野心
ジグ暦43年。シャフター21歳のころである。ボラント大陸東岸のミラファルノ(Millahelno)で紅戦争という大戦争が勃発した。シャフターは、ミナラカを離れ、ゼーレンシウムに隠居していた。成果のほどはなし、必死に現地で経済的活動をすることしか出来ていなかった。両親とはさらに距離が遠くなり、今や全く持ってやり取りをしていない。異常だとはわかっていたが、それどころではなかった。ミラファルノの一件はシャフターにとっても興味を惹かれるものであった。第一次大戦争が勃発してから13年。
紅戦争は、この一連の戦争で最も死者が出たといわれている。それもそのはずで、ミラファルノから遥か四千キロメートル(メートル解釈はDRLでも同様)離れたゼーレンシウムにも、その余波が響き渡っていた。連日のようにゼーレンシウムの郊外に葬列する人間は、シャフターにとっても目障りな存在であり、世界の不遇感満載のやるせなさを醸し出していた。
シャフターは、いつものように仕事場へと繰り出す。天下泰平を心のうちに謳うものが、なんでこんな酒場で汗水流しているのか。疑問に思ったら負けだと思い、必死に働いていた。当然疑問に思うこともあった。何のためにここに来たのか、本気で考えだすと体中を掻き毟りたくなるような、一種の禁断症状にも苦しんでいた。ストレスのせいか体調は崩し気味になることも多々あり、若くして相当身体的にダメージが山積していた。
ある日、そんなシャフターに出会いともいえる出来事が起きた。普段は常連客がごった返す職場だったが、その日は打って変わってだれもいない。稀にこういうときもあると思っていたが、不意に一人の男が何も言わずに入ってきた。2年の務めではじめての風貌だ。
「いらっしゃいませ」
そういうと、
「ジンを頼む」
と、小声で言った。シャフターにはどこか見覚えのあるような顔だった。男はなにやらあたりを見回し、誰もいないことが分かると、口まで覆う布をはぎ取りこうつぶやいた。
「シャフター=ホーキンス、だな?」
急にだったので、シャフターは一歩下がり警戒した。一体どこでその名を、と言おうとしたが、少し考えると目の前の男が誰なのかは大体予想できた。
「もしかして…ミナラカの…」
そういうと、
「お前にいくつか質問したいことがある…。答えてくれるよな?」
返答の間を与えないような返答。どうやらここに来るまでに苦労したミナラカの人間らしい。シャフターはおもむろに首を縦に振る。
「ひとつ…なぜここにいる?」
「…それは…話すと長くなるけど」
言え、とでも返されるのかと思ったが、再び口を開き、
「ふたつ、いつ決起する?」
この言葉を聞き、最初の質問がどうでもよくなった。
「できれば…いまにでも」
若干弱音っぽくいってしまった。
「そんなんで、天下がとれるのかよ、シャフターさんよ」
間違いなかった。彼は、ミナラカでの友人。どういうわけか、この場へ駆けつけてくれた。とは言っても、逆にシャフターのほうが疑問を多く持った。今のやり取りで、シャフターはこの男がアルデンヌという名前であることを察し、それを前提として再び口を開いた。
「こっちからも聞かせてくんない?なんで来たの?」
そういうとアルデンヌは詰まるようにこう言った。
「お前の親に聞いたんだ…。お前がいなくなった理由をな…そしたら、とんでもないこと考えてるらしいな。俺の連れも誘ったんだが…軒並み断られちまった…」
「当り前よ。これは遊びじゃない。本気なの。本気で世界を取りに行くって言ってるの」
きっぱりといった。すると彼が、
「おまえ…親にはちゃんと言ったのか?普通の家族じゃないぞ…?まじで」
「知ってるわ。それに説明もしてある。ミナラカの連中が平和ボケしているだけ。世界を見てごらんよ、今日もミラファルノで感情生命体がどんどん死んでいってる…。」
奇遇にも彼は、シャフターの天下泰平論にはそこまで否定的でないようだ。つまり、彼もだということである。
アルデンヌは仕事を早く片付けるよう言った。今すぐにでもこのセシルトニアンを出ようというのだ。シャフターはやや慌ててそれに賛同した。アルデンヌはその間、シャフターの出したジンをゆっくりと嗜んでいた。