17話 暗殺者
柔らかな音色に包まれて目が覚める。
ベッドの上からアインスの透き通った歌が聞こえてきた。
「良い歌だな。」
「お、おはようございます。すみません。昔、母に教えてもらった歌で。」
アインスは既に着替えを済ませて、部屋の中の掃除をしているようだった。
「今日からよろしく頼むよ。」
「はい!こちらこそ、よろしくお願い致します!」
そう言ったアインスは、忙しそうに部屋の中の掃除を続ける。
服を着替えて準備を整えると、宿の1階で朝食を食べる。
焼きたてのパンと、簡単なスープだけだったが、十分に満足した。
味もそうであるが、目の前のアインスが嬉しそうに食べていたからだ。
(味噌汁とご飯。それに、漬け物の組み合わせには勝てないけどな。)
お酒が少し残っているからか。
前世の和食が恋しくなった。
そのまま2人でギルドに向かうとレミアからの質問責めが待っていた。
「な、何でアインスさんがゼロ様と一緒に居るんですか?」
「今日から、僕がアインスを雇用する事になったからです。」
「ど、どういう事ですか!?」
アインスの雇用契約書をレミアに見せて、今日から正式に俺が雇用主となった事を伝える。
「シガル様はこの事を?それか、隣国の貴族から買い取ったのですか?」
「そんな訳無いでしょ。上手くやったというやつですよ。」
俺が笑いながら伝えると、レミアの顔はみるみる青ざめていく。
「何て事を。すぐにゼロ様の仕業だとバレますよ?それに、、、もしシガル様の方から何かあったとしても、ギルドが間に入ることは出来ませんからね?」
「問題ございません。」
「問題ないって。そんな。ゼロ様がそれで良いなら結構ですが、、、一応この話は、ギルド長の耳にも私から入れておきます。」
「わかりました。」
再び俺は笑顔で答える。
「ゼロ様。決してシガル様を甘く見ない事です。あの方は必ずゼロ様に何らかの形で仕掛けてくるはずです。何度にもなりますが、何かあってもギルドは絶対に介入出来ませんからね?」
「ご心配ありがとうございます。」
その後、明後日以降にアインスの代わりの監視役を付ける事になると言われたので、今日はアインスと2人で【不死の森】へと出かける事にした。
「アインス。忙しくなるから覚悟しておいてくれ。」
「わかりました。」
【不死の森】へと着くと、人目の着かない奥の方まで歩いていく。
しばらく歩いたところで、丸い石の上に腰を下ろすと、アインスが不思議そうな顔をしていた。
「アインス。俺の近くに居ろ。」
「、、、はい。」
石の上にそのまま座っていると、わずかに聞こえた風を切る音。
ヒュッ
正面から突如一本のナイフが飛んでくる。
キンッ!
(来たな。)
飛んで来たナイフを剣で弾くと、その先からスッとオークの仮面を被った男が2人現れた。
「ふふふ。何と我々を待っていたか。気配は隠したつもりだが。」
「こいつは面白い。いつも逃げる奴ばかりだからなぁ。楽しみだぁ。」
「男は殺して、女も殺して。」
湧き出た殺気が消えると、2人が散り散りに分かれ、森の中に姿を隠す。
一瞬の出来事ではあったが、両目で捉えたその姿から、2人が相当な実力を持っている事は明らかだった。
すぐに異様な匂いが周囲に立ち込め始めた。
(居場所を悟らせないようにする為か。)
アインスを一瞥すると、強張る顔つきの下で、手が震えている。
この半径10メートルに、針のような空気が敷きつめられていた。
アインスの震える手に俺の手を添えると、それが開始の合図となる。
こちらに放たれる数本のナイフと共に近付いてくる1つの気配。
俺の背後から飛び出した、真っ黒な鬼の右手が、火を纏ったナイフを弾いてそのままその気配を摑まえようと伸びていく。
「はい。死んだぁ。」
頭上から人外の速度で迫る気配から声が聞こえた。
刹那。
再び、俺の背後から現れる真っ赤な鬼の左手。
硬く握り締められた拳が、その気配を真芯で捉える。
ゴンッ!
森の木に2回跳ねて地面にぶつかり、勢い余って空中にバウンドした後、その気配は木々の間に転がった。
ピクリとも動かなくなったその傍ら、伸ばした右手の黒い鬼の手の方にも確かな手応えを感じていた。
ありったけの力で握り締めて、手元に戻すと、仮面の下から大量の血を流した死体が、ボロ雑巾のようになって鬼の手にぶら下がっていた。
「最近、鬼の手を2本扱えるようになった事は言ってなかったか?」
そう言いながら、転がっているもう1人に近づいて、オークの仮面を剥ぎ取る。
「だ、だズけデ。ジ、じにたぐない。」
ヒュー、ヒュー、という呼吸音の合間に喋る命乞いが耳障りだった。
「お前らが、シガルが雇ってる暗殺者で間違いないな?」
「そ、ぞうだ。」
「お前ら以外にも居るのか?」
「いない。たずゲてグ
グチャッ!
真っ赤な鬼の手を、金魚のようにパクパク動く口に目がけて振り落とすと、赤黒い液体が周囲に飛び散った。
「こんなもんだろう。」
2つの死体を並べた後、握り潰した死体の首を剣で切り落とし、石の上に置いておく。
死体に鬼火を唱えると、青い炎が2つを包み込み、それぞれから虹色の魂がふわふわと浮かび上がる。
(この光景だけは綺麗だな。)
「魂すら残すな。鬼月。」
刀を触りながらそう呟くと、1本の刀が宙に現れて、2つの魂を真っ二つに切った。
切られた魂達は空中で霧散していく。
「これで終わりだ。お前らの様な奴の魂は継承する価値もない。2度死ね。」
そう言うと後ろから声がする。
「はぁ〜。」
座り込んだアインスが俺の方を見て、眉間に皺を寄せていた。
「どういう事か教えて下さい!」
ちなみに、アインスの怒った顔は初めて見たが、可愛い以外の感想は特に無かった。
「すまない。今はとにかく時間が無いんだ。今日の夕飯に美味いものでも食べながら話すよ。」
頭を撫でながらそう言うと、アインスは納得したのか。何も言わなくなった。
「立てるか?」
「腰を抜かしたようで。」
座り込んでいるアインスを両手で抱きかかえる。
「ゼ、ゼロ様!ちょっと!」
「文句は夕食の時な。」
顔を真っ赤にしたアインスを抱えたまま、急いで森の中を進むと、拓けた場所に1本の細い木が現れる。
「ここは?先日ゼロ様が誰かとお話されてたところですよね?」
「そうだ。辺りを見ておいてくれ。」
アインスを地面に下ろすと、その木を切り倒す。
切り株の色が茶色だったので、わかりづらかったが、鬼の手で根っこから引っこ抜いた後、地面を掘ると、小さくはあるが、茶色く透明なフォレストロトが姿を現した。
「ビンゴだ。」
すぐに布に包んで袋に入れる。
「よし。帰るぞアインス!」
アインスはもう何が何だか。と言った顔をしていたが、お構いなく未だ立てないアインスを再び抱きかかえて、街へと戻って行った。
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