31話 根本
屋敷に戻ると、着ていた服を脱いで、庭に掘って作られたゴミ捨て場に放り投げると、他のゴミと一緒に一気に鬼火で燃やす。
折角買ったという事もあったので、服に着いた血を水で洗い流す事も考えたが、大量に付着した血液が既に固まってこびりついていたため、燃やしてしまった方が早いと考えた。
こんな時には、前世の事を一層思い出す。
服が汚れた時には、家に帰って洗濯機に入れてスイッチを押すだけで良かったし、汚れの具合によっては、コインランドリーに行ったりクリーニングに出すという手段もあった。
何より、洗剤の種類も充実していたし、気分によって香りを変える事も出来た。
(水の魔法を覚えればもう少しはマシになるか?でも、洗剤の方はな、、、
というかそれも1つの商機か?)
だが、今回服を燃やしたのにはもう1つ理由があった。
男の話によると、今回の件は隣国の貴族が絡んでいるという事であり、証拠になりそうな物は出来るだけ早く処分したいという気持ちがあったからだ。
その点は、こっちの世界の方が都合が良いだろうか。
前世なら、夜中に服を燃やしていれば間違いなく通報されるだろうから。
こちらの世界では、明かりの為に火が灯されている事も珍しくはない。
(結局、あの建物が誰の所有物かも分からなかったしな。)
アインスが連れ込まれていた建物については、金で雇ったその辺のゴロツキが知っていたとの事であったが、それについては真相は不明である。
男の話した事が全て嘘だとは思わないが、いくつか真実が伏せられているという見方をするのが正解だろう。
色々な事が頭の中のサーキットをぐるぐると周りつつ、未だ改修中の風呂場で、雨水を貯めた樽から引いている水を蛇口から出すと、雑貨屋で購入した石鹸で全身を洗った。
いつもは濡らしたタオルで全身の汗を拭うくらいであり、ここまで念入りに洗う事は月に1度あるかないか。
そんな生活が随分と身体に染み付いて来ていたが、それでも、いざ全身を洗う時には、前世でお風呂の蛇口をひねれば、暖かいお湯が大量に上から降り注ぎ、たっぷりの泡で全身をくまなく洗った後は、溢れんばかりに貯められたお湯にぷかぷかと浮かんでいた事を思い出す。
(お湯の魔法ってあるのか?魔法に詳しい奴なら誰か知ってるか、、、)
水で身体を洗うには冷たくなってくる季節。
秋も洋々と深まりを迎えつつあった。
着替えた後、アインスにも風呂場で血を流してくる様に伝える。
その際、アインスに昨日買った髪用の石鹸を渡すと、不思議そうな顔をしていたが、珍しかったので買った事を伝えると、嬉しそうに風呂場に向かった。
ちなみに、アインスが着ていた服もその後燃やした。
アインスは俺から貰ったという事で渋っていたが、理由を伝えると納得した様だった。
先に暖炉のある応接室に戻った俺は、いくつか新しい薪に火をつけて、グラスに入れたワインとオークの干し肉を囓りながら、紙とペン、それからインクを取り出して、現状をまとめる事にした。
(トッドのおっさんの記憶では、テルレ公国とセルカ王国の関係性はそれ程悪くない。
ましてや、セルカ王国はコンスタン帝国の後ろ盾を持っているらしい。
その中で、果たして真正面から戦争を仕掛ける何て事があるのか、、、?
ましてや、奴隷商のシガルがそうなった時のメリットは、、、)
足りない情報を想像で補うにしてもまだ足りない。
テルレ公国の上流貴族とやらが知りたがっていた、アインスの持っている情報というのも気になった。
(その辺の事を把握するのが先か。だとすれば、、、)
ガチャッ
水浴びを終えたアインスが、居間に入ってくると、真っ白な身体の上に、ひとひらと揺れ動く綺麗な布を一枚だけ纏っている姿だった。
思わず喉が詰まり、慌ててワインを口に含む。
今日の事で、俺自身も気づいていた。
今後、奴隷商のシガルやその背景にあるものに対抗するためには、まず初めに地盤の様に固める必要があるものがあると。
それは、俺とアインスの関係性。
現状では、アインスから伝えられた気持ちに対して、俺は感謝の気持ちを述べる事しか出来ていない。
なぜなら、アインスは今まで奴隷という立場で生きてきた為、他人の優しさに触れた機会が恐らく少ない。
そんな中で、先日伝えられた俺へ抱いた感情というものは、俺からすれば、所詮は狭い世界の中でのものであり、一時的なものだと思ったからだ。
いずれ、俺との冒険や旅を続けていく中で、徐々に広がっていくであろうアインスの世界。
そこには、今のアインスでさへ気付いていない自分が居て、きっとその先に見つける事が出来た感情こそが、本物なのだろうと。
だから、それまではアインスの想いに応える事は出来ないと。
しかし、今回の件でいざアインスに危害を加えられた時。
俺が抱いた感情は、怒りだった。
思わず口から飛び出たのは、誰の女に手を出したと思っているのかという言葉。
言った自分自身でさへ驚いた。
俺との冒険は、この先も困難が多く待ち受けているだろう。
自分では無い誰かが、アインスをより幸せに出来るのであれば、それに勝るものは無いと。
そう思っていたにも関わらずだ。
きっと、アインスの気持ちに応えられないと言うのは、自分が他人の人生を背負うという事に対して、恐れていたからなのだろう。
前世で、俺に別れを告げた後の彼女の後ろ姿が、脳にこびりついている。
この先に待ち受けるであろう様々な困難を乗り切るために。
責任を負う者として生きていくために。
他人の人生を平気で背負えるくらいの覚悟を刻み込まなければと。
そして、自分の気持ちに正直で無ければならないと。
「綺麗だな。」
昔、ベトナムで見た民族衣装の様な格好から、透けた真っ白な肌を見て呟いた。
「いただいたお金で買わせていただきました。」
「そうか、、、こっちに座ってくれ。」
そう言ってアインスを腰掛けているソファの隣に促すとと、腰を浅くして座る。
持っていた櫛を取り出すと、雑貨屋で買っていたオイルを髪につけてといていく。
丁寧にゆっくりと、一本づつ絡まった髪を解いていくと、あちらこちらに向いていた髪が一本の方向にまとまり出し、銀色の髪が川のせせらぎの様に綺麗な音色を奏で始めた。
少し強張ったアインスの肩に、そっと手をやると、ぴくりとした後、柔らかな手つきで俺の手を握る。
そのままアインスの身体を後ろから抱きしめて、唇を重ねると、開いた口からアインスが俺を受け入れようとしている事を感じた。
何度も重ねられた唇は、やがて舌を絡め合わせていき、求めては求められてを繰り返す。
暖炉の乾燥した薪が爆ぜる音と対照的な水気のある音が耳の近くで響き、意識がどこか遠くまで離れていく中、ふとズラした手から、乾き始めたアインスの髪の感覚が俺の意識をこの部屋まで戻す。
離した唇の間に一本の銀糸。
「場所を移そうか。」
「、、、はい。」
そう言って、アインスの手をとると、寝室へ移動した。
昨日は、左右から入った大きなベッドに今日は一緒に入ると、未だ冷えた身体が、触れ合う場所から温もりが広がる。
固く閉ざされた蕾の花の様なアインスの身体を、唇や舌、時には手や歯を使って、一枚一枚丁寧に。
針に糸を通す様に、ゆっくりと優しく、そして丁寧に開いていった。
✳︎
窓から入る光の中に鳥の歌声が混ざり出した頃、重なった2人の間には、薔薇の様な小さな赤が、真っ白なシーツに染み込んでいた。
「アインス、、、ずっとここに居ろ。」
「、、、はい。」
貴重なお時間ありがとうございます。




