26話 労いを。
薬草をいくつか拾った後、街に戻ると街中の視線が集まる。
だが、それはいつもの猜疑心に包まれた視線とは今日は違った。
「オーロラコングだ。すげぇ。」
「初めて見たぜ。何処に出回るんだ?」
「どうせ誰か貴族からの依頼だろ。庶民には無縁の話さ。」
そんな羨望を含んだ視線や会話に、気分が高揚する。
そもそもギルド長から聞いた話では、オーロラコングは、森のさらに奥の山の中に生息しているため、殆どの冒険者はその場所まで辿り着く事さへ出来ない。
貴族の指名依頼でも無ければ、森の奥の山にまでわざわざ踏み込む冒険者は少ないので、オーロラコングが市場に出回る事は皆無だそうだ。
勇み足でギルドまで向かうと、レミアに声をかけられる。
「また今日は一段と凄い魔物を持って来ましたね。」
「ありがとうございます。ギルド長はいらっしゃいますか?」
「執務室に居ると思います。ギルド長からの依頼だったんですか?」
「まぁ、そんな感じです。」
レミアに頼んでギルドの中庭にオーロラコングの死骸を置かせてもらうと、ギルド長の執務室へと向かう。
コンコンコンッ
「誰だ?」
「ゼロです。オーロラコングの件が終わりました。」
「入れ。」
部屋に入るといつものソファに促される。
「オーロラコングを狩って来たのか?」
「はい。先程、森から持って帰って来ました。」
「手強かっただろう?」
「思ったより手こずりましたね。自分の実力不足を感じた1日でした。」
「領主の屋敷でもか?」
「御察しの通りです、、、
オーロラコングですが、魔石や毛皮はギルドに渡しますが、肉は全て下さい。」
「わかった、、、太っ腹だな。
闘ってわかっただろうが、こいつは両腕の毛皮が異常に固いから、防具の良い素材になる。
領主の件は、、、まぁ気にするな。お前はまだ若いしな。これからの事の方が多いさ。
帰りに報酬の受け取り口でギルドカードを提示して帰れ。話は通してある。」
「ありがとうございます。」
頭を下げてお礼を言うと、部屋を後にする。
言われた通り、報酬の受け取り口でギルドカードを渡すと、ギルドポイント5,000PTとCランクが記されて返ってきた。
「おめでとうございます。本日よりCランクとなります。Cランク以上の説明をさせていただいても?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「かしこまりました。それでは説明させていただきます。」
そう言って始められた話によると、Cランク以上からは、合計のポイント数はあまり意味を持たなくなるそうだ。
どちらかと言うと、年間のポイント数をそれぞれのランクで競い、10位までには、賞与と昇格のチャンスが与えられるとの事だ。
そしてもう1つ。
Cランク以上は、貴族の指名依頼の対象となる。
指名依頼は断る事も可能であるが、当然名前を売るチャンスでもあるので、冒険者が断るケースはあまり無いらしい。
また、ギルドとしても貴族からの指名依頼はギルドポイントをかなり高く設定するので、年間のランキングで上位になる為には、どれだけそれをこなすかが重要となってくる。
「今年のCランク1位はいくつくらいなんですか?」
「今日現在で60,000ポイント程度ですね。」
(思ってたよりもレベルは高いか、、、)
「わかりました。ありがとうございます。」
「他にご質問は?」
「ありません。また何かあればお伺いさせていただきます。」
「承知致しました。それではお気をつけて。」
そうして、ギルドを後にしてその日は終わった。
ちなみにオーロラコングは、ギルドの方で解体してくれる事となったので、明日改めて受け取る事にした。
翌日
「おはようございます。」
「おはよう。もう大丈夫か?」
「はい。随分と良くなりました。」
「今日の夕食はアインスの元気が出る物だから期待しておいてくれ。」
「え?本当ですか!?嬉しいです。ちなみに何ですか?」
「まぁ、それはお楽しみという事で。」
そんな会話をしていると、9時の鐘が街に鳴り響いたので、アインスはそのまま休ませておいて、門を開けてマグガーラ達を迎え入れる。
「おはようございます。」
「おはよう。」
マグガーラにしては、余り元気が無い様子だった。
「どうかされましたか?」
「いや、日雇いの奴らが4人程この仕事を降りるって言い出してな。また、代わりの奴を見つけないといけない。」
「そうですか。」
(シガルか。4人も混ざってたとは。それにしても露骨だな。)
「それよりも、マグガーラさん。今日は職人皆さんに夕食をご馳走しますよ。」
「有難いが、どういう風の吹き回しだ?」
「例の約束ですよ。これで足りるかはわかりませんが。」
「ほう。ハニーベアの件か?」
「ええ。実際には1匹ですが、物はオーロラコングです。」
「オー、、、ロラコング。
オーロラコングだと?!本当か!?
それが本当なら、凄いぞ!!」
「本当です。
折角なので、どこかのレストランを貸し切ろうと思います。職人の皆さんにもそうお伝え下さい。」
「オーロラコングを食べれられる日が、、、
わかった。直ぐに伝えておく。あいつらの家族も来るだろうから、相当な人数になるぞ!!」
「承知しました。」
そう言うとマグガーラは、作業前の職人達のところへ走って行く。
途端に色めき立った筋骨隆々の男たちが、こちらに何度も頭を下げていた。
アインスはそのままにして、ギルドに向かい、加工された肉と内臓を受け取る。
その足で、以前にも何度か訪れた事のあるレストランへ向かい、貸切の予約と肉の調理を依頼すると、オーナーと料理長がすっ飛んで来て、お代は要らないので、自分達や従業員にも食べさせて欲しいと言われたため了承した。
レストランからの帰り道も、商人などから100グラムだけでも銀貨10枚で譲って欲しいなどと言われ、相当珍しいのだという事を改めて実感した俺は、お世話になっているポーション屋のセーラや宿の女将などにも声をかけた。
そして、18時の鐘が夕暮れの街に響き渡り、今日という日に彩りを加える。
アインスを連れてレストランへ向かうと、そこには数え切れないくらいの人がごった返しており、騒ぎを聞きつけた憲兵が何人か来ていた。
人混みをかき分けて、従業員に尋ねたところ、騒ぎの原因は、俺がレストランへ肉を運ぶ姿を見かけた者たちから次々に噂が広まった事による事のようだ。
15時くらいから人が集まり始め、徐々に大量の人がレストランの前に集まり出したらしい。
「痛っ!」
人混みの中から、声が聞こえる。
どうやらマグガーラが、集まっている奴等の頭を叩きながら、こっちに進んで来ているようだ。
「ゼロ!!どうする??これじゃあ、誰が関係者かもわからんぞ?」
「そうですねぇ。」
そう言っていると、隣のアインスが俺の肩をトントンする。
「ゼロ様が言ってた夕食に関係するんですか?
いっその事皆さんに振舞ってはいかがでしょうか?」
「嬢ちゃん。そいつぁ、、、」
マグガーラが困った顔をする。
「じゃあ、こうしましょう。」
そう言って、俺は料理長に頼み、内臓や肉の切れ端を大鍋で大量に煮込んでスープにし、それを1人1杯配る事にした。
マグガーラは少し残念そうにしていたが、仕方がないと呟き、群集に大声で叫ぶ。
「今から冒険者のゼロが、お前達みたいなくだらん奴等に1人1杯づつオーロラコングのスープを無料で振る舞う!!
感謝しろ!!」
その言葉に群集から歓声があがる。
「黙れ!!静かにしろ!!
わかった奴はここに2列に並べ!!
2回並んだりした奴は、職人ギルドの全員を敵に回すと思え!
今日は、この冒険者ゼロが職人ギルドのために、オーロラコングの肉を獲って来てくれた。勿論無償だ!!
関係者はこっちからレストランに入ってくれ!」
その言葉に、群集はすぐに2列で並び、関係者はマグガーラが見て中に入れていった。
(憲兵団の奴等まで並んでやがる。)
「流石はゼロ様です。」
「いや、アインスのお陰だよ。さぁ、俺たちも入ろう。」
レストランの中では、既に1階〜3階まで全て埋まっていた。
「お前ら!普段は毎日助かるぜ!
今日は冒険者のゼロが、俺達職人ギルドに尊敬を込めて、オーロラコングの肉を与えてくれた。
勿論無償でだ!!
普通は、一生口にする事の無い物だ。
今日は存分に楽しんでくれ!!」
全ての席から、歓声が上がる。
「ゼロ。お前からも何か言え。」
「わかりました。」
「皆さん!!
今日はお忙しい中ありがとうございます。
今、私は自分の屋敷の改修で職人ギルドにお世話になっております。
マグガーラさんを筆頭とした職人さん方の技術が余りにも素晴らしかったので、このような機会を設けさせていただきました。
今日は楽しんでください!」
その言葉への歓声を皮切りに、次々と料理が運ばれ出す。
早速、テーブルに乗せられたのは、分厚いステーキ。
アインスと同時に口に運ぶと、思わず顔を見合わせる。
お互いが驚いていた。
肉は筋肉質で硬く、決して上品な味では無い。
ただ、その野性味に溢れた肉は、独特な風味を口いっぱいに広げると、全身の毛細血管を、ほとんど草葉の様に震わせた。
身体が生命を感じている。
(有り難い。)
それは、ただ、ただ、感謝の気持ちが溢れる味だった。
オーロラコング
誰が名付けたのかは知らないし、俺の感想が正しいかはわからない。
ただ、自分が前世のカナダでオーロラを見た時の様に、何か大自然の中に自分が包まれている様な感覚をそれはもたらした。
俺の舌を優しく包み、吹き続ける旨味に身を任せる。
ふと、再びアインスを見ると、幸せそうな表情と共に頬は机まで落ちている様だった。
「アインス。美味いか?」
「はい。幸せです。」
「そうか。それは、良かった。
お前のいつも美味そうに食う顔は、俺も見ていて幸せだ。」
アインスは眼を見開いた後、残っていたビールを一気に流し込む。
「ゼロ様。聞いてくれますか?」
「ん?何だ?」
「、、、私はゼロ様が好きです。
ゼロ様の一挙手一動が私の心に喜怒哀楽をもたらせます。
私はこの感情の名前を知りません。
でもきっと、この感情こそが恋だとそう思うのです。
どうしても今伝えたくなってしまいました。」
「ありがとう。」
その言葉にアインスは笑った。
それしか出なかったが、本音だった。
こんな俺に着いて来てくれて。
しかし、雇用主と従業員という立場を考えると、それ以上は何を答えるべきなのか。
それが今の俺には分からなかった。
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