65話 お願いを
「いらっしゃ、
何だい。またあんたかい。」
「すみません。
お邪魔します。」
「今日は1人かい?」
「はい。
そうです。」
「昨日はありがとうね。
お客さんも皆喜んでたよ。」
「それは、良かったです。」
「あの子にも、ちゃんとあんたが獲って来たことを伝えて夕食に出したよ。」
「そうでしたか。」
「食べ物の力っていうのは凄いね。
久々に良い顔してたよ。」
その言葉は単純に俺を嬉しくした。
上手くいったということよりも、俺の行動がフィーアの今の状況に対し、何か少しでもプラスになったということにだ。
それなりに意味はあったのだろう。
「今日も昼飯かい?
知ってるだろうけど、銅貨10枚だよ。
後、先に言っておくけど、あの子はまだ降りて来て無いよ。」
「いえ。
今日は昼ご飯は結構です。」
「あら。
じゃあ何しに来たんだい?」
途端に、宿の女将の顔が露骨に嫌そうな表情へと姿を変える。
「ご主人にお話が。」
表情は更に曇っていく。
「今、うちのはお昼時で忙しくてね。
後でも良いかい?」
「では、言伝を。」
「一体何だい?」
もうその顔は面倒事を察知したからなのか。
今に雷でも落ちそうな積乱雲ほどにまで成長していた。
「ドン・ファンクの肉が手に入りました。
今晩、私の屋敷で皆に振る舞う予定です。」
「な、何だい!?
それが、一体何の話なのさ?
うちのに何の話なのよ?
何の冗談かしら、、、
あぁ、冗談なのね。
分かりづらいわね。
でも、冗談でも言って良いことと悪いことがあるわ。」
「いえ、本当です。
それで、その調理を任せられないかと。」
「何を言ってるのかしら?
全く分からないわ、、、。
一体何の話なの?」
「ウソじゃ無いのか?
それは。」
受付の奥に繋がる調理場から近付いて来たのは、ドスの効いた声。
熊のような大男が現れる。
「ええ。
事実です。」
「俺に依頼したいってのは?」
「それも本心です。」
「よし。
わかった。」
「わかったって、、、
あんた、、、、
客はどうすんのさ?」
「奴隷を1人借りて来る。」
「奴隷ってあんた。
息子は?」
「こんな機会はもう無いだろう。
アイツも連れて行く。
宿泊客に今日の飯は外で食うように言っておいてくれ。
そして、その分は宿泊代から引いてやれ。」
「そんなこと急に言われても。
大体、この話も本当かどうか。」
「確かにな。
だが、これは悲願なんだ。
お前には迷惑をかける。」
「ふー、、、
そうね。そうよね。
わかったわ。
仕方無いわね。
それは、あんたとあなたの両親。
その更に上の人達からの夢だったものね。」
「すまんな。」
「何か買ってね。」
「ハハッ。それは、後が怖いな。
お前は、冒険者のゼロだったか?」
「はい。
よくご存知で。」
「見てのとおりだ。
この件ウソなら覚悟しておけ。」
「私がドン・ファンクを勘違いしていなければ、間違い無いです。」
「そうか、、、良いだろう。
わかった。この話引き受けよう。
確かトッドの屋敷を引き継いだんだったそうだな。
という事は、露店が並ぶ通りの奥か。」
「そのとおりです。
流石ですね。」
「仮にも街の中心で宿屋を開いてるんだ。
良いも悪いも噂は嫌なくらい耳に入る。
それよりも、どうすれば良い?」
「とりあえずギルドにドン・ファンクの2割の肉を貰う約束ですので、これからギルドに再び向かいます。」
「2割か。
部位は決まっているのか?」
「いえ、特に指定はしてませんが?」
「選ぶことは出来るのか?」
「ある程度の交渉は可能でしょう。」
「わかった。
俺もついて行こう。」
「ありがとうございます。
それは心強いです。」
「お前の屋敷に調理器具はあるのか?」
「それなりには揃っていると思います。」
「わかった。
この宿の物も少し持って行く。
こっちも準備が必要だ。
1時間後に広場に集合で良いか?
お前も上に用があるんだろ?」
「本当に良くご存じで。」
「まぁな。
おい。
部屋を案内してやれ。」
「わかったわ。
3階の一番奥の部屋よ。
私から部屋を聞いたと言いなさい。」
「ありがとうございます。」
頭を下げて階段へと向かうと、一歩踏みしめる度にギシギシと軋む音に思いを馳せる。
コンコンコンッ
年季は入っているが頑丈そうな扉。
乾いた高音とは対照に返事はない。
「冒険者のゼロです。
女将さんから部屋を伺いました。
今日は、ギルド長から手紙を預かってますので、それをお届けに。」
部屋の中から衣擦れの音が聞こえるが、その扉が開く様子がない。
「直接渡してくれと頼まれてまして。」
別に頼まれてはいないのだが、恐らく俺にとって何かプラスになることが書かれているのだろう。
ギィッ
開いた扉から手だけが伸びる。
グッ。
掴んだ手紙が橋渡し。
端と端をお互いの手が掴む。
筋肉の強張りと緊張が、その手からピリッと伝わって来た。
「今日、僕の屋敷でドン・ファンクの肉を振る舞います。
どうぞいらしてください。
僕が今朝仕留めてきたものです。
これも何かの縁ですし。」
そう言って手紙の端を離すと、相手の手は引っ込められ、勢いそのままにすぐに扉は閉じられた。
(まぁ、伝えれることは伝えたし、これで無理ならいっそミアにでも頼むか?)
フィーアとの距離はどれくらいあるのか。
ギルド長の手紙には一体何が書かれているのか。
そしてそれが、この扉を挟んだフィーアとの距離をどれ程詰めてくれるのだろうか。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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