61話 前進
「よう。
戻ったのか。」
「はい。」
「今日も【不死の森】に狩りに行ってたのか?」
「そうですね。」
「そうか。
毎日精が出るな。」
ハニーベアをギルドに預けた俺たちは、セーラの店でいつもの様にポーション作りに取り組んだ後、屋敷へと戻って来た。
そんな俺たちに話しかけてきたのは勿論、職人ギルド長のマグガーラだ。
「何かありましたか?」
「いや、別に何かあったって訳じゃない。
ちょっとな。」
「ちょっと?」
「ああ。
何だか感慨深くてな。」
マグガーラと言えば、昔ながらの職人気質と言うべきか。
自分の言いたい事はハッキリと口に出す豪胆な性格なのだが、なぜか今日は珍しく歯にものが詰まったような言い方に、俺は思わず聞き返した。
「何がですか?」
「ん?
何がだ?」
「いや、感慨深いとおっしゃったので。」
「あぁ。
そういうことか。
気になるか?」
「はい。」
(面倒だな。)
「そうか。
いや、実は明日で完成しそうだ。」
「え?」
「明日で、ようやくこの屋敷の改修も終わりだ。」
「本当ですか?」
「ああ。
色々あって時間が掛かったがな。」
「すみません。」
本来、この改修工事はもっと早くに終わっていただろう。
俺がテルレ公国に行っていた間、屋敷の改修作業を一旦中断してもらっていたことや、冬の寒さが差し込んで来たこともあり、想定以上に時間がかかってしまったようだ。
それでも何とか、寒さが一層厳しくなる前に完成させてもらえたのは、有難い。
「いや、別にお前を責めてる訳じゃない。
それよりも明日。
それぞれの部屋の説明をしてこの屋敷を明け渡すからな。」
「ありがとうございます。
よろしくお願いします。」
そうお礼を告げるとマグガーラはご機嫌なのか、鼻歌混じりに意気揚々と帰って行った。
(ようやく1つ。)
同時並行で走っている出来事が1つ終わる。
仕事でも何でもそうだが、どうせ1つが終えれば新しい何かが1つ追加になるものだ。
現に今もポーション作りが中々大変で、明日からもまた大変な毎日は目に見えている。
それでも1つ。
何かがきっちりと終わる瞬間というのは格別だ。
「アインス。
ワインを数本持って来てくれ。
今日は外で食べよう。」
「はい。」
前世で何か特別な夜。
俺は会社を出て、家とは反対方向に歩いた先にある洋食屋へと良く行った。
メニューはそれ程多くなかったが、一つ一つ丁寧に作られた料理が凄く美味しく、俺の心を満たしてくれたことを覚えている。
そして、そのメニューの中で、どうしても今日食べたいと思う料理があった。
それが、タンシチューだ。
実は、宿屋の女将に渡したハニーベアの頭部から、こっそり舌の半分を頂戴していたのだ。
そうと決まれば早速準備へと向かう。
日が完全に暮れてしまう前に薪を集めて火をつける。
火が一瞬でつくのはやはり便利だ。
太い長めの木の枝を3本用意して並べ、それぞれの先端付近を木の蔓で何重にもキツく結ぶ。
それを交差させて立てると、簡易のトライポッドの完成だ。
火を中心にして設置をし、余った蔓で真ん中に鍋をぶら下げる。
ゲートから獲ったコボルトを一体取り出して、右腕を落としたら、その右腕の皮を剥いで、皮以外は全てすぐにゲートの中に戻した。
皮の裏からナイフで脂を刮ぎとり鍋に入れる。
既に温まった鍋は心地良い音とその香りをすぐに返し、そこに細かく刻んだ野菜やフルーツをいくつか投げ込んで、塩をひとつまみ。
鍋に焦げ付かないよう、丁寧にかき混ぜていると、やがて食材から溢れ出た水分が鍋の中に満ち始め、それぞれの食材を浸していく。
ポンッ!
歯で開けたコルクの匂いを嗅いで、一口含む。
そしてそのまま鍋の中にワインを注いだ。
一度静かになった鍋は、すぐにまたぐつぐつと音を鳴らし始め、飛んだアルコールの匂いの後ろに食材の混ざりあった香りが現れ出す。
それを合図に、ハニーベアのタンを取り出し、表面を薄くナイフで削ぐ。
削り取った部分は木に巻き付けて炙り、ギンの口に放り込むと喜んで口を動かした。
1つ、2つ、3つ。
アインスとギンと俺の分。
そのハニーベアのタンをぶつ切りにして、煮立った鍋にそっと入れる。
寒空に吐く吐息と、煮込んだ鍋から出る湯気が暗くなった空で混ざり合って消えていく。
ギンはアインスの膝元に座り、鼻をひくひくさせながら、今か今かとその時を待っていた。
(寒いな。)
屋敷から持って来ていた毛皮をアインスにかけて、鍋の中をかき混ぜながらじっと待つこと10分。
ズズッ。
(あぁ。)
味見をした口に広がるのは、シンプルだが奥深い味わい。
皿に3つ取り分けると、アインスとギンが目を輝かせてその光景を見つめていた。
「ゼロ様のお肉小さいですよ?」
「良いんだ。
アインスとギンが獲った獲物だからな。」
そう言って3人で食べ始めると、瞬く間に皿は空となり、俺たちはそのひと時を満喫した。
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