41話 記憶の中に
ぽつぽつと。
暗闇の街を照らすのは、爆発によって生じた燃え盛る炎。
人よりも長く生き、100年先まで残るはずであったレンガ造りの建物が、あちらこちらで大きな音と共に終わりを告げていく。
ここに居てここにあらず。
逃げ惑う人々の声が。
木の爆ぜる音が。
瓦礫の崩れる衝撃が。
遠くに響いたり、近くで鳴ったり。
炎による蜃気楼のせいなのか。
はたまた、生命が虚ろいでいるからなのか。
ゆらゆらと揺れ続ける街の中を俺達は駆け抜けていた。
足跡代わりの翠色の光跡を残しながら。
「次の角を右へ。その先の突き当たりを左です。」
「承知しました。」
街の現状が視界に入る度に、俺の肩を掴む手に力が入る。
嫌がるアインスと眠そうなギンをラダンの屋敷へ残し、公族でありながら、依頼人でもあるミアを背中に乗せて、敷地を飛び出してからここまでで僅か数分。
周囲への警戒を強めながら、右へ左と全速力で進んで行く。
屋敷を出る際に、ラダンや護衛達は最後まで付いて行くと聞かなかったが、ミアが俺と2人で行く事で押し通した。
きっと、生きて帰れる可能性を考えての事だろう。
そうして、俺たちが辿り着いた先は、街の中心に位置する壮大な公宮の門の前。
眼前に広がったのは、背後の喧騒とあまりに対照的な静けさを持った風景であった。
(静か過ぎるな。)
「静かですね。恐らく純血派の者が既に中を占拠しているのでしょう。」
「ここに大公が?」
「普段は母や兄と共にここにおります。」
「無事でしょうか?」
「わかりません。わかりませんが、恐らくまだ殺しはしないでしょう。降伏宣言なりを行わせるまでは。」
「なるほど。その純血派の者達は殺しても?」
「構いません。可能な限り生け捕りにして欲しいというのが本音ですが。これはこの国の非常事態ですので。」
「承知しました。」
こんな時に、俺は何故か、前世の事を思い出していた。
今と同じくらいの冬へと差し掛かる季節の頃。証券会社へ入社をして半年以上経った時の事を。
当時の俺は、何をやるにも手探りで、為替やチャートと毎日にらめっこ。
情報と情報が繋がる見込みもなく、それを話す場も無かったため、自分がこの会社で上手くいくなんて到底思える訳も無かった。
次々と新しい契約を決める同期達を尻目に、1日に200本近くの電話アプローチを見込顧客へと行うも、それが易々と身を結ぶはずは無く、何度も折れた心を、その度に修復しては立て直し、何とか会社へ行く気力を保っていた。
そんな毎日を過ごしていたある日、その努力がようやく報われ始めたのか、電話の先から待望の声が聞こえる。
「今から来れば、5分だけ会ってやる。」
聞こえた低いその声に、ロクな資料の準備も出来ないまま、フロアのマネージャーに声をかける。
「どうしたんだ?」
「アポイントが取れまして。」
「そうか。それで俺に何だ?」
「出来れば一緒に来ていただければ。」
「会うのは何回目だ?」
「今日が初めてです。」
普段は新入社員がマネージャーと話す事など殆ど無い。
自分の声が上ずっていることに気付く。
「、、、良いだろう。5分後に下だ。」
「ありがとうございます!」
高級車の後ろに乗せられて、降ろされた場所は、電話で指定された相手のオフィスが入る高層ビル。
生唾を飲み込む横で、普段は恐ろしいと感じていたマネージャーの毅然とした態度に、信頼感を覚えた。
俺の視線に気付いたマネージャーは、不敵に笑い、俺に一声かけると、颯爽とエレベーターへと向かっていく。
その時の記憶は、緊張のせいか、断片的なものしかない。
ただ、俺が発したのは最初の挨拶のみで、後は、隣から聞こえてくる滑らかなトークを、目の前の顧客と共に聞き入っていた。
一言、一言が、その場の雰囲気を支配していく。
膨大なインプットが為すその見通しは、まるで未来を見てきたかの様な。
やがて、マネージャーの話が終わった頃には、誰が見ても高そうな腕時計の反対に持った万年筆が、契約書の書類の上を滑っていった。
それは、俺にとって、生涯忘れることの出来ない初契約であった。
あの時、マネージャーの気持ちがどの様なものであったのかは、俺には分からない。
それでも、きっと今の俺と同じ気持ちだったのではないだろうか。
目の前で一生懸命になってる人が居て、自分はそれを手助けする力がある。
ならば、それに応えないなんて事は無いと。
震える身体を制しながら、恐る恐る踏み出す彼女の一歩より、大きく前に足を踏み出して、不敵な笑みを浮かべながら振り返る。
「楽勝ですよ。」
いつも読んでいただきありがとうございます。
お盆に後2回くらい更新できれば、、、




