21話 引き継ぎ
今日は、朝から街の広場にある庁舎に居た。
1階の受付で書類を提出した後、その手続きが終わるのをアインスと共に大人しくソファに座って待つ。
昨日までで、プロボノ活動が終了した事もあり、これから始まる本格的な冒険者としての活動の準備のためである。
まず、昨日までプロボノ活動中という事で、ギルドが用意をしてくれいた宿だが、今日で引き払わなければならない。
その為、新しい根城を探す必要が生じていたのだが、既にその場所は決まっていた。
そう。
トッドのおっさんから引き継いだのは、魂だけではなかったのだ。
実は、魂の継承を行う際に、おっさんの保有していた土地と建物の権利証も一緒に引き継がせてもらった。
おっさんは生前の内に万が一を考えて、神殿の公印が押された、権利証の名義変更の書類にサインをして持っていたのであった。
(結局、家庭を持つことは無かったみたいだが。)
そこに俺のサインを書いて、魂の継承後に契約のスキルを発動させることで、おっさんの持つ土地と建物を引き継いだのだ。
今日、庁舎に来ているのは、その書類を提出することであり、それは、正式にグランの街の領主に認めて貰うためだ。
ここまで行えば、他人が権利の主張を行うなどほとんど不可能となる。
ちなみに、俺が引き継ぐトッドの屋敷は、広場から徒歩で20分程のところにあり、中心からは離れた場所だが1,400㎡の土地にそれぞれ600㎡の2階建となっていた。
(前世じゃ考えられないな。)
前世の日本では、これほどの敷地を持つ家は、都会に近いところでは相当珍しい。
俺の住んでいた高層マンション、いわゆるタワマンの1室も100㎡程であった。
(逆に高さは、この世界じゃ考えられないか。)
そう考えると何だか可笑しかった。
とはいえ、このトッドの屋敷の広さは、街の誰よりも大きいという訳でも無かった。
もちろん、1,400㎡の敷地はかなり広い方であると言えるが、貴族の家は桁が違う。
例えば、グランを取り仕切るグラーム家の屋敷は、庭の中に集合団地を建てられる程の広さを持っているし、この街に別荘を置いている貴族もトッドと同じくらいかそれ以上の広さの別荘を構えていた。
ちなみに、俺の実家のレンド家の屋敷でさへ、トッドの屋敷の2倍程の大きさがあった。
(まぁ、あそこは田舎だったがな。)
しばらく待っていると、受付に名前を呼ばれたので、アインスと共に向かう。
「土地及び建物の権利証の名義をトッド様からゼロ様に変更する書類ですが、間違い無い事が確認出来ました。」
「ありがとうございます。」
「ただ、トッド様が亡くなられて、既に2年と3ヶ月が経っております。土地と建物に関しては、年の初めに税金をいただいておりますので、2年分の税金が現在未納となっております。ですので、その納付が完了することで、正式に手続きが完了となりますがいかがされますか?」
「確か10㎡辺り銀貨1枚でしたっけ?」
「そうです。今回1,400㎡の屋敷を相続されますので、金貨1枚と銀貨40枚。それの2年分で、金貨2枚と銀貨80枚を納付していただきます。」
「、、、わかりました。」
現状で、この金額は確かに痛手だが、トッドの財産やフォレストロトで入ってくる金額も考えて今の内に手続きを済ませておくことにする。
(シガルが次にどう動くかもわからないしな。)
言われた金額をその場で納付すると、屋敷の引き継ぎの手続きは全て完了となった。
その後、受付の人から毎年1月の初めに税金を納付するように案内を受け、あまりにも納付状況が酷い場合には、土地や建物が没収となる事があるとも伝えられた。
(それは、そうだよな。)
庁舎を出て、早速向かった先はトッドの屋敷。
途中、アインスが食べ物の匂いを嗅いでは、フラフラと店に近寄っていたので、オークの串焼きを1本買い与えた後、手を繋いで真っ直ぐに目的地を目指す。
しばらく街の中を歩き、人通りや店が随分と少なくなったところの一画にそれはあった。
立派な屋敷と広い庭。太い鎖で繋がれた敷地内への門。
武骨な風景が目の中いっぱいに広がると、感情が跳ねた音が聞こえた気がした。
右の手の平に刻まれた契約の紋章を翳すと、瞬く間に鎖が解かれて、門が開く。
(確か薄い結界を施してるんだったな。)
トッドの記憶を頼りに中へ入っていくと、広い庭は雑草だらけで荒れ放題だったが、走り回れる程の土地に、益々気持ちは高揚する。
屋敷の玄関の鍵は、扉の横の壺の下に隠していたので、それを使って中に入るが、人の気配は一切無く、荒らされた形跡も特に無いようだった。
(結界のお陰か。)
とは言いつつも、2年以上放置されていた為、流石に建物内のあちこちに蜘蛛の巣が張り巡らされており、歩いていると床板が抜けるような場所も散見された。
「汚れてますし、所々痛んでますね。」
「ああ。清掃と修繕が必要だな。」
「それでしたら職人ギルドに依頼を出されますか?」
「ああ。そうだったな。そっちの方が良いか?」
「そうですね。我々はまだ、決まった職人に伝手も無いので、初めはギルドを通した方が、、、」
「なるほどな。」
しばらく2人でそんな会話をしながら、屋敷の中を見回っていく。
トッドの記憶と違うところもあるが、おおよそは同じ所が多い。
1階に応接室などがあり、2階はいくつもの小さな部屋が並んで、当時はそこに奴隷達を住まわせていた。
(すっかり全部空き部屋だな。)
観光地を歩くように、2人で屋敷内を見周った後、最後の扉に手をかける。
トッドの記憶から、既に分かってはいたのだが、自分の目でも確かめたかった。
そう。
それは、お風呂である。
俺の居るセルカ王国だけではなく、この世界の殆どの国で水の資源は大切に使われている。
その中で、大量の水を使うお風呂は、まさしく選ばれた者だけの特権なのだ。
貴族以外のほとんどの者が一生縁のないこのお風呂であるが、トッドはグランの街ではそれなりの力を持つ商人であったので、家を作る際に、お風呂を作る許可が出ていたのであった。
(やっと、、、やっと風呂に入れる。)
但し、グランの街では下水は完備されているが、上水はまだ完備とまでは程遠い。
だから、生活用水は井戸水や雨水を貯めた大樽を使うか、水の魔法を使って補われていた。
ここで1つ補足になるのだが、この世界では火の魔法が基礎で、次に学ぶのが水の魔法と言われており、水の魔法を使える者は一定数存在する。
(お風呂の水をどこから持ってくるか。)
そんな事に思考を巡らせながら、トッドの執務室へと再び向かう。
トッドが座っていた椅子の後ろにある本棚をスライドさせると、壁に埋め込まれているのは小さな金庫。
「左に3、右に36、左123っと。」
カチャッ
黄金色に鳴った小さな扉の中からは、10枚づつで封がなされた、金貨が7本。
その姿を現す。
「金貨70枚か。すごいな。」
「す、、、凄いですね。」
トッドが残していた財産を金庫から取り出し、変わりに権利証とアインスの雇用契約書を入れておく。
しっかりと金庫を閉じた後、屋敷を出て再び門の外で手をかざすと、門が勢いよく閉まって解かれていた鎖が再び巻かれる。
門と繋がって、屋敷をぐるっと囲んでいる鉄格子の間に手を入れると、鈍いガラスのような感覚があり、手が入らなかった。
(これが魔道具の力か。)
トッドの記憶によると、この屋敷で一番お金をかけたのが、屋敷の周りの鉄格子と、この門の鎖である。
全てが魔道具であり、鎖を繋いでいる間は、敷地の周り全てに高さ3メートル程の結界が張られる。
(浮浪者達が侵入する恐れはまず無いか。)
逆に、これを乗り越えられるということは、それなりの実力者であるとも考えられ、確実に安心とも言えないと俺は思った。
そうして、職人ギルドの方へ向かう事にした。
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