13話 至福の夕食
街に戻ると、鬼の手を操る俺、その上に乗る冒険者達とハニーベアの死骸に視線は集中していた。
通り過ぎる全ての人達が振り返るので、特に冒険者達は気恥ずかしそうであった。
広場を抜けてギルドに入り、レミアを探して声をかける。
薬草の採取が終わった事。
襲われていた冒険者達を助けた事。
襲っていたハニーベアを仕留めた事を報告すると、話している途中からレミアのにこやかな笑顔が、みるみる引きつった顔へと変わっていくのが面白かった。
「皆さんの中に重傷の方は居ませんか?」
「襲われてすぐに助けていただいたので、全員軽傷です。」
「承知しました。他の者に救護室へと案内させます。今回助かったのは本当に幸運な事なんですからね?普通なら死んでますよ?」
そうレミアに言われた冒険者達は、シュンッとなりながら、救護室の方へと案内されていた。
「それにしても、Bランクの4人組パーティでさへ中々倒す事の出来ないハニーベアを本当に単独で?」
「はい。何だったらアインスやあの冒険者達も見ていたので聞いていただければ。」
俺の隣でアインスが首を縦に振る。
レミアはため息をつきながら、全く鬼の力というものは規格外ですね。と、呟いた。
袋一杯の薬草を渡した後、ギルドとの交渉が始まる。
今回はプロボノ活動中の成果であったため、ギルドにハニーベアの死骸を渡す必要も無かったのだが、この活動を早く終わらせたい思いもあり、ギルドに渡す事にした。
(俺が冒険者としてこの街で活動したいという気持ちが多少は伝わるだろう。)
アインスからハニーベアの死骸をそのまま商人に売却すれば、金貨6枚は最低でも期待出来ると教えてもらっていたので、自信を持ちながら交渉に臨むと、5分程であっさりとお互いの合意を得た。
〜【交渉結果】
ギルド側の受け取り
魔石、枝肉の半分、手足尻尾などの部位、心臓以外の内臓
報酬内容
枝肉の半分、心臓、銀貨85枚、プロボノ中の宿の部屋のグレードを1つアップ、ギルドポイントを300PT付与
〜
解体作業もギルドが行なってくれるとの事で、予期せぬ出来事にしては、中々の結果だと思う。
交渉がまとまった後は、商人達の荷物の積み込みの手伝いを昨日に引き続いて行った。
未だ鬼の手を操る俺の事を様々な色眼鏡で見てる者が多い中、商人達の間では、すっかり鬼の手が便利というイメージがある様だった。
(さすが、商人達は切り替えが早いな。)
3時間程手伝った後、ギルドに戻ると、薬草採取の依頼をした老婆が俺の事を待っていた。
「ゼロさん。この度はありがとうございました。」
「いや、全然大丈夫だよ。」
そう告げると、その婆さんが話し始める。
その話によると。
どうやら婆さんはグランの街で細々とポーション屋を家族で営んでいたらしいのだが、数年前に一人息子が戦争に参加をして亡くなり、最近長年連れ添った旦那さんも亡くなった事で、ポーションの原料となる薬草を採りに行く人が居なくなったとの事だった。
自分で薬草を【不死の森】へ取りに行く事は出来ない。
かといって、冒険者へ依頼をすると原価が高くなるため赤字が出る。
今入っている依頼の分だけでも、ポーションを作りたいと思っていたところに今回の話があったそうだ。
「これでひとまずは、依頼を受けていた分のポーションを提供出来ます。」
そう言うと、深々と頭を下げて婆さんは去って行った。
(個人事業主は色々大変だよな。)
レミアに商人達の荷物の積み込みが終わった事を報告すると、既にハニーベアの死骸が解体されて、枝肉の半分が報酬の受け取り先に用意されている事を教えてもらった。
「本日は【不死の森】に行かれた事もありますし、お疲れの事でしょう。少し早いですが、これで終了にしましょう。」
レミアにそう言われたので、報酬の受け取り口で累計3PTのギルドカードを提示すると、銀貨87枚、ギルドポイントが303PTとEランクに昇格したギルドカードが返ってきた。
「昇格してる。」
「おめでとうございます。ギルドPTが累計で200PTを超えましたので、Eランクへと昇格となりました。次は、累計2,000PTでDランクへと昇格となります。引き続き頑張って下さい。」
「ありがとうございます。」
「残りの報酬はこちらにございますので。」
そう言われた先には、およそ300kgはあろうかという巨大な枝肉の半分と心臓が置かれていた。
屋内なので、鬼の手を小さめに出して持つと、すぐに宿の女将さんの基に持って行く。
「お疲れ様でした。」
そんな俺を尻目に、アインスが帰ろうとしたので、夕食へと誘った。
「これからこの肉を宿の女将さんに渡すんだ。折角だから食べて帰りなよ。」
困惑するアインスだったが、レミアに確認すると、宿の女将さんへ肉を運ぶのも依頼の範囲であり、食べ終わるまで見張る事も仕事の範囲内と考えられる。と言ってもらえた。
「シガル様には、ギルドから帰りが遅くなる旨をお伝えしておきます。」
「ありがとうございます。」
そうして、早速宿の女将さんにハニーベアの枝肉を渡すと、驚愕の表情を浮かべた後、今日の夕食はとびきりの料理を用意するので、期待しておいて欲しいと言われる。
夕食までの間、少し時間があったので、アインスに街の案内をしてもらった。
グランの街は碁盤のような、縦と横の道で綺麗に整備をされており、レストラン通りや酒場通り。娼館の通りなど、その通り毎に個性があるようだった。
2時間程アインスと街を歩き、お腹も減って来たので宿に戻ると、そこに見えたのは、長蛇の列であった。
良く見ると、宿の看板の横に、[ハニーベアの肉入荷!]と書かれており、それを目当てに並んでいるようだ。
列を避けて中に入り、女将さんが用意していた席へと座ると早速料理が出てきた。
一品目は、心臓を生のままスライスし、塩とレモンをかけたもの。
食べた瞬間の歯ごたえと、旨味。
野生の力強さというのか。
肉の旨味と振りかけた塩がガツンと口に広がり、レモンが爽やかさを残す。
前世では生ハツと言えば、良くゴマ油がかけられていたが、それよりも濃厚な味わいが舌を包み込んだ。
その味わいの深さに、思わずビールを頼む。
アインスにも尋ねると、恥ずかしそうにグラスのワインを頼んでいた。
それから、ハニーベアの肉を使った、ピザ、パスタやスープが出された後、最後に出てきたのがステーキだった。
女将さんがただ焼いただけと言ったので、ステーキの赤身を想像して食べると、余りの美味さに思わず声が出た。
「美味い!」
アインスも口一杯に方張ったまま、首を縦に振る。
元々ハニーベアは、その肉を口に含むと、様々な花の様な芳醇な香りが鼻を抜けていく事からその名が付けられているそうなのだが、実際に食べた感想は、肉の旨味の後ろに濃厚な脂の甘さと、フルーティな香りが鼻を抜ける事で、10種類以上のソースに付けて、次々に食べたかの様な錯覚を起こす程の美味しさであった。
これ程の旨味があるハニーベアであるが
、狩猟の難易度から、流通が大変少なく、一般人が口にする事はほとんどないそうだ。
(表の行列も理解出来るな。)
既に、ボトルでワインを飲んでいるアインスに尋ねる。
「美味しいか?」
「美味しいです!人生で一番幸せかも知れませんね!!」
「それは良かった。そういえばこないだ【不死の森】で、俺に聞いてきたことだけど、、、
その瞬間アインスが俺の唇に人差し指をつける。
「誰が聞いているのか分かりませんので。」
そう笑った彼女の赤味を帯びた顔は、凄く、すごく綺麗なものだった。
そうして、他愛もない話をしながら、ビールやワインの注文が繰り返され、その晩はゆっくりと更けていった。




