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ブリキノカミサマ  作者: ぐっちー
第一章・機械仕掛けの神域にて
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No.2・placa de estano

「はい、着いたよ。」


 シャルルがエスターニオに連れられてやって来たのは、がらくたの山の(ふもと)であった。数十メートルの高さを誇り、所々草木が生えている山肌に沿うように、レールが引かれている。手入れが行き届いているのだろう、雨も降るであろうに目立った劣化は見受けられない。赤錆さえもがどこか上品なそれに釣られて山頂を見上げると、ぼんやりと薄明かりを放つ建造物が見えた。


 大きく幅広い三角形の屋根の下には、金属のがらくたを寄せ集め、溶接か何かで固めたのであろう、少し歪ではあるが味のある金属製の太い柱が何本も伸びている。バグノア王国にも神殿はあるが、煉瓦のように形を整えた石を積んで形作るそれとは明らかに建築様式が違う。麓からではそこまでしか見えないが、シャルルの興味を引くには十分であった。しげしげと眺めていると、ネジーが自慢げに話し出す。


「あれに見ゆるは我らが神のお住まいにして聖域、『エスターニオ神殿』である!」


 表情など無いはずなのだが、えっへんと全身から花が舞うようなオーラを出すネジーに、シャルルは猛烈に「何で君が自慢するんだよ」と突っ込みたくなった。

 そもそもなぜ金属の球体が話せるのか不思議に思っていた事もあり、この際突っ込みついでに聞いてしまおうと口を開きかける。しかし、それも3人の前にレールを伝ってゴンドラのようなものが降りてきた事で、出かかった言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。

 シャルルは王族であり、視察以外では滅多に宮殿からは出ない。安全面の事もあり、鉱山や土木現場のような場所は視察区間から外れていたので、実はゴンドラを今まで見た事がなかったりする。・・・ので、初めて見るそれに一瞬身構えたが、神殿行きの乗り物だと思い至った時には既にエスターニオ達は乗り込んでおり、慌てて後を追う。

 暫くして動き出したゴンドラが山の中腹に差し掛かろうとした時に、シャルルはふと辺りを見渡してみて絶句した。


 眼下に町が広がっていたのだ。


 薄く加工され、白く塗装された金属製の屋根や壁が、限られた敷地内に所狭しと並んでいる。だんだん近づいてきた神殿も、よく見ると同色で塗装されていた。

 シャルルは錬金関連の知識が深いわけではないが、金属に塗装を施すという技術は聞いた事が無い。


 白い顔料の原材料はなんだろうか。どうやって沢山の家を建てたのか――


 少々稚拙な表現だが、この『秘密基地』の様な場所を前にして、シャルルは寒さを忘れ、冷たいゴンドラの手すりに掴まり、身を乗り出してはしゃいでいた。


 そうしているうちにゴンドラは神殿前で停止する。

 エスターニオに続きゴンドラから降りたシャルルは小さく悲鳴を上げた。神殿から漏れる薄明かりの正体が、下腹部が萌葱色に輝く巨大なブリキの虫の群れだったからだ。


「ああ、この蛍達は大人しいから安心してくれたまえ」


 剣を握り締めるシャルルを一瞥して、可笑しそうにそう言ったエスターニオは神殿へと歩を進める。

 確かに、この・・・ほたる?という虫達は柱と屋根の付け根でじっと輝いているだけで、こちらを気にした様子は無い。おっかなびっくりでついて行くと、上等な金の刺繍が施された赤い絨毯の引かれた大広間にたどり着いた。


「これ、そのまま上がるでない。履物は脱ぐのだ。」


 ネジーに窘められ、今まさに絨毯を踏みしめようとしていた足を慌てて引っ込める。ネジーの手には、エスターニオが履いていた真っ黒な革靴が乗っていた。エスターニオはというと、レース生地の薄い靴下を履いているだけで、かなり寒々しい。しかし本人は何処吹く風と言わんばかりの面持ちである。

 文化の都合上、湯浴みや就寝時くらいしか靴を脱がないシャルルは、慣れない指示というか要求に困惑しながらもブーツを脱ぐ。絨毯に靴下のみとなって冷たくなった足を置くと、じわりとまるで湯に足を浸したような暖かさが伝わってきた。


「これは・・・一体!?」

「ホットカーペットさ。お気に召したかな?」


 どこか得意げなエスターニオに、凄い!とシャルルは目を輝かせる。

 高等教育を受けた身であるにも関わらず今まで見たことも聞いたこともない技術や、王宮でもお目にかかれぬ美しい人、不毛の地とされてきた場所に息づく文化に、シャルルはすっかり夢中になっていた。



(・・・よしよし、いい傾向だ。この世界に()()()()が発達していなくて良かったぜ)



ホットカーペットにはしゃぐシャルルを尻目に、プラカ=デ・エスターニオ・・・スペイン語で『ブリキ』を意味する『placa de estano』を名前っぽく言いやすくしただけという安直な名を名乗っているこの男は、内心焦っていた。


 ・・・というのも。ネジーはプラカを神だのなんだのと言ったが、ぶっちゃけてしまうと彼は神ではないのである。

 種族はシャルルと同じで、霊長類の人間なのだ。


 そんな周囲を欺く生活を送る彼にとって、人目を(はばか)れ合法的に金属や生活用品が手に入るブリキヶ丘はまさにユートピアだったというのに、まさか散歩中に人に見つかるとは思わないじゃん?と言い訳じみた愚痴を心の中でひとつ。

 そのままやり過ごすのも手だと思ったが、「ブリキヶ丘に何か居る」と増援を呼ばれたらたまったものではない。最終的に、訪問者が1人ならばどうとでもなるだろうと吹っ切れたからこその『歓迎』だったのだ。


 そして、シャルルが王子であることも重要だ。

 最初こそ、『神』である自身の立場とネジーの目がある故に尊大な態度を取らざるを得なかったが、相手が権力者なら話は別だ。・・・なに?その割には涼しい顔をしている?バカを言え。長年ぼっちだったら表情筋なぞ早々に死滅するわい!・・・などど誰にも届かぬ悪態をつき、心臓が早鐘を打つほどには焦っている。今は何とかその無礼を払拭しようと必死なのだ。


 まず、いずれ国のトップになるであろう彼には、何としてでも不快感を持たれる訳にはいかない。

 自分が生きていく上で、人目を憚るのが不可欠だからである。


 というのも、()()()()()を受け、今回はプラカと名付けられた彼は、シャルルが疑問に思った通り、この世界では存在しない髪と目の色を持ったからだ。

 普通、地球人に自毛が青だとか緑だとかの人間が居ないように、この世界においては漆黒の髪と目は異端であった。どこの国に所属しているのかさえ定かではないほどの山奥に存在する寒村で生まれたプラカは、産毛が生えた時点で、目を開けた時点で忌子という扱いになってしまったのである。


 生まれ落ちた時から前世の記憶があったプラカは流石に驚いた。

 まさか、前世ではありふれていた髪と目の色で迫害されることになるなど、夢にも思わなかったのだ。

 30代半ばで過労によりぶっ倒れた後、微睡んでいたらいつの間にか赤ん坊になってしまっていたものの、折角二度目の人生を送るのならばのびのびと生きてやろうと思い直した矢先の出来事である。

 ・・・今となっては、プラカが上げた泣き声が果たして赤子特有の生理的なものであったのか、初めて目を開けた瞬間に「気味が悪い」と大人たちが吐き捨てたからなのかは定かではない。

 プラカが冷静になって情報収集に勤めていると、なんと今世の父親は既に他界していたようで、心の寄る辺を求めてか、それとも純粋に愛してくれていたのか・・・今世の母親はプラカにうんと愛情を注ぎ込んでくれた。


 ・・・しかし、その母も大雨で氾濫した村の近くにある川に流され帰らぬ人となる。


 当時6歳であったプラカの決断は早かった。

 母の葬式が終わるやいなや、必要最低限の荷物を持って、さっさと村を出たのである。

 今までは、村でもそこそこの地位の親が居たから目立った嫌がらせも無くて済んだのだ。後ろ盾がない今、幼い自分は何をされても抵抗することができない。

 ――事実、村人達は見目の良いプラカを人攫いに売り渡そうと計画していたので、この判断は正しかったと言える。


 何より現代日本で生きてきて、さらに『雑学マニア』であるプラカにとっては、狭っ苦しい寒村は苦痛だった。


 歴史、文学、はたまた料理や音楽、アニメやゲームといったサブカルチャーに至るまで、興味を持ったありとあらゆる知識を、専門家ほどではないにせよ詳しく調べ上げる事に至上の喜びを感じるプラカは、この村の文化レベルの低さに疲弊していたのだ。


 なにせ農業と狩猟が主な自足自給生活なのはいいとして、保存食が干し肉のみで移動手段が馬車、香辛料が貴重だとくれば、自分が現代日本より遥かに昔の時代に転生した事が嫌でも解ってくるが・・・それもまあ「良かったかな」、と思っている。

 正直、転生前は農作業の方が楽だと思えるくらいに働き詰めだったのだ。絶対、過労とストレス、カフェイン中毒で逝ったに違いない。


 ・・・完全に余談だが、元鬼畜上司には、毎晩前髪が後退するよう今も祈りを捧げているので、そろそろ効果があらわれていると思う。


 ――さて、村を出てある程度山を降り、崖から麓の都市をざっと眺めたプラカは、遠目に見える建築物から中世ヨーロッパ辺りの文化レベルだと判断した。

 少なくとも村よりは良い。むしろ一時期ヨーロッパの建築や美術にどっぷりはまっていた身としてはウハウハものである。

 村を出る時にそのへんの家から拝借した干し肉を頬張り、更に目を凝らすと、都市から離れた森の奥に、鈍色に輝く小高い丘を発見した。


「あれが噂で聞いてた『ブリキヶ丘』か・・・」


 そう。そこには、後にプラカが「ここにユートピアを作ろう!」などとトチ狂った事を言い出す要因となったブリキヶ丘が鎮座していたのだ。




 ――突然だが、ここで少し昔話をしよう。


 かつてバグノア王国を含めた大陸全土では、錬金技術が発達していたそうだ。『ブリキ』と総称していた、言わば合金で作った『兵器』が沢山あったらしい。


 ・・・あった、という言い回しの通り、今はもう「無い」のだ。

 作る技術が失われた、と言った方が良いのかもしれない。


 勿論、兵器なんて作っていたのだから戦争が大陸で頻発しており、その分ブリキは重宝された。・・・それを作る『錬金技師』も。

 しかしそうなれば、まず敵将より最優先で命を狙われたのが錬金技師になってしまうのである。要は、戦力を生み出す『元』を絶ってしまおうという算段で、他国にスパイを送り、技師やその弟子を暗殺したり、警備が厳重で手を出しづらいと思ったならば親族を人質に取ったりしたのだ。


 錬金技師はそんな切迫した毎日に疲れ果て、どうせ平穏を願おうにも自分たちが居るせいで戦争は終わらぬのだ、と皆が似たような遺書を残し、自決に失踪、発狂が相次ぎ、またストレスフルな職業の後継者になろうとする者も居なかったため、ブリキ技術は衰退したのである。


 それでも戦争は続いた。

 ・・・ただし、「ブリキが動いている間」の話だが。


 職人が居なくなった以上、劣化するそれに対する処置が出来る者が居なかったのだ。

 油さしすらろくにできない者たちの焦りをあざ笑うかのように、錆や綻びはどんどん広がっていった。更には(いくさ)中の事故が相次いだ事も決定的で、実に錬金技師の完全消滅から50年後に戦争は終結したのである。


 戦争終結当時のバグノア国王は小心者のきらいがあり、錆び付いたブリキに恐れおののいた。

 錆び付いた金属の人形のパーツ同士が擦れ合う音が錬金技師とブリキ自身の絶叫に聞こえ、とてもじゃないが近くに置いておきたくない、とそれらを錬金技師の魂と共に『封じ込める』場所を作ったとされている。


 ――そう、それこそが『ブリキヶ丘』。



 しかし、当時のバグノア国王は致命的なミスを犯している。

 彼はブリキや錬金技師の魂を『供養』しなかった。そういう発想に至らなかったのだ。


 投棄せずにきちんと埋めてさえいれば、罰当たりとは思うが溶鉱炉に投げ込んでリサイクルしていれば。

 プラカの目の届く所にがらくたの丘は存在することも無かっただろうし、ありもしないそこを目指そうとは思わなかっただろう。



 端的に言うと、当時の国王はポンコツだった。



 そのポンコツさが生み出した『ブリキヶ丘』という油の中に、プラカという火種がダイナミックにダイブしたものだから、さあ大変。

 後は、もう荒れるに荒れるのみである。



「――ま、とりあえず都市名と所属してる国について・・・特に戦争があるのかを知っておきたいところだねぇ」


 ――そんなこんなで、まだ幼い火種は自分の行動が大陸の歴史を大きく揺るがすなど露知らず。

 腰掛けていた石から立ち上がり、呑気に軽く伸びをすると、知識ならば誰にも負けない自信がある6歳は、まずは情報収集だ、と再び街に向かって歩きだした。

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