35話 銀月
パチッパチッ
焚き火へ数本の木を追加で投げ入れると、粉の様な火が舞い上がる。
既に火の付いた木から、新しい木へと火が移ろいでいく様は、生命を紡いでいるようで、どこか神秘的であった。
すー、、、すー、、、
疲れていたのだろう。
焚き火の横で布にくるまったアインスが、俺の膝を枕にして寝息をたてている。
そして、その近くには、同じく気持ち良さそうに寝息をたてている1匹の狼。
結局、ほんの小さな身体にも関わらず、アインスの作ったガーナーのスープを2杯おかわりし、盛られた肉も骨ごとバリバリ食べると、流石に満腹となったのか、大きな欠伸の後にスヤスヤと眠り出した。
アインスから聞いた森の均衡者の一面を見ることは無かったが、印象的だったのは、俺とアインスの言葉を理解しているのではと感じた点であった。
(何か面白い出会いだったな。)
火の番をしながら、今日を振り返り、残ったワインで喉を潤すと、焚き火を見つめる目の焦点はどこにも合わせないまま、思わず口元を緩める。
だが、想定外の来客なんてものは、最大限のリラックスと共に訪ねて来るのが世の常だ。
今日という一日に口角を上げた次の瞬間、一瞬で背筋が凍りつく。
目線を上げないまま、確かに俺の目の前。
突如現れた異様な存在感に全身が強張った。
(これは、ここで死ぬかもな、、、っていうか、死んだ後はどうなるんだ?まぁ良いか。)
思考巡らせる全身の信号を青色に変えながら、せめてアインスだけでもと思い、俺の胡座の膝に乗る頭をそっと地面に降ろすと、目線は伏せたままゆっくりと立ち上がる。
相手の吐いた鼻息の風を感じる程の距離。
焚き火の煙を追うように目線を上げた先にあったのは、視界の全てを覆うほどに近付いた狼の顔であった。
月の光がまるでここだけを照らしている様な感覚に、思わず左手の親指の爪を手に立てる。
(沈黙の金、言葉の銀ってか。)
流れた静寂が静か過ぎて、この風景は少し五月蝿かった。
そのままそっと、鬼月の柄に手を添えると同時に、目の前の大きな口が上下に開く。
「オマエ。カワッタ匂イガスルナ。」
(喋るのか?)
「珍シイ奴ダ。」
「ヴォウ!」
足元から耳に新しい元気な声が聞こえる。
「起きたのか?」
「ヴォウ!」
「カエルゾ。」
「ヴォウ!ヴォウ!」
そう吠えると、目の前の狼をミニチュアの様にした奴が俺のズボンを剥き出しで噛む。
「ソウカ。ソンナニ気ニイッタカ。ソレモ、オマエノ自由ダ。」
「ヴォウ!」
「ニンゲン。少シ預ケル。オマエナラ問題ナイダロウ。」
「ヴォウ!」
そう言うと、どんなスキルを持っているというのか。
目の前にいた巨大な狼は一瞬で姿を消す。
余りの事に呆気にとられていると。
「ヴォウ!」
膝下程のその小さな狼は、俺のズボンを引っ張って座る様に促した。
地面に預けたアインスの頭を再び膝に乗せると、アインスの横で、そのムーンの子供も丸まって横になる。
「お前、俺たちと一緒に来るのか?」
「クゥーン。」
目を閉じながらそう言うと、そいつは、すぐにまたスヤスヤと眠り出した。
(色々と、、、まぁ、良いか。)
そう考えていると、すぐに俺もウトウトとし始めた。
以前に領主の館で死を目前にした時とは違い、自然の中に自分の生死を委ねている様な、生と死への揺らぎが、どこか心地良かったからだろう。
やがて暗闇の空にゆっくりと青色が混ざり始めた頃、鳥の鳴き声とアインスの起きた音で、現実へと戻される。
既に目の前の焚き火は消えて、煙だけが上がっていた。
再び木を並べて火をつけると、2人でぐーっと伸びをして、昨日の残ったスープを少し水で薄めて温め直す。
辺りに、スープの匂いが漂い出すと、ムーンの子供も起き始めた。
「この子は一体どうするんですかね?」
「俺たちと来るらしい。
ちなみに昨日、こいつの親が来たよ。」
「えっ!?」
「殺されるかと思ったが、何とかなった。しばらく子供を頼むってさ。」
「そうでしたか、、、まぁ旅は人数が多いほど楽しいですしね!
では早速、名前を決めないといけませんね!」
「ふふっ。アインスは切り替えが凄いな。」
「はい。無事だったのはきっとゼロ様のお陰でしょうし、どことなくゼロ様から嬉しそうな感じがしますので!」
「そうか、、、ありがとう!流石だな。」
「いいえ、、、それより名前はどうしますか?」
「そうだなぁ。[ギン]はどうだろう?」
「ギン?ですか?良いと思います。」
「お前はどうだ?」
伸びをしていて瞑っていた目が開く。
「ヴォウ!」
「気に入ったみたいですよ。」
「そうか。」
そうして2人と1匹は、冷えた身体に温かいスープを入れると、荷物をまとめて帰る準備を始める。
(折角だから、今の内に色々試すか。)
そう考えて、ローレンから受け継いだ空間魔法を【不死の森】でいくつか試すと、色々と分かった事があった。
先ず、魔法のイメージは空間へと繋がる扉を呼び出す様な感覚という事。
頭の中でその扉を思い描けば、バリバリッという音と共に、空間にヒビが入り、そこからありとあらゆる物の出し入れが可能だ。
(この魔法はゲートと名付けよう。一番イメージしやすい。)
試しに、火の付いている、スープの下で赤く燃えている木を、ゲートの中に入れて10分後に出すと、火の付いた木は変わらない姿でそのまま出てきた。
次に、湯気の出ているスープを鍋毎ゲートの中に入れて出すと、それも湯気は消えないままだった。
(やはり、ゲートの中では時間すら止まるのか、、、)
最後は側の木の幹に、迫り来る冬に備える小さな虫を見つけたので、それもゲートの中に入れて、30分後に出すと、何事も無かったかのようにそのまま行動を継続していた。
(ゲートの中に居る感覚は無いと見るべきか、、、なるほど。便利だな。)
詳しい検証は改めてするとして、アインスとギンを連れて屋敷へと戻る事とする。
(ペットを飼った様な気持ちだな。)
前世では、ペットの類は飼った事がない。
だから、今回の件は嬉しい気持ちも強かった。
但し表立ってムーンを引き連れる訳にも行かないため、ひとまず、アインスの外套の下にギンを隠す事で、乗り切る事にした。
しかしながらこの時はまだ、戻った先に待つ指名依頼が、これから先の俺の歩む物語にとてつもない程のうねりをもたらすとは、この時の俺には想像する事すら出来ていなかった。
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