に来客が減ると、宿屋の女将が声をかけてくる。
「あの子は来なかったね。」
「ありがとうございます。
残念ですが。」
「彼女のために今日の料理を取り分けて置いたんだ。
これを渡しても良いかい?」
「はい。
お願いします。」
(有難いな。)
「荷物は明日届けておくれ。」
「この御礼はまたさせていただきますので。」
「まぁ、期待してるよ。」
そうして、女将さんが片づけを進めていると、今度はベッシュが現れた。
「ゼロ。
貴重な体験をさせてもらった。
ありがとうな。」
「いや、俺の方こそ、ありがとう。
ベッシュ達は食べたのか?」
「味見でな。
それにしても、ドン・ファンク。
あのレベルの食材になると、違うんだな。
そもそもアプローチが。」
「そうみたいだな、、、
まぁ、幸いにも、まだギルドから受け取れる肉はある。
それで頼むよ。」
「ふっ。
正直だな。
次はもう少し闘えるようにするさ。
片づけはほとんど終えたから、俺たちはそろそろ帰るよ。」
「飲んで行かないかのか?」
「味が舌に残っている内に、いくつか試したい。」
「わかった。
期待してるよ。」
「ああ。
またな。」
夜も更けて来る。
残った数人の職人達と応接室で話していると、酔いが回ったのか。
どこの屋敷は俺が手掛けたなど、あそこは金払いが悪かったなどの話となり、誰かの口から娼館の話へと移ると、勇み足で残りの全員が出て行った。
(酔った勢いで行くノリってあるよな。)
どの世界も変わらないなと思いながら見送ると、残りの片付けを済ませたアインスが寄りかかる。
「ありがとう。
思ったより長くなったな。」
「いえ、、、」
「どうした?」
「いえ、、、」
そう言いながら、アインスが俺の服の袖を掴む。
その表情が。
その仕草が。
言葉よりも遥かに多くを物語っていた。
ドン・ファンク。
滋養強壮にも効くそうだ。
肉に内包される魔力が原因なのであろうか。
俺にはあまり影響が無さそうであったが、家族連れから先に帰って行ったのも今考えればそういうことなのかも知れない。
目の前のアインスはこれまでに見たことのない程の表情を浮かべていた。
「お風呂は沸かしてあります。」
「そうか。」
俺たちは、いや、俺は。
深い深い夜へと誘われていくのであった。
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