No.7・神様の誕生秘話(下)
暇だった。
ブリキヶ丘に着いてから数日、話し相手もおらず、かといって暇を潰すテレビやゲームもこの世界には無く。
娯楽という娯楽は、それこそブリキ製作しかない。黙々と作業を続けていれば、いつの間にか月が終わろうとしていた。
『忠誠高き騎士のイメージを宿した核』を植え付けたブリキ――ネジーは、臣下として初めて制作するブリキなので、張り切って色々機能を詰め込みすぎた為か、なかなか稼働する素振りを見せない。
そもそも外装がまだ無いので、今すぐ稼働されても困るのだが。
とはいえ別段焦っているわけでもないので、青い空を眺めながら『エンキドゥの核』に知識と設定を植え込む作業に没頭する。
SF映画でしかお目にかかれない自動人形の反逆未遂から学んだプラカは一味違った。
言うことを聞かなくなった人形は、人間と同じようにまっさらな状態で生まれたからこそ、育っていくうちに倫理観や価値観に違いが生じ、いわゆる反抗期のような状態になってしまったと考えたのだ。
正直こればかりはどうしようもないと頭を抱えたが、じっくりゆっくり今まであまり使ってこなかった脳をフル回転させて思いついた対策が、今やっている行為。
(そう・・・名づけて「最初から俺に好印象を持つようにすればいいじゃない作戦」だ!)
――ネーミングセンスは置いておくとして、作戦はこうだ。
まずいつも通りに、人工知能の『核』を作る。
そこに、「プラカを尊敬している」だとか「プラカとは友人である」だとかの、「自分はプラカの味方という設定」を植え込む。
そして、出来上がった『核』を人形、ないしはブリキに突っ込む。
簡単!3ステップなのだ!
(・・・まあ、そうは言っても大変っちゃ大変なんだけども・・・)
エンキドゥの素材である泥の件はこの際置いておく。具体的には、設定を植え込む辺りが大変だった。
それは、プラカの魔術『ブリキノカミサマ』の性質上の問題で、植え込む情報が多ければ多いほど、体力や精神力の消費が激しい事が枷になっていたのだ。
まだそれを知らず、『ネジーの核』を作る際に、一気に設定を植え込もうとした時は酷かった。
一瞬、後頭部をがつんと殴られたような衝撃と痛みが襲ってきたと思ったら、倒れ込んだその後に頭痛と怠惰感が襲ってくるわ、食べたばかりなのに腹が異常に減るわで散々な目に合ったのだ。
野生動物を捕まえるために設置した罠にかかかった小鹿のような生物を急いで捌き、元々起していた焚き火に突っ込んで、一夜にして丸々一頭を胃に収めたのは、自分の事とはいえ流石に引いた。人としての何かを失った気がする。
しかし、体力以上に腹が一気に減ると大変だという事を学べたから良しとしよう。授業料は高くついたが。
そんな事があってから数日後。
よっこらせ、とオッサンのような掛け声を上げながら起き上がったプラカは、『エンキドゥの核』に設定を植え込む作業を切り上げ、捨てられていたティーカップに注がれた煮沸済みの水を飲んだ。
ほ。と息をつき、自分の軽率なミスで数日分にもなるであろう食材を干し肉に出来なかった事に対し、本当に惜しいことをしてしまったと思い出に耽る。
・・・・・・それくらいしかやる事が無くなっていた、とも言うが。
この時、ネジーは――実は既に意識は持っているのだが――うんともすんとも言わないし、ただただ時間が過ぎていくのを待っているのはつまらない。
とりあえずその辺に胡座をかき、木の棒で色々落書きをしてみる。なんとも生産性のない行動だが、この際暇さえ潰せればなんだって良かった。
「・・・飽きた。」
しかし、絵心がある方とはあまり言えないプラカが描くものといったら、線とか丸とか簡易省略された花とかばかり。
この時これを見たネジーは、自身の回想でも言っていた通り、これを何かの設計図と勘違いしてしまうが、なんてことはない。マジでただの落書きなのである。
お絵かきも早々に飽き、棒を手で弄んでいたプラカは、忌々しげに呟いた。
「あー・・・上手くいかない・・・くそ、これも全部あいつらのせいだ。」
プラカは、元々便利な物が溢れる国で30何年も生きてきた男だ。
本来なら村を出た後に自給自足をしようなんて思いつきもしない都会っ子だったし、実際に自給自足をしようものならストレスは溜まる一方であった。
本来なら、ブリキヶ丘を含む森を抜けた先にある街で働ければ何とかなったのだ。幸いなことに転生前はサラリーマンだったのだから、必須スキルと言っても過言ではなかった『ご機嫌取り』は得意である。
しかし、そう。
それは、「本来なら」の話。
(この髪と目が無ければな・・・)
まさにこれだった。
プラカの黒い髪と目が、この世界で異端の印であることに限る。
あの寒村の中だけの話ならば杞憂で済むのだが、そもそもこの国で身寄りのない子供にどれだけ人権があるだろうか、と考えては、街へ赴こうとする足が地面に張り付いてしまう。
髪を布で隠すのも一つの手だとは思ったが、もう一つの問題である目を隠すにはどうするか、という話になってくる。この世界にカラーコンタクトなんて便利アイテムがあるとは到底思えないし、そもそも変装グッズも金がないから入手不可能だ。
(人の不幸は蜜の味とか、よく言うけどなあ・・・きっついわ・・・)
そもそも、村での生活においての印象も強かったが、男女平等思想がまだなさそうだと判断できるほどに『荒れている』この世界。
立派な城はおろか大豪邸がちらほらと山から見えていたし、屋敷があるなら王族や貴族も住んでいるだろう。ならば、かならず『身分制度』だってあるはずだ。
・・・そうなってくると、その分苦しい思いをする人間は増えていく。
しかし身分の高い者には兵士が着いているだろう。抗う事は、それ即ち死、だ。
そんな、毎日不満が燻る人間が求めてやまないものが何なのか分かるだろうか。
――少なくとも、プラカは「自分より不幸な人間」だと思っている。
別に、これはプラカが卑屈だとか性格が悪いだとかではなくて、本当に古代ギリシャやローマでは、庶民の間で悲劇を描いた演劇が流行ったからだ。
自分よりも不幸な者を見ると、「自分はあそこまでどん底に落ちてない」と安心してしまう。
悲しきかな、人間とはそういう生き物なのだ。プラカの前世にだって、口では「かわいそう」なんて哀れんでも、内心ほくそ笑んでいる人間は山ほど居た。
・・・プラカは、寒村時代の事もあって、この世界の人間をいまいち信用できないでいたのである。
プラカが言う「あいつら」とは、村の人間たちの事であり、この世界に存在する全ての人間の事でもあったのだ。
・・・さて、一通り悪態をついたプラカは、明日を生きるために素早く思考を切り替える。飲み水に余裕はあるし、食料も干し肉と野草がある。罠もさっき見てきたばかりだし、本格的にやることがなくなってきた。
頭上で脳天気にぴいぴい鳴いている鳥達にさえ苛立ちを感じたが、盛大に溜息をつくことで無理やり心を落ち着かせ、体力にも少し余裕があるし、と、後にネジーと名付けられるブリキの設定植え込み作業に入る。
さて、『核』を手に取り、何を植え込もうかとプラカは考えた。
初期設定の段階で自分の部下となるようにしてあるのだから、設定よりこの辺の地理を教え込んだ方がいいか。と、メモリに『プラカが住んでいた村からブリキヶ丘までの地形』を刻み込む。
――余談だが、この時ネジー自体の設定をいじっていたら、ネジーは意識がある状態で記憶を書き換えられる、なんて恐ろしい目に遭う所だった。
運が良かったな、ネジー。
ある程度メモリを埋め、体力も減ってきた所で作業を切り上げる。そこで、プラカはふと気がついた。そういやコイツの名前決めてないや、と。
「あー、こいつの名前どうしよう。「プラカ君お手製ブリキ1号」・・・ダメだ長いな。ボルト・・・ナット・・・ネジ・・・あ、ネジー。ネジーでいいや。お前今日からネジーな。」
この時、『核』をただの人工知能、即ち感情持たぬ自分の記憶を受け継ぐ検索エンジンくらいにしか思っていなかったプラカは、まさかブリキが動くどころか人間と変わらぬほど感情豊かになるとは思わず、あくまでブリキと割り切っていた。
・・・めちゃくちゃ適当に名前をつけてしまったのは、そのせいである。
ネーミングセンスが悪いわけでもないのに横着した事についてプラカは後に後悔するが、更に当のネジーが命名されて狂喜乱舞した事により罪悪感に駆られる事になるのは余談であるので、深くは突っ込まない。
――さて、それから結局ろくに暇も潰せぬまま、体力が回復するまでゴロゴロしていようと、寝床に寝転がったプラカは、そのまま日を跨いでしまった。
珍しく昼過ぎに起きた彼は、慌ててネジーの制作作業に戻る。
しかし、いくらぐっすり寝たとはいえ、体力に底がある以上は作業も思った通りに進まず。またもや暇になってしまった。
・・・となれば、やれることは一つである。
「エンキドゥ、エンキドゥ」
今度は、大して体力も使わない泥をこねる作業に専念することにした。
愛着を持って、まだ不定形のそれに語りかけながらこねていく。
君は私の夢だ、生きる活力だと、叙事詩を見た時から大好きだと。
君がきっかけで、私はあらゆる神話の知識が深くなったんだよ、と。愛情を込める。
気分はまるで創造神――と言いたいところだが、叙事詩をしっかり読んでいるプラカにとって、ごっことは言え神なんて大層なものを演じるとか、ちょっと無理があった。無理すぎて、もう涙が出る。
そこで、別に叙事詩の通りの設定にしなくたっていいや、と思ったプラカは、ギルガメシュのポジションを自分に置き換えるという、叙事詩のファンが聞いたら激怒しそうな暴挙に出た。
まあ、生憎とこの世界にプラカの暴走を止められる者が居なかったため、エンキドゥ制作はコツコツとだが進む事となる。
「このプラカ=デ・エスターニオ、一度目の生でお前に出会った時の事を忘れたことなど一度たりとも無い。『神の泥人形』たるお前が、人の世に降り立った後、ヤツの手に掛かって死んだと知った時は愕然としたけどね・・・」
必要以上に泥に感情移入をするプラカに水を差すようだが――ここで説明しておくと、プラカの苗字は『デ・エスターニオ』ではない。
しかし、『プラカ』という名前で生まれたのは確かなため、この名前を活かした名前を名乗ってしまおうと考えたのだ。
そもそも『プラカ』なんて、個人名としては結構微妙なものをそのまま使おうと思ったのには、きちんと理由がある。
プラカは前世で、海外旅行でスペインに行ったことがあったのだが、その際にカッコイイスペイン語がないものかと、翻訳サイトにかじりついていた時期があった。
――その時、見つけたのだ。
日本語では3文字なのに、スペイン語では格好いいなめらかな発音の、そこそこ長い単語になる『それ』を。
――その時の記憶を手繰り寄せて、スペイン語でブリキを意味する『placa de estano』を、名前として名乗ってしまおうと思いついたのだった。
しかも、村で聞いた所によると、拠点であるここはブリキヶ丘と呼ばれているそうじゃあないか。これに運命を感じずにいられるか?
少なくとも、神頼みをすればお礼参りをするくらいには信神深かったプラカは、この巡りあわせに運命を感じていた。
――だから、『プラカ=デ・エスターニオ』と名乗った。名乗ってしまった。
「そも、死んだと思うから後ろ向きになっていけないのさ。『壊れた』のだと思えばいいのだよ。そもそも、一度常人ならざる力を持つ者によってお前は作られたのだ。・・・そうすれば、ネジーのように・・・きっと、私にだって、作れる」
――自身が、あたかも神の作り出した泥人形と友であるかのような発言をしてしまった。
「せっかくこんな世界に来たんだ。せっかく『二度目で』この力を手に入れたんだ。何が何でも、エンキドゥ・・・お前は私の手で作り出してみせるからな!」
――死者蘇生を行うことが出来ると――神のみぞ成せる御技をやってみせると、宣言してしまった。
――だからこそ。
「お労しや。おお、お労しや!しかしながら、なんと眩しきお姿か・・・!」
「は!?・・・え!?」
――取り返しのつかない事になった。
「ああ、やっと私は話せるようになったのですね。・・・神よ、貴方様のお話は数日前から拝聴させていただいておりました。」
「え、あ?・・・き、いて、いた・・・!?私の、話を!?」
――しかし、今更訂正なんて出来るはずがなかった。
とっくにお気づきの方も居るとは思うが、ネジーに勘違いをさせてしまったのが、今世におけるプラカの最大の失敗であり、成功でもあった。
確かに、ネジーがプラカの意味深な発言で彼を神と認識してしまい、後戻りも訂正も効かなくなってしまったのは辛いことだった。
もうネジーのような『核』を作り直す余裕なんてない。・・・この日より、プラカは一生神を演じ続けなければならなくなったのだ。いつボロが出るかという不安で、日に日に心労は増していくだろう。
しかし、利益が全く無いわけではなかった。
全ての始まりのブリキであるネジーがプラカを神と呼び、絶対の忠誠を誓うということは、今後作られ、ネジーから教育を受けるブリキ達はまず間違いなくプラカの味方となる。
また、プラカが暴君・・・いや――この場合暴神にでもならない限り、忠誠補正がかかっているのもあり、絶対に裏切らない事が確定したからだ。
――だが、しかし。
「おお、神よ。私めも微力ながら貴方様にお力添えができるよう、精進していきますゆえ。どうかご安心召されませ・・・」
「お・・・おお、ここ、心強い、な。」
「心強い・・・!なんと勿体無きお言葉!この体が完成してからしか動けませぬが、体が完成したらば、このネジーになんなりとお申し付けくださいませ!」
「・・・・・・」
プラカは、引きつる口元をネジーに見せまいと天を仰いだ。
(こいつマジだ――ッ!ああ、そんなキラキラした目・・・じゃない、レンズを向けるな!真っ直ぐすぎる忠誠が痛いッ!)
ネジーは至上の神に手ずから作られた事に誇りを持ち、神とその友の再開を実現させるため粉骨砕身する決意をし。
プラカは軽率な言動のせいで中二病が露見し、いつの間にやらブリキの神様になってしまった事に頭を抱えた。
プラカ、当時6歳。王子と神(笑)が邂逅する11年前の、麗らかな春の出来事である。