No.6・神様の誕生秘話(上)
・・・さて、言いたい事は色々あるだろうが、まずプラカの『魔術』について詳しい説明をしようと思う。
プラカの使える魔術は至極単純。「自分の知識やイメージを分け与えた核を作る魔術、『ブリキノカミサマ(命名プラカ)』」である。
物に願いや想いを込めると魂が宿り、一つの命となって動き出すとはよく言うが、プラカの『ブリキノカミサマ』は、それを若干体力と精神力を使うだけでやってのけるトンデモ魔術だ。
まあ、逆に言うとそれしかできないので、結局使用者自身は強くもならないし、想像力や知識が足りないと意味がないので微妙といえば微妙な魔術ではある。
・・・が、力を行使する者が想像力や明らかに先をゆく知識が有り余っていた場合はどうだろうか。
・・・あるいは、所謂『裏技』といったやり方で、デメリットを打ち消すことができたとしたら、どうだろうか。
・・・・・・結果は、町と言うには小規模であるとはいえ、そこの住人に神と崇められるようになったプラカを見れば分かると思う。
もうただのチートである。
――そもそもプラカがこの力に気づいたのは、ブリキヶ丘を目指す道中で、「色んな知識が薄れる前に書き残しておきたいけれど、紙を買うにしてもお金がない!」と、不満と不安が爆発し、その『知識を残したい』という想い、あるいは欲で魔術が発動したのがきっかけである。
魔術と指摘されずとも、何らかの力が発動した、という自覚はすぐに訪れた。
――ブリキヶ丘を取り囲む巨大な壁。
さすがに今はもう塞がれているが、脆くなって草木に壊された壁からまんまとブリキヶ丘に侵入した当時6歳のプラカは、その壁に石灰石でもりもりと残しておきたい記憶を書いていた。
・・・とは言っても、所詮石灰石なので雨が降れば掻き消えてしまうし、そもそも拾った石灰石の数にだって限りがある。
初めはそれでも良かった。
というのも、完全自給自足の生活が始まってからは、寒村時代に培った野草知識を駆使して森に野草を取りに行ったり、不格好ながらも手作りの罠をかけにいったり、距離はかなりあるが、時折川に飲み水の確保と水浴びがてら洗濯をしに・・・
・・・なーんて事をやっていたら、壁の文字にいちいち気なんか配っていられなかったからだ。
しかし、人間というのは何事にも慣れる生き物。
10数日すれば、最早まじまじと観察しなくとも「この草が食べられるか食べられないか」が分かるようになってきたし、罠のかけ方だって上手くなったし、それに比例して野生動物の採れ高だってうんと上がった。例え遠くとも、慣れた道ならさっさと駆け抜けられるくらいには、この辺には詳しい。
「・・・空しいな・・・」
ただ、そうなってくると空き時間も長くなるもので。
かつて自分で書いたはずなのに、擦り切れて読めなくなったそれ。
何が書いてあったかをもう思い出せないでいたプラカは、苦虫を噛み潰したような声色で吐き捨てた。
ああ、本当に空しい。ブリキヶ丘の壁を通して、自身の記憶の擦り減りが嫌に目につくようになってくる。
握りこんだ両手はかさつき、歪な爪も、ごわごわな髪も、シャルルが出会った青年時代のプラカとはかけ離れていたが、その目だけは爛々と輝いていた。
せっかく転生したというのに、ここで諦めたくない。
もっと、別の方法が何かあるはずだ。
最悪、壁に彫り込んででも、転生前の自分だって『私』だったのだ、という証を残したい。
「・・・よし。くよくよしてたって仕方ないんだし!とりあえずご飯にしよ・・・ッ!?」
そう意気込み、更にきつく握りこんだプラカの右手に、突然リンゴのような形の赤い宝石が現れる。
――そう。この宝石こそ、プラカの『ブリキノカミサマ』が発動した証。
プラカの願いは、実に彼がブリキヶ丘にたどり着いてから、およそ5カ月後に聞き届けられた。
しかし、もちろんそんな事を知らないプラカは、いつの間にか握りこんでいた宝石に驚き、ぎょっとして宝石を取り落としてしまう。
――先日の雨でぬかるんだ地面に。
べちゃりと音を立てて泥に沈みこんだ宝石が赤く輝くと、更に驚くべき事に、泥が意志を持ったかの如く微かに『動いた』。
それを見たプラカは慌てて宝石を取り上げる。
うるさく鳴る心臓を押さえつつ宝石を見てみると、綺麗に整形されているつるりとした側面に映っていたのは、プラカの顔ではなく『前世の自分の顔』だった。
目を見張るプラカを他所に、写るものはころころと変わる。
前世で見ていたアニメや、読み漁った歴史資料集にホームページ、更には好物の料理まで。
・・・つまり、『自分に関するもの』がひっきりなしに写っていたのだ。
それを見て、プラカは使用者の本能からか、それともアニメの見すぎだからか。
常人では、解明に長い時を費やすだろうその宝石の――後に『核』と呼ぶようになるそれの特性を、ものの数分で推測することができた。
「・・・私が作ったのか、これ?」
宝石は、尚も自分の記憶や知識を映し続けている。
気味悪がるより先に、こんなファンタジーアイテムを作れたのか私は!と、やはりというか、プラカは厨二心を擽られていた。
「宝石を取り込んだ泥が動いたってことは、ただの知識のコピーってわけじゃなさそうだ・・・この宝石は、差し詰め自分の知識を元に作られた『人工知能AI』ってところかな?」
ゆるりと『核』から泥に視線を移したプラカは、それはそれはいい笑みをうかべて宣う。
「こりゃエンキドゥを作るしかねぇな!!」
・・・・・・と。
――エンキドゥ。
それは、プラカの前世の世界に存在した、最も古い文学作品の一つ、『ギルガメシュ叙事詩』に登場する人物である。
もうお分かりだと思うが、エンキドゥは断じてプラカの親友などではない。
むしろプラカは前世でも今世でもぼっちである。
叙事詩の内容やエンキドゥの概要を詳しく説明するとかなり長くなるので、叙事詩は置いておいてエンキドゥの簡単な紹介をすると、「ギルガメシュという古代メソポタミアの王が暴君なのでなんとかしろ」と天空神アヌに命令された、創造神アルルが作った泥人形・・・という名の『対ギルガメシュ用神造兵器』というのが一番わかりやすい。
なぜプラカが架空の人物、いや人形であるエンキドゥを作ろうと――と言うより、再現しようと思ったかというと、それは単に「エンキドゥの特性とプラカの魔術の相性が良かったから」としか言いようがない。
前世での話になるが、そもそも叙事詩を知ったきっかけはというと、たまたま世界史の教科書で目に付いたギリシャ神話から始まり、連想ゲームのように様々な神話や伝説をネットで読み漁ったプラカが行き着いたページが『そこ』だったという訳なのである。
少しだけ概要を見てから次に行こうとしていたが、最古の文学作品と聞いて知識の亡者であり中二病患者であるプラカが飛びつかないわけがなかった。
そして、特にその中で気に入った登場人物こそが――エンキドゥ。
ぼっちには眩しすぎるくらいの、ギルガメシュとの戦いで培われた男同士の友情。
神の寄越す怪物とのガチンコバトル。
そして、女神の中でも結構有名なイシュタルから呪いを受け、親友ギルガメシュに「私を忘れないでくれ」と言いながら息を引き取った・・・という壮絶な最期。
パソコンを閉じた後、暫く絵も言われぬ満足感に浸っていた彼は思った。
――よし、この勢いで神話を網羅しよう。と。
当時は学生で時間にも余裕があり、中二病真っ盛りだったのも手伝って、神話系統の書籍を次から次へと読み込む事に全神経を捧げた。
そして寝不足で体調を崩し、学校でぶっ倒れたのも今となってはいい思い出である。
ともかく、流石にキメラやドラゴンなどの幻獣は無理があるが、エンキドゥを含めた『人形』と、プラカの魔術はかなり相性が良かった。
だからこそ、ネジー製作が上手くいっていると思う傍らで手を付けていたエンキドゥ制作も、上手くいくと思っていた。
なにせ、作業という作業は、泥人形に「叙事詩を読んで感じたエンキドゥへのイメージ」を宿した『核』を植え付ければいいだけなのだから。
・・・・・・だけ、なのだが。
「くっそー!やっぱり泥は無理があんのかァ~・・・?」
プラカが泥人形作りを始めて数日。現状はというと、全然上手くいっていなかった。
ネジー製作を途中でストップしてまで数日を実験に費やしていたのに、だ。
・・・仰々しく言ってみたが、実験内容というのはいたってシンプル。
まず初めに、その辺に生えている木に『核』を当てがってみる。すると、微かにざわめく素振りは見せるが、どれだけ働きかけても目立った動きをする事はなかった。
では、動きやすい四肢が付いた形にしてみればどうかと、手頃な長さの草で簡易的な人形を編み、胸部に当たるところに『核』を突っ込んで、「歩け」と命令してみた。これは問題なくスイスイと動いた。
――しかし、上手く動いたと喜んだのもつかの間、問題が発生。
まず、この人形の原材料は草なので千切れやすいし、すぐ枯れる。
劣化しやすい材質で作ると2日と持たない事が発覚したのだ。
そう。それは、この魔術の決定的な弱点であった。
ネジーは『核』さえ無事ならどうとでもなると言ったが、だからといって外装が脆いと意味がない。
しかも作ろうとしているのは泥人形。
泥団子でイメージしてくれれば分かりやすいとは思うが、いくら形を整えても力を入れればすぐに割れる分、どうしても草人形よりも脆くなってしまう。
エンキドゥを作る前に試作品として作ろうとしたゴーレムが、起動してから一歩目で崩れ去ったのは流石にショックだったものだ。
・・・もちろん、泥製品の強度を上げる方法ならある。
日本の伝統芸術にもよくある手法。高温で焼いてしまえばいいのだ。
陶器の皿などがいい例で、流石に高いところから落とせば割れたりはするだろうが、単純な強度はぐんと跳ね上がる。
・・・が、その方法はプラカの脳内ですぐさま却下された。
そもそも、6歳の子供に1000度にまで達するレベルの炎が燃え盛る釜が作れるか、という話だ。
――そして、試行錯誤するプラカを嘲笑うかの如く、ダメ押しとばかりに、また問題は発生する。
幾つか『核』を作り、それぞれを大体同じ見た目をした木の枝を束ねて作った人形に植え込んでみると、それぞれ動き方が異なったのだ。
つまりそれは、同じように作った筈の人工知能の制度が均一ではない事を意味する。
それらをしばらく放置していると、なんとプラカの言う事を聞かない個体が現れた。
慌てて全ての人形から『核』を引き抜き、人形は念のため土に埋めてから『核』を石で叩き壊して消滅させる。
吹き出す汗を拭いもせず、プラカはその場に座り込む。
・・・失念していた。SF映画の中で、知能を持ちすぎた人工知能が人間に反逆するのは良くある話だ。もし今度『核』を作るならば、事前に「自分はプラカの味方である」と植え付けねばならない。
材質云々よりも、こちらの問題を解決しなければ始まらないと感じたプラカは、その対策として、とりあえず作ってみた「忠誠高き騎士のイメージ」を宿した『核』を右手で弄び、左手に握られた『エンキドゥの核』を陽の光に当て、未来の神は今日も愚痴じみた独り言を零す。
「・・・今日はここまでか。・・・くそ、最近は全然進歩がないなぁ。」
自給自足生活というのは、自由気ままだと言えば聞こえはいいが、備えが少ないと全ての行動に死の危険が伴う危険な事でもある。
現に、罠に動物がかからなくて、野草とほんの少しの小さい木の実、それから水で空腹を何とか紛らわせた日も少なくはない。
前世知識があるプラカは寄生虫だとか雑菌だとかが気になり、初めのうちはよく焼いて食べていたが、だんだんと栄養不足で肌や髪が荒れていくのを目の当たりにすると、背に腹は変えられぬと魚や木の実は生で食べることにした。
焼くと栄養が飛んでしまうから仕方なくだ、と半ば自己暗示をかけていたが、無理をしていることに変わりはなく、やはりストレスにはなってしまう。
その傍らで、体力と精神力を削りながら制作しているものに、全くと言っていいほど進展が無いとなれば、流石にくるものがあった。
「仕方ない・・・優先順位を変えるか・・・」
傍目から見ればいっそ遅いくらいだが、プラカは長い葛藤の末に、ようやく「自分の身の回りの世話をしてくれるブリキの生産」に着手することにした。
ネジーは寄せ集めの仮のボディでしばらく何とかしてもらう事になるが、お世話係を務めるとあっては、適当な作りは許されない。
・・・しかし、その問題はすぐさま解決した。
なにせブリキヶ丘には、元々兵器として活用されていたブリキが山のように積まれている。錆のせいで上手く動くかと言われれば微妙だが、森の木の実から採ってきた天然の植物油が微量ながら蓄えてあるし、一機くらいなら潤滑油として使っても問題ないだろう。
「『核』の設定はこれでよし。・・・うん、最初から作っとけばよかったな。」
落ちていた木の枝で表面の粗い錆を軽く落とし、油を差したブリキに『核』を設置する。
身じろぎをし始めた「職人気質の礼儀正しい鍛冶師のイメージ」を宿したそのブリキは、上手く動き出せば自分で勝手にいい具合のブリキを見繕い、手入れもしてくれるようになるだろう。
ネジーよりも先に作っておけばよかったと後悔しながらも、プラカは魔術の行使で疲れた体を休めるために、簡易テントの中で寝転がる。
プラカが名実共に『ブリキの神様』になるまで――まだ、先は長い。