No.15・裏側を勘ぐる者達
「はぁ・・・」
所変わって、円卓会議を予定より早く終え、王宮の廊下を歩く男が二人。
シャルルとアルストロである。
方向的にはアクシス2が治療を執り行う王の寝室へ向かっているのだが、二人の足取りは決して軽くは無かった。
「エスターニオ様は、神官勢力に探りを入れるおつもりなのか・・・」
そう、プラカが頼んだとんでもない事に頭を悩ませていた。
これから書類作成や交渉などでやらねばならぬ事を考えていると、シャルルは痛む胃を押さえずにはいられない。
まず『九つの陣』の構成員を捜索するよりも先に、『原初の泥』を譲って貰えないか神官達に交渉する事を厳命されてしまったのだ。
そう、厳命、である。
誓約書は絶対だ。なにせ、シャルルは王宮にプラカ達を招き入れてから、その誓約書に押印している。
普通の企業の押印と、王族が王印を押すのでは、その『重さ』がそもそも違うのだ。誓約書に無茶な要求が書かれていなかったのも手伝って、割とあっさり印を押したシャルルであったが、軽いノリだろうとそうでなかろうと、国ぐるみでの契約に異を唱えるなど、今更不可能。
それに、とシャルルは立ち止まって考える。
なにも、エンキドゥの遺体探しを優先してもらいたいという要求は、円卓でしなくても良かった事だ。身分を「類稀なる頭脳を買われ、特別に客将として招かれた青年」と偽っている以上、彼とて辺境伯が居る前で面倒を増やす発言をしようと思うまい。
いきなり誓約書を盾にしてまで要求してきた事象ということは、なにか神の脳裏に引っかかっていることがあったに違いないと考えたシャルルは、父王に面会に行く為に歩いていた廊下を戻り始めた。
「王子、いかがされたのです?王とお会いにならないのですか?」
「それは後だ。・・・確かめたい事がある」
「はい?・・・!王子、そちらの廊下は!」
アルストロはぎょっとしつつもシャルルの後を追いかける。
シャルルが曲がった渡り廊下の先は、プラカが宿泊している立派な部屋がある区画だ。
何代も先の王が膨大な人数の側室のために大奥として作らせたそうだが、その孫あたりが「広すぎるから維持費の無駄だ」と吐き捨てて大部分を改装し、少しの側室部屋に侍女の宿舎やら広間やらを挟んで、プラカが宿泊する客部屋が連なっているが、まあそれはいい。
「・・・この予想が外れていればいいとは思うんだが・・・それを確かめに行くのだよ。」
「予想?エスターニオ様の事ですか?」
「僕は『エスターニオ神話』を読んだ後に思った事がある。・・・エンキドゥ殿のことだ」
「?エンキドゥ様の方・・・?」
アルストロは混乱した。
もちろん、アルストロは神話を読み込んでいるため、エンキドゥの事は知っている。
あまり詳しい事は明記されていなかったが、『彼』は神によって作られた泥人形であり、プラカ=デ・エスターニオの親友であり――人間によって殺された『であろう』という事と、プラカがエンキドゥの復活を願い、何処かに失われたという遺体を探しているという事。
しかし、その語り口から、エンキドゥの事を聞くわけでもなし・・・と思ったアルストロは、シャルルが何をしたいのか、とんと分からなかった。
「アルストロ。単刀直入に言うとだな、僕はエンキドゥ殿が『地の神』ルドドゥによって作られた泥人形であると思っている」
「それは、まあ。『泥人形』と表記されていたので、そうではないかと思っていましたが」
「・・・そして、『ルドドゥの息子』とも言える彼は、大陸戦争の折に命を落としたのではないか、と考えている」
「――なんですって!?」
この発言には、流石にアルストロも大声を上げた。
大陸戦争とは、4カ国がいっぺんに対立し、ブリキが負の象徴となったきっかけの大戦争のことであり――この世から錬金技師に連なる人間が全滅した、という忌まわしき人間の醜さが招いた悲劇の舞台でもある。
そんな時に、死んだ?エンキドゥという『神器』が?
「いいか、アルストロ。『原初の泥』の事は、ルドドゥ神殿の事を知っていれば付属知識としてついてくる。それほどまでに有名な神器だし、実際に祭壇に祀ってあるからな。いくらエスターニオ殿がブリキヶ丘という閉鎖空間に居たとはいえ、信者らに服や本を調達させる過程で知ったとしてもおかしくはない。・・・では、なぜ神である彼が、それを気にかけたか。それがミソになってくる。」
ここで、やっと理解が追いついたアルストロがはっと生唾を飲み込む。
王宮が誇る図書室の本棚には無いあの書物――そう、ヒントは『エスターニオ神話』にあったのだ。
「ならば、ルドドゥ神殿に安置されている『原初の泥』は・・・」
「エスターニオ殿は、『原初の泥』がエンキドゥ殿のご遺体である可能性があると考えたのだろうな。エスターニオ殿が幼少期にこねていた泥は、人型の人形を作る量にしては余りにも少なかったとネジー殿も言っていた。一応手元に少量はある――つまり「小分けされている」、というのが分かる。」
「・・・分けた、というのですか!?遺体を!?よりにもよって――神に仕える者達が!?」
アルストロは怒りを通り越してぞっとした。
大陸戦争があったのは、およそ500年前。
ブリキを含め、各国が所有するありとあらゆる神器が火を噴いた時代だ。
・・・もし、その折に、エンキドゥが、神の息子が命を落としたと言うならば、考えられる可能性は絞られてくる。
「どこかの国に味方した、というのは考えにくい。もしそうであれば、討ち取った側の国の蔵に眠っているだろう。小分けして、しかも神殿に預けておく理由がない」
「厄除けのため、とかでは?あるいは、神の息子の死を嘆いた神官勢力が、遺体の引渡しを要求したとか」
アルストロは頭を捻って、必死にバグノア王国最高水準の頭脳を持つシャルルに食らいつこうとするが、シャルルはゆるりと頭を横に振った。
「それこそ小分けにはしなかろう。遺骨ならまだしも、泥ということは肉体も同然だぞ?それを引き裂いて・・・なんて、考えるのもおぞましい。何より罰当たりじゃあないか。」
「そ、それもそうですな」
想像したのだろう、アルストロの顔がくしゃりと歪んだ。
どこかの国に味方したわけではない、かといって戦場に居たのは間違いない、ということは。
「・・・まさか、『巻き込まれた』のでしょうか?」
アルストロの呟きに、シャルルは力なく頷いた。
エスターニオ神話と大陸戦争の概要を見れば気付けるということは、ネジーを始めとしたブリキ達はとっくの昔にこの推察に行き着いているだろう。
なるほど、それならば――何故彼らが、あんなにも人間に敵意を向けるかに説明がつくというものだ。とうとう乾いた笑いが出てしまう。
「ネジー殿からエンキドゥ殿が人間の手にかかったと聞いた時、そりゃあ混乱したさ。でも心のどこかに余裕はあった」
「余裕、ですか?」
「だって、エスターニオ殿ですらその目で見ていないんだぞ?ネジー殿の口振りを鑑みるに、エスターニオ殿は「人間がやった」のだと断言していない。・・・分かるか?エンキドゥ殿が何者かに殺されたとは伝え聞いていても、実際にその目で見た者が誰も居ないんだ」
「た、確かに・・・!」
アルストロもようやく理解が追いついたのか、真っ青になって身を震わせる。
今まで「人間に殺されたのだ」と突きつけられても動揺が少なかったのは、良くも悪くも他人事だからだ。人間と言ったって、エンキドゥ殺しの犯人と自分は違うのだ。犯人の所属国が違うのならば、なおさら他人事だろう。
「大陸戦争――およそ500年前に勃発した、バグノア王国を含めた4カ国が行った資源及び領土争いの戦争だ。結局鎬を削り合って疲弊した彼らは、和平協定を結び、それぞれの文化や物資を貿易という形で共有する事によって、不侵略を誓い合った」
「・・・それから1年と経たず、バグノア王国を始めとしたルドドゥの神官達によって『原初の泥』が共有されたのでしたな。和平の象徴として、4カ国だけに」
大陸にある国は、戦争に参加した4カ国だけではない。
しかし、他の国のルドドゥ神殿には、『原初の泥』がない。行き渡らなかったのだ。だからこそ、熱心なルドドゥ信者は4カ国に足を運んでくるのだが、よく考えば不自然だ。
「最早、僕は『原初の泥』がエンキドゥ殿の遺体だと確信しているが、あえてまだ『仮定』としておこう。・・・仮定しておいてなんだが、もしエンキドゥ殿の遺体を分ける必要があったとして、その理由はなんだと思う?」
シャルルは、もうプラカの部屋の目の前だ、という段階で立ち止まり、アルストロに振り返った。
「この予想が外れていればいいのですが・・・もし遺体を「和平の象徴」などと嘯いて分けようとするならば、「4カ国に共通する後ろめたい事実を隠蔽したいから」としか思えません」
アルストロはそう言い、だよな、と項垂れたシャルルに気遣わしげな視線を送ると、出かかったため息を喉に押し込み、目を伏せた。
常に国の為に心身を削るシャルルも心配で堪らないが、もし今自分が零した推察が事実であるならば――また、今から言おうとしている「大陸戦争の裏側」が事実ならば、この国の王宮に身を寄せる事すら屈辱だろうプラカにどんな顔して会えばいいか分からない。
「私の推察はこうです。大陸戦争中に、たまたま人の世に降りていらしたエンキドゥ様は、眼下に広がる大戦争を止めるために割って入った。・・・ええ。慈悲深き!エスターニオ様の!ご親友です。きっとそうなさったに違いありません。しかし、人間達は神の子の声に耳を貸さず、『誤って』エンキドゥ様を殺めてしまった」
「お前・・・エスターニオ殿の所だけいやに強調を・・・・・・まあいい。とにかく、僕もお前と同じ見解だ。エンキドゥ殿が神の子だと殺した者が知らなかったにせよ、その肉体が泥でできていたならば、おおよそ察しはつく。「どの国の者が殺したか」で、和平協定なんて名ばかりの大論争になっただろうな。」
こつり、と一歩踏み出すシャルルであったが、それにすら多大な体力を使った気がして、大きく息を吐いた。
・・・対するアルストロは、後方より近づいてくる気配をあえて無視した上でシャルルの話の続きをじっと待っている。
「神の泥人形――それも、信者がとても多く、大地という大いなる存在そのものとされている地神ルドドゥの子を殺したなんて、国の汚点になってしまう。でも、4カ国の兵とブリキが入り乱れる大戦争だ、極刑どころか一族郎党皆殺しもありうるという事で犯人は名乗りを上げたりしなかっただろうし、そうなれば犯人が誰なのか分かる訳が無い」
「騎士としても、人としても不名誉極まりない所業です。責任の押し付け合いになったに違いありますまい」
「ああ。これが地神ルドドゥに知れようものなら、大地の恩恵が貰えず、飢饉に陥って国が崩壊する事間違い無しだ。・・・そこで、ルドドゥの目も誤魔化せ、尚且つこちらに利が出るように動いたのだろう。ルドドゥの神官達――いや、4カ国の主要人物全員が結託して!」
――つまり、真相はこうだ。
戦争中にエンキドゥを殺めてしまった事を知った4カ国の主要人物達は、結局犯人を見つけられず、しかし動かぬ証拠となってしまったエンキドゥ殿の遺体を持て余す形になってしまった。
そこで、遺体を『原初の泥』と偽り――もしくは既に何処ぞのルドドゥ神殿に祀られていた『原初の泥』に混ぜ、各国で共有。痛み分けの形とした訳だ。
・・・しかし、ここで誤算が起きる。
経緯は分からないが、遺体の一欠片がプラカの手に渡った事により、彼は友が殺されたのだと察したのだ。
そして、友の遺体を取り戻さんとする彼の思惑が、今回の要求に繋がる訳である。
「ようやくお気づきになられたのですね」
かつん、と靴を鳴らしてアルストロの背後に立ったのは、相変わらず無表情なナットリュー。
柔らかに差し始めた夕日が、彼女の無表情を不気味なものにしていたが――しかし、シャルルは臆する事無く振り返ると、ナットリューと目を――いや、目とレンズを合わせた。
「・・・やはり、僕らの推察は当たってしまいましたか。」
「ええ、まあ。エスターニオ様ははっきりと断言してはくださいませんが、傷を抉るような真似をしようとはしませんでしたから、我々も推察段階と言っても過言ではありません。・・・それで?気づいたあなた方は、エスターニオ様のお部屋で何をするおつもりなのですか」
ナットリューからピリリとする威圧感――いや、アルストロには分かったが、殺気が飛ばされてきた。
アルストロは咄嗟に剣を構えようとするが、シャルルがすかさずその右腕を掴む。アルストロは非難の目を向けたが、シャルルとて鈍感ではない。この威圧感が殺気である事くらい、なんとなく分かっている。
「・・・ナットリュー殿。僕は、この事実は隠蔽すべきでは無いと思っています」
「王子・・・」
アルストロは苦い顔をする。
まだブリキ達も推測の域を出ていないとは言うが、こうも大勢が同じ見解に至ったのならば、最早事実に近いだろう。・・・もし事実ならば、シャルルの先祖は大罪を犯した事になるが。
子孫だから、なんて理由で――しかし、糾弾されるならばこれほど確かなものも無かろうと言わんばかりの理由で――シャルルは責任を取ろうとしているのだろう。アルストロは、シャルルの肩を引っ掴んででも見当違いな事はやめろと言いたかった。言いたかったのだが――ナットリューの視線がそれを許さない。
「神殿は各国にあるが、人間全てが神を信仰しているわけではない。中には、神が存在するなぞ馬鹿馬鹿しいと冷笑する者まで居るという。・・・きっと時の首脳達は思っただろう。「居るかも分からない神より自身の面子が最優先だ」と。でも、エスターニオ殿が表に出られた事で・・・勝手が変わった。そんな言い訳は、もう通用しない」
「・・・・・・」
言い訳、と言われれば、アルストロは口を噤まざるを得ない。
要は、先祖のごまかしのツケが来たのだ。・・・遅かれ早かれ来るはずだったツケが、たまたまシャルルの代で来たという『だけ』なのだ。
・・・納得は、できないが。
「僕、もう一度エスターニオ殿と話してみようと思うんです。・・・もしかしたら、今度こそ罵詈雑言を浴びせられるかもしれない。協定がフイになるかも、しれない」
「・・・王子、私もお連れください」
「でも――」
アルストロはあくまでプラカの部屋までの護衛と思っていたシャルルは、何故負担を増やそうとする、馬鹿な真似はよせと目で語ったが、当のアルストロは意思を曲げるつもりは無いようだ。
「元はと言えば、確かに時の首脳らが卑怯にも真相を隠したのが始まりです。しかし、そもそも戦争中に騎士が気をつけていれば、エンキドゥ様は死なずに済んだはずです。・・・エスターニオ様が・・・長年悲しみに暮れる事も、無かったはずです」
「アルストロ・・・」
あの方の苦悩を考えると、いても立ってもいられないのです。と、力なく笑ったアルストロは、どんなに訓練を積んでも見せた事が無かった、疲弊した表情を隠そうともしなかった。
この国一番の騎士が、想い人の為にここまで心を痛めている。
「・・・ナットリュー殿、エスターニオ殿と話をさせていただきたい」
――ならば、僕も腹を括ろう。
・・・存在しない神話のせいで、ある事ない事言われた時の首脳らは、きっと草葉の陰で号泣している事だろう。
「・・・?神ヨ、どうなさいましたカ?」
「いや、少し悪寒が・・・」
「それはいけませン!ならバ、体を温めるハーブティーを煎れて来るようナットリューに言っておきましょウ」
「ありがとう、アクシス2」
そう、全てはこの男のせいで。