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ブリキノカミサマ  作者: ぐっちー
第一章・機械仕掛けの神域にて
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No.9・神への啖呵

(凄い数のブリキだ・・・)


 ネジーとの会話の後、結局ろくに眠れなかったシャルルは、プラカへ正式に協定を申し込む事をブリキヶ丘の民達に知ってもらうため、自らブリキヶ丘の麓で会談したいと申し出た。

 皆の前でか、と少し面食らった様子のプラカに、「民に何を言われても、それは自分の落ち度だから心配しないで欲しい」と重々しく頷くと、プラカはネジーと顔を見合わせた後に、あまり気が進まなそうではあるが了承の意を示した。


 早速ネジーに急いで御触を出させたプラカと共にゴンドラに乗り、昨日よりもゆっくりの速度で丘を降りてゆく。

 二人の間に会話は無い。部下にお触書を配るのを任せたネジーが戻ってきても、麓とは打って変わって、ゴンドラ内は静かだった。


 中腹に差し掛かった時、先日は夜が遅かった事もあり遭遇することがなかったブリキ達のざわめきが一等大きく聞こえたシャルルは、彼らの視線が自分に集中していると気づき、思わず仰け反った。

 だが、ここで怯む訳にはいかない。


 荒くなる息を無理やり整えて、冬だというのに汗ばむ手を握り込む。

 何としてでも協定を結ぶため、自分は王子として――バグノア王国を想う一人の男として、今から隣の美しい神に啖呵を切らねばならないのだ。



「皆のもの静まれッ!プラカ=デ・エスターニオ様の御前であるぞ!」



 ネジーがざわつくブリキ達に一喝すると、統率の取れた兵士の如く、全てのブリキが跪いた。

 普段兵士を見慣れているシャルルからしても、見事な連携であると思う。まして、集まっているブリキは宮仕えという訳ではないというのに、だ。


 ゴンドラが、がたん、と音を立てて停止する。

 すぐさま麓で待機していたナットリューが扉を開けると、悠然たる態度でプラカが地に足を付けた。


「面を上げたまえ。」


 神の指示に応えんと、全てのブリキが顔を上げる。

 人間に見た目が近いもの、ボルトが埋め込まれた箇所が目立つもの、はたまた顔と呼べる物が無いものまで、様々なブリキがプラカに注目した。


 ・・・が、当のプラカは自分でデザインしたり作ったりしたブリキ達の視線で若干怯んでいた。



 おい造物主、しっかりしろ。



 そんなポンコツを他所にブリキ達が静かになったのを見計らって、ネジーが、すい、と前に出る。振り返ってプラカに恭しく一礼し、手にしていた巻物を広げると、咳払いをする素振りを見せ、声を張り上げた。


「皆、触書を見ているので分かっているとは思うが――ただ今より、我らが神と、バグノア王国第一王子、シャルル=レファーノ・バグノア殿下との会談を執り行う!」


 返事はない。しかし、その場にいる全てのブリキ達の気が引き締まるのが伝わってきた。


「会談とは言ったがね、何も長ったらしい議論をする訳ではない。私様に王子が何を頼み、そして私様がどういう答えを返すのか。それを理解して欲しいだけなのだよ」


 何だか場がピリピリし出したので、慌ててプラカが「気楽にいこうぜ」という旨を伝えたが、完全に逆効果だった。ブリキ達は、神の言葉を一言も聞き逃すまいと、全神経をプラカ達に集中させてしまったのだ。

 あれ、こんなはずじゃ・・・と遠い目をするプラカを他所に、会談は進んでいく。


「では、シャルル=レファーノ・バグノア殿下。まず、そちらの要求からお聞かせ願いたい。」


 ネジー議長に振られて、緊張に固まっていたシャルルが一歩前に出る。


「・・・紹介に預かった、バグノア王国第一王子・・・シャルル=レファーノ・バグノアです。」


 これにも、返事はない。しかし、ちらほらと人間に対する――自分に対する敵意の視線を感じ、無意識のうちに唾を飲み込んだ。


「今回エスターニオ殿の下を訪ねたのは、簡潔に言いますと、我が国に・・・バグノア王国に潜む犯罪組織『九つの陣』の脅威から、我が国の民を救って欲しいからです。」


 震えそうになる声を押し殺し、お世辞にもハキハキしているとは言えない様子のシャルルであったが、ほう、とネジーは感心した。


 この王子は、「王家を助けてくれ」と言わなかった。

『九つの陣』の被害をダイレクトに受けたのは国王だと言っていたのに、あくまで民が第一だと言ってのけたのだ。



(もしかしたら・・・エスターニオ様は一目見た時から、王子の内面を見透かしていたのやもしれぬな・・・)


 思い返すのは10年前、自身が話せるのだと分かってから数日後の事。


 エスターニオ様が「暇だから話し相手になってくれ」と私に仰せつかった時に語ってくださった、『タケダ・シンゲン』なる人物が残したという、「人は石垣、人は城」という考え方と同じだった。


「民が居なければ、王は、国は成り立たない。当たり前の事だが、これを公然と言ってのけた武将は、意外なことに彼しか居なかった。・・・不思議だよねえ。」


 しかし格好いいとは思わないか、と楽しそうに語っていたのを思い出す。

 元より忠義に(あつ)く、主神たるプラカの言葉に余程のことがない限り「否」と言わぬネジーであっても、その考え方には素直に好感を持った。


(恐らくは、神の国に御座した時にお世話になられた御方なのだろう。)


 神が「シンゲン公」と呼ぶほどに尊敬なさっている御方だ。きっと神の国では知らぬ者など居ない指導者であるに違いない。



 ――ちなみに、プラカは単に好きな戦国武将を語っただけだったのだが、ネジーはまたしても超解釈をしてのけた。

 もちろんネジーが書いた『エスターニオ神話』には、これらの超解釈が多大に含まれている。



(おっと。いかんいかん・・・集中を切らすところであった。)


 はたと意識を引き戻す。


 感心したからとはいえ、大事な時にだらしなかったと反省しつつエスターニオ様を窺うと、彼の御方は何も言わずに、ただじっと王子を見据えていらっしゃった。

 なるほど、人となりを見抜いておきながら昨日のうちに答えを言わなかったのは、指導者としての素質をじっくり見極めるためだろう。なんと思慮深き御方なのだろうか。


 それに対し民達は、やはり人間に対する反感が強いのか、王子の声を耳にするや、立ち所にざわめき始める。


(さて――味方が殆ど居ないこの状況で、どうやって皆を納得させるか見せてもらうぞ。シャルル=レファーノ・バグノアよ。)




 尊大に構えたネジーであったが・・・今の彼が完全にシャルルの親か先生のテンションである事に、本人すら気づいていなかった。



「――もちろん!バグノア王国に協力すれば、今はまだ、こちらに対して静観の構えである『九つの陣』に目を付けられ、尚且つエスターニオ殿を王宮の中限定であるとはいえ表に出さざるを得なくなってしまいます。」


 堂々と発言をするシャルルに、うんうん、とネジーは頷く。

 昨晩話をしてから、協定の利害について、きちんと考えて来たらしい。

 後は、こちらにどんな利があるかを言うだけだ。



 ――『利』が無いのなら、多少無理にでも『利』を提供し、双方納得のいく協定を作り上げろ。



 ネジーが昨晩シャルルに言いたかった事とはそれである。

 そもそも、神のお力添えを得られる事自体がバグノア王国にとってはこれ以上とない利なのだから、多大な金を積もうがなんだろうが、王国側は痛くも痒くも無いはずなのだ。

 シャルルは、どうも「下手に出てでも結果を残す事」の大事さと確実性を知らなかったようなので喝を入れてやったのだが、効果があったようで何よりである。


 ・・・それでも、神が断れば意味は無いのだが・・・



 しかし、とネジーは小さく笑う。

 シャルルが期待通りの利を提示したならば、エスターニオ様は絶対に断らないだろう。

 そして、ブリキ達は「断れない」はずだ。



「――そこで私は!そのリスクに見合うであろう対価を払うことにした!」


 声を張り上げたシャルルに、その場にいるブリキ達のみならず、プラカまでがそれは何かと注目する。


 シャルルはプラカへと振り返り、不敵な笑みを浮かべると――これまでの緊張が嘘であったかのように、実に生き生きとした表情で、両手を大きく広げて宣言した。



「エスターニオ殿及び、このブリキヶ丘の民達に協力して貰えたならば!バグノア王家は、エスターニオ殿の御親友――()()()()()殿()()()()()()()()()()()()事をお約束致しましょう!」



 もともと静かだったゴンドラ乗り場前が、余計に静まり返った。



「・・・は?」


 思わずそう呟いたプラカが目を見開いたのを皮切りに、沈黙を保っていたブリキ達にどよめきが走る。

 必死に護衛兵が宥めようとしているが、衝撃が大きかった分、効果は薄い。


「・・・いま、なんと・・・?」

「正気か、あの人間は!?」

「・・・しかし、そうは言ってもエンキドゥ様の手がかりは未だ・・・」


 ざわめきはどんどん大きくなっていく。そのほとんどが驚愕か怒りだ。

 そして、最後方でアクシス5に肩車をしてもらって何とか全貌を見ていたジャンクは激昴し、アクシス5は顎が外れるのではないかというほど笑っていた。


「こりゃあ傑作だ!あの王子、なかなかやるじゃねーか!」

「何を呑気なこと言ってるんだ!エンキドゥ様をダシに使うだなんて、いくらなんでも無礼が過ぎる!」


 爆笑するアクシス5の頭をひっぱたき、「あと揺れるな!落ちるだろ!」と叫ぶジャンクを抱え直すと、アクシス5は突如笑うのを止め、ゴンドラ乗り場に背を向け、歩き出した。


「お、おい!どこへ行く!?」

「あ~?決まってんだろ、帰るんだよ。こんな結果が分かり切った会談を見るより、農作業した方が身のためだぜ」

「結果か。確かにあの王子はとんでもない無礼を働いた。処刑(スクラップ)は免れないだろう」


 アクシス5は、まだ神を見ていたかっただの、でも仕事が残っているのは事実だし・・・だの、ぶつくさ文句を言うジャンクに対して盛大なため息をつくと、ジャンクの腰辺りを引っ掴み、乱暴に地面へ投げ下ろす。


「うわっ!何すんだよ!」

「馬鹿だな、お前。俺は「神が王子と協定を結ぶと確定している」会談を見る必要はないっつったんだぜ。」

「は!?何でそうなる!?」


 ジャンクが、驚愕と怒りがごちゃ混ぜになった形相でアクシス5を仰ぎ見るが、当のアクシス5は何食わぬ顔でゴンドラ乗り場の方向を眺めていた。

 同じ仕事をする仲であるにもかかわらず、本能的に合わないのだろう。いちいち鼻につく奴だ、とジャンクは舌打ちを打った。



「・・・あのなぁ、俺はネジー殿程では無いにせよ古参だ。神のお側で色々見てきたが、はっきり言ってエンキドゥ様ご復活の手掛かりは殆ど掴めてないと言っても過言じゃねえ。」



 ふと、先ほどとは打って変わって真剣な眼差しでこちらを見るアクシス5に、ジャンクは押し黙る。

 ジャンクが少し冷静になったと判断したアクシス5は、近場のベンチに腰を下ろした。


 どうやら長話になるらしい。


「ただでさえ、神はこの楽園の発展と維持で忙しいってのに、よりにもよって『ブリキの神』の降臨が知れたら周辺諸国の混乱を招くって理由で、大手を振って情報収集する事もままならない。・・・3年前くらいかな、ナットリューちゃんがやっとこさ王都周辺に潜り込めるようになったが、それでも庶民から集められる情報には限りがある。」



 ――そう。小耳に挟んだ事だが、どうやらこの世界で、黒髪黒目は『異端の色』なのだそうだ。


 そのせいでブリキヶ丘から出ることもままならぬ神は、仕方なくご自身の目となり耳となる存在、ナットリュー・スタンガータをお作りになるまでの約7年間、ろくな手掛かりを探せずにいた、とは有名な話である。



「飲食が要らねえ俺らブリキは、長いこと人間社会に居られない。すぐにボロが出るからな。そうでなけりゃ、ナットリューちゃんは今頃有能なメイドとして王家の中枢まで潜入調査が出来たはずだ。」

「・・・それで?」

「おめーなぁ、ちったァ自分で考えろよ!・・・つまり!神にとって「王家の懐に潜入し、エンキドゥ様ご復活の手掛かりを探す」ってのは悲願みたいなモンなんだよ!」


 ようやく合点がいったのか、あっとジャンクは声を上げた。


 ・・・では、王子が用意した対価は・・・


「食えねえ奴だぜ。手っ取り早く手掛かりを探せるなんて、こんなチャンスは二度と無いだろうしな。エスターニオ様は絶対に頷くはずだ。・・・そして同時に、神の悲願は我らの悲願ってブリキ達から、反発するって選択肢を奪いやがった。」


 アクシス5は笑う。呆然とするジャンクを笑っているのか――それとも、ブリキ達と神へ啖呵を切って見せた王子の度胸に笑いがこみ上げて来たのか。



 ジャンクが落ち着きを取り戻すまで、アクシス5は笑いながら喧騒を眺めていた。

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