33話 ローレン
薄暗い森の中。
登っている途中の太陽は、背の高い木々に囲まれたここまでは届かない。
ドスンッ
目的地に向かう途中で現れた1匹のオークが地面に倒れ込む。
「魔石の回収だけしておきますね。」
「ああ。頼むよ。」
朝から【不死の森】の中を歩く事3時間。
途中で襲ってきた魔物を仕留める事数度。
死骸を持ち運ぶ訳にもいかないため、魔石の回収だけをアインスがしてくれていた。
2人でゆっくりと進む森の中。
会話を楽しめる余裕は、散歩の様な優雅さを今回の目的に与えてくれた。
デートと言うには、全く色気が足りないが、少なくとも俺は心底楽しんでいたし、アインスも楽しそうだった。
前方の黒い緑と、頭上の青が交互に目の中の陣地を奪い合う。
ようやく目的地に到着した頃にはすっかり昼前で、待ちくたびれたかの様な様子で、1本の大木の前に、以前と変わらぬ姿の老人が1人で地面に座っていた。
「カカカッ。ようやく来たか。」
「遅かったか?昨日、呼ばれた気がしたんでな。」
「そうか、そうか。」
顔に皺を作って笑う老人は、ひどく嬉しそうに見えた。
「鬼月は使いこなせたか?」
「あんたを叩っ斬れるくらいにはな。」
その回答にローレンはより一層皺を深くする。
「お前さん。この先に何を見てる?」
「別に、、、何かが明確に見えてる訳じゃないさ。ただ、目の前の事に全力を注いでいくだけさ。」
「そうか。そうか。
お前さんも、横の女も良い顔をしておるのぉ。」
ローレンはとにかく嬉しそうだった。
「娘を嫁に出す親の気持ちを知っているか?」
(何の事だ?)
「それは、、、知らないな。
そんな経験も無いからな。」
「儂も初めてだ。
70年の人生とその倍の140年の旅路、、、初めての心模様と言う奴よ。」
「さっきから何の話だ?」
「ようやく歯車が回り出した。
永かった、、、
いや、永過ぎた。」
ローレンの頬を伝う滴は涙なのかは分からない。
少なくとも、笑っている事は事実だった。
「託した。男の約束だ。
悪いようにはせんでくれ。」
小さく「よいしょっ。」と呟くと、立ち上がったローレンが、そのまま真っ直ぐ俺に向かってくる。
(おいおいおいおい。そう言う事か?)
ようやく気付いた俺であったが、ローレンの手が俺の肩に触れるや否や、意識が真っ暗闇へと落ちていった。
✳︎
気付けばいつもの映画館の様な場所。
トッドとカンが楽しそうに話している前の席で、ローレンを挟んでジンとゼンが座っていた。
ゼンは俺に気付くと、横の椅子を叩いて座るように促す。
俺が腰掛けるの待っていたかの様に、椅子に座り込んだと同時にその物語は始まり出した。
小さな国の中心都市。
かつてその老人ローレンは、魔法使いの一族に生を受けた。
産まれた瞬間から、魔力の量は一族の中でも桁外れに多いため、周囲の期待を一身に受けて、幼い頃から魔法を叩き込まれたが、基礎である火の魔法程度しか扱う事が出来るようにはならなかった。
周囲には既に諦められていた15歳の頃、両親は一縷の望みにかけて、ローレンを国の魔法学園へと送り出す。
一族の推薦により何とか入学を許可されたものの、当然入れたからといって魔法が扱える様になる訳は無い。
学園の中でも噂はすぐに広まって、気付けば陰口や露骨な言葉を浴びせられる毎日。
そんないつもと変わらないある日、1人で昼食を取っていると、目の前に座った女性から声を掛けられる。
燃えるように煌く赤い髪と、ルビーの様な真っ赤な瞳。
ローレンの心を脈打つ衝撃と灯った何かは、
恋と呼ぶには余りに強い感情であり、一陣の風が今までの全てを吹き飛ばしていくのを感じた。
交わした会話はほとんど記憶になく、ただ、最後の約束に対して、「はい」の一言が喉から飛び出す。
その内容は、放課後に彼女と魔法の特訓を毎日するというもの。
彼女がなぜそんな提案をしたのかは分からないが、その約束は、ローレンの日常に彩りをもたらし、恥や外聞を忘れる程ののめり込みを彼に与えた。
人間とは不思議なものだ。
1つのきっかけが、1人の人間をたった1年程で完全な別人にまで押し上げるのだから。
誰よりもひたむきに行われた努力は、結果へと繋がり、気付けば、学園の中だけでなく、国の中でも有数の魔法使いとまで言われるようになった。
元々桁が外れていた魔力量も、加速を促した要因の1つの様だが。
周囲の視線や一族からの評価を一新させた頃、他の何よりも変わったのはローレン自身を纏う自信であった。
そしてそれは、自身の中で余りにも大きくなり過ぎた彼女への思いを、照れながらも告げる事が出来るほどの変化をもたらした。
2人が当然の様に恋仲になると、彼女が抱えていた秘密。
彼女が灼翼の龍の力を受け継ぐ一族の末裔であり、それ故、その力を抑えるために膨大な魔力を日々使用する為、長くは生きられないだろうという事が語られた。
それを聞いても、ローレンは変わらなかった。
むしろ膨大な魔力を持つ自分こそ彼女の横に居るべきだと思った。
広場の真ん中で告げられた永遠の誓いは、盛大な祝福と共に、涙を流す彼女を妻へと変えると、すぐに2人の間には娘がもうけられた。
名は[アジーン]
初めて顔を見た日に、咄嗟に出てきた名前。
ローレンにとって、この日ほど喜びの感情が膨らんで、この日程涙を流したのは後にも先にも無かった。
月日は流れ、妻によく似た赤毛の女の子は、それは綺麗に逞しく育つ。
忘れもしない娘アジーンの18歳の誕生日。
ここまで、妻と2人で娘の成長を見届けられた事はほとんど奇跡に近く、この日も家族3人での夕食を噛み締めていた。
しかし、そんな平和な日々は突然の終焉を迎える。
聞こえる複数回の爆発音と悲鳴。
後からわかった事だが、同盟関係にあったコンスタン帝国がいきなりローレンの住む街を襲ったそうだ。
街の至る所で爆発が起きると、一瞬で命の鼓動が街から消え失せる。
家族で運良く隠れた瓦礫の下。
そこから目にした光景は、倒れた人間を1人づつ剣で刺し、死を確かめている大量の兵士の姿だった。
自分の魔法でどれ程戦えるか?
踏み出す一歩を躊躇っていると。
アジーンをお願い。
耳に声が届いた時には、既に瓦礫の外に走り出した妻の姿。
急いで手を伸ばしたが、手の平が空を握ると覚悟を決めて反対側に走り出す。
一瞬だけ振り返った先に見えた、燃え盛る翼を広げた龍の姿を背に、泣き叫ぶ娘を抱えて街から逃げ出した。
命からがら逃げ出した先でも不幸は続く。
突如、娘の様子がおかしくなった事が、魂の継承と妻の死を直感させると、その後何日経っても、アジーンは目を覚ます様子が無かった。
考えられる理由は、あまりに強大過ぎる妻の魂に、娘が耐え切れていないという事。
回復魔法を何度もかけて、無理矢理口から流動食を流し込む。
それでも時間は流れて行くばかり。
このままではと思い、当時開発途中であった空間魔法にありったけの魔力を注いで、アジーンをその中に入れた。
完全に中の時間が止まる空間魔法の完成を目指しつつ、大陸中を巡って解決策を探したが、生きている間に見つかる事は無く、ローレンの70年程の人生は空間魔法の完成と共に幕を閉じる。
死んだ後も、【不死の森】を彷徨い続けたローレン。
人生の倍の140年の月日の中で、ようやく自分の事を見る事が出来る奴、自分の声を聞く事が出来る奴、鬼の一族の魂を継承した奴。複数の魂を継承出来る奴。
託す事が出来ると思える奴。
そう。俺に出会った。
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