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ブリキノカミサマ  作者: ぐっちー
第一章・機械仕掛けの神域にて
14/19

No.14・円卓会議(下)

「ではまずヒ素・・・『33As』と書いてあったあれだが、これははっきり言ってしまえば劇薬だ。一定量以上摂取させれば即死に追い込めるし、少しずつ摂取させれば、徐々に体を壊して今回のように病と見せかけ殺す事も可能。暗殺の常套手段として、割と人間の間では良く使われているようだね」


 ネット知識を引っ張り出しながら、顎に手を当てぽつりぽつりと呟くように話す。


 探偵もののアニメを良く見ていたプラカは、毒殺事件の際は大体ヒ素か青酸カリが使われていたということもあり、ある時少し気になって調べてみたのだ。

 一度目を通したからか、話し始めると芋ずる式に付属情報を思い出していく。

 ・・・良かった。知識の装弾数はまだまだあるようだ。


「許せない!そんな物を父上に・・・!」


 対して、言うなれば『人間側』のシャルルは苦虫を噛み潰すように歯を噛み締め、ぎりりと軋ませた。

 その様子を痛ましそうに見ていたアルストロは、ふと顔を上げ、口を開く。


「エスターニオ様、質問して良いでしょうか?」

「何だい?」

「そのヒ素なる毒は、銀食器に反応しない特別な毒なのですか?」


 怒りに震えていたシャルルが、がばりと顔を上げる。そこは確かに気になっていた所だ。

 もし、犯人がヒ素をたまたま使用したなら、まだ「病でないと気付くのが遅れるとは、運が悪かった」で済む。

 しかし、ヒ素の性質を分かっていた上で使用したなら話が変わってくる。

 犯人が王家付きの医師の目を掻い潜る毒の性質を理解できる高度の知識を持ち、尚且つそれを生成できるなど悪夢でしか無いからだ。



「いいや?普通に反応するよ。というか、銀食器が感知できる毒物の代表格がヒ素だ」

「はっ?」



 誰とは言わないが、思わず間抜けな声が上がる。


 アクシス2の発言と完全に矛盾しているのだから当然だが、彼の神が嘘を言うとは思えない。まして、彼の主治医であるアクシス2が間違った知識をひけらかすとも思えなかった。


「ああ、言い方が悪かったようだね?・・・結論から先に言うからややこしくなるんだよ全く。・・・はぁ、どう説明したもんか・・・」


 その様子を見たプラカが困り果てたように眉根を寄せる。シャルルは、高等教育を受けている筈の我らが余りにも無知であると突き付けられた気がしてならなかった。


「どうぞ、こちらの事はお気になさらず。仰られた事は書き取ってありますから、後々こちらが良いように纏めますよ」

「そうかい?なら、そうさせてもらおうか。ちょっと分かりづらいかもしれないが、引き続きよく聞いておきたまえ。」


 背筋を伸ばし、羽ペンを構える。

 反応を見るに、どうやら彼らにとってヒ素の性質がどうこうというのは、一々説明するまでもない常識的知識であるらしい。手間をかけさせているのだから、一言一句聞き逃す訳にはいかない。



「ヒ素は元々天然の鉱石なんだけども、その時から既に人体には有害で、例えば川の上流にそれを浸しただけであっという間に川の水が汚染されてしまう。・・・それほど恐ろしく、確実に人を殺すなら、これ以上と無い程に手軽で確実性の高い代物なわけだ」


 彼は朗々と話すが、内容が内容なだけに寒気が止まらない。既に飲んでしまっているのでどうしようもないが、置いてある水差しの中身すら毒なのではないか、と心配になってくる。


「しかしね、貴様らは知らないだろうが、ヒ素は別名を『愚者の毒』と言う。何でか分かるかな?」

「『愚者の毒』・・・?また、何とも言えない呼び名だが・・・」

「まあ、こんな危険極まりない物を人に使うなんて、そりゃあ愚者でしょうけど」


 しっかりとメモを取っていたアルストロは首を傾げる。それを身内に使われたシャルルは吐き捨てるように言いながら、乱暴にインク瓶に羽ペンを突っ込む。

 しかし、ほぉ?と、感心したようにプラカはうっそりと笑った。


「ほぼ正解だよ。良くわかったね王子」

「え?」

「正確には、ヒ素を使って殺人を犯すなんて『馬鹿のする事』、という意味で呼ばれ始めたのさ」


 まさか適当についた悪態が正解とは思わなかったシャルルは羽ペンを宙に浮かせたまま固まってしまった。

 滴り落ちる上質で粘りが強いインクが紙に小さな泉を作る。


「アクシス2が言っていたろう?髪を試験薬に漬けたらヒ素が検出された、と。早い話ね、ヒ素は確かに強力で入手しやすい厄介な毒だが、同時に「調べれば直ぐにヒ素だと分かる」――つまり、()()()()()()()()()という、暗殺に使うにはなんとも微妙な特徴があるわけだ」

「なるほど!つまり我らのように対策し、治療されると全てが水の泡になる訳だから、「そんな確実性のない物を暗殺に使うなんて馬鹿のする事」、という意味で呼ばれているのか!」


 慌てて垂れたインクを拭う自分の横で、アルストロが膝を打って高らかに叫ぶ。どことなくこの問答を楽しんでいるような気がするのはシャルルだけではないだろう。これが惚れた弱みかと呆れながらも、自分も何だか楽しくなってきた。

 勿論、父の事を考えると胸が痛むが、神から特別授業を受けられるなんて、先代の偉大な王達でも経験していまい。

 シャルルはにやける口元を叱咤し、今度はインクを丁寧に着けて新しい紙と向かい合う。準備は万端だ。


「そう。更に言うならば、先程言ったようにヒ素は銀食器に反応し、化学反応・・・あー、銀を黒く染め上げてしまうわけだが、そういう特性がある以上、人の口に入るようにするには、グラスで飲むのが一般的なワインなどを経由するしか無いわけだ。一応聞いておくけど、ワインセラーの警備は?」

「厳しく監視しております。今回の件がある以上偉そうには言えませんが、エスターニオ様の仰る通り、毒を盛るならばそこが穴となりますゆえ」


 アルストロはきっぱりと断言した。間違った事は言っていないので、裏付けとして自らも頷いておく。「じゃあワイン経由は除外か」と呟く彼は、しばし目を閉じて思考を巡らす素振りを見せた後、今まで以上に真剣な眼差しをこちらに寄越した。



「私様は先程、ヒ素は銀食器で感知できると言ったね・・・でもそれは――原石を砕いて混ぜただとか、とにかく生成が雑な物に限られるんだよ」



 ひゅ、と喉が鳴る。


 ――神が言いたいことを理解してしまった。


 嫌だ。わかりたくない。そんな訳ない。嘘だと言ってくれ。



「敵には、アクシス2のように――まあ、アクシス2は私様の医者だし、勿論そんなことはしないけども――もし料理経由で王だけに毒を盛ったならば、銀食器で感知出来ない程に的確で丁寧な毒の生成ができて、それを料理人達に悟られること無く王の料理にだけ混入できる――とんでもなく狡猾で厄介な奴、あるいは奴らが居るようだね。」



 絶望から希望を見出した途端に、更なる絶望に叩き落とされる。

 そんな自らの意思に反して、羽ペンを握ったシャルルの右手は、正確に神の言葉を書き連ねた。



(・・・自分で言っといてアレだけど、不味い状況だなこりゃ)


 一方、案外冷静にプラカは思案する。

 この時代において最高水準の教育を受けているシャルルがヒ素について全く知らなかったのを鑑みるに、そんじょそこらの暗殺者が、予備知識無しにここまで出来るとは到底思えなかった。


 そもそも『愚者の毒』とは言うが、それは「ヒ素について基本情報が知れ渡ってしまった」という前提が無いと成り立たない呼び名だ。

 それが知られていないというのは先程確認出来たし、自分以外にも転生者が居ない限り、この状況はおかしいと言えばおかしいのだが――何よりこの世界に確かに存在する魔術の存在を考えると、何故こんな芸当が出来たのかが説明できてしまうので、余計に質が悪かった。



(何らかの魔術、か?・・・しかし・・・)


 プラカは内心で首を傾げる。


 そもそも、チート魔術を使えるからこそ神を名乗れたプラカであるが、今の今まで『魔術持ち』が全く見つからないのが気がかりであったのだ。


 いくらブリキヶ丘という閉鎖空間に10年引きこもっていたとはいえ、自分の正体が露見しないように、そして何より生きるために情報収集を欠かさなかったプラカにとって、「『魔術持ち』が自分しか居ない」という事実は、喜ばしくも気持ちが悪いものであった。


 この世界に『魔術持ち』が存在するという事実は、自分で証明されている。

 だからこそ、もし『魔術持ち』が見つかったならば、こちらに引き込みたいと思っていたのに――『魔術持ち』が敵かもしれないなんて、なんなんだ。今年は厄年なのか。

 プラカは会議中にも関わらず、泣き喚きたくてたまらなかった。



(こっちも、それなりに危険な賭けに出るしかないか)



 しかし悩んだのは一瞬で、賭けに出ようと即決した。


 プラカの転生前の姿は、なんてことは無い、日本で社畜をしていた行き遅れである。

 しかし、17年も追加の人生を生き抜いていれば、嫌でも図太さは身に付くもので、それが魔術以外の唯一の強みとも言えた。



「王子。確かこの国には、祭事(さいじ)を任されている大臣がいると聞いたが?」

「え?ええ。祭事大臣のことでしたら、確かに居ますが・・・」

「その大臣はどんな人間だい?」

「とても信心深く、穏やかな性格の男です。先ほどの者とは正反対と思っていただいてもよろしいかと。」


 突然祭事大臣の話になるとは思わなかったという風に、シャルルが面食らった様子で返事をしていく。

 しかし、それを気にした様子も無く、発言の内容に納得したプラカは、おもむろにネジーに耳打ちし、そして驚いた様子のネジーからシャルルに向き直った。

 何事かと首を傾げる一同に苦笑を浮かべると、「『九つの陣』壊滅は後回しになってしまうが」と前置きし、この世界の運命の歯車に手を掛けた。



「予定変更だ。申し訳ないが、優先順位を変えさせてもらうよ。・・・君達には、『対価』探しを優先してもらおうと思う。」



 えっ、と声を上げたのは、『エスターニオ神話』を知るシャルルとアルストロのみであった。


 2人は事情を知らぬ辺境伯を退室させると、改めてプラカの発言を脳内で反復する。


「エスターニオ様。その・・・対価、と言いますのは、エンキドゥ殿の事でございますよね?恐れながら、何故突然そのような・・・?」


 アルストロの困惑混じりの問いかけは最もで、こればかりはネジーも辛辣な言葉を飲み込んだ。

 そもそも用意周到なプラカは、自身が用意させた誓約書を前もってシャルルに渡している。

 その項目の一つに、「ブリキヶ丘の民達は、できるだけ私情よりもバグノア王国を優先するものとする」というものがあった。「できるだけ」と言っているのだから例外もあるだろうが、その例外がこうも早く訪れるとは誰も思わなかったであろう。



「言葉が足らなかったね。エンキドゥの遺体探しは『ついで』だ。・・・神官達に、少し聞きたい事ができたのさ」



 ――ところで、この世界にも神話は存在する。



 まず最高神という概念が存在せず、森羅万象を司る神々が何人か居て、それぞれを崇める事で恩恵を受けるという考え方を基盤とし、バグノア王国を含めた大陸のあちこちには、神話に語られていた者から実在した英雄が神格化された者まで、様々な神々を奉る神殿や祠が存在している。

 バグノア王家のプラカの受け入れが早かったのは、そういった側面があったからだ。

 もし一神教であったならば、プラカはまず人里に近いブリキヶ丘を拠点にしようとは思わなかっただろう。


 話を戻すが、この世界に元々あった神話の神々も、前世と同じく天上の存在として崇められているわけだが、その在り方は少し異なっている。



 水の神は水辺に神殿を。地の神は地下に神殿を。緑の神は森に神殿を――という風に、それぞれの神が司る概念と縁のある場所に神殿があるのだ。


 ・・・その中でも、特に大きな神殿に祀られ、日々信仰を集めている神々を紹介しよう。



『風の神』シャットロ

『地の神』ルドドゥ

『美の神』ナジェ

『緑の神』グロリオ

『水の神』ジェードリオ

『光の神』シャトラナー

『闇の神』ドロワナー



 神話について触れるときりがないので省くが、なぜこの世界の神話について言及したかと言うと、実は自分の正体がバレかねないので、罰当たりにも彼らが実在してもらうと困ると思っている輩が居るからだ。


 ・・・まあ、プラカであるのだが。


 ともかく、そういう事で、プラカはナットリューを始めとした情報収集要員をフルに活用し、神話についてはかなり突っ込んだ所まで調べさせていた。そんなある時、集めさせた神話についての文献を暇つぶしに読んでいると、気になる記述があったのである。



 ――地の神たるルドドゥの神殿内部には、ルドドゥが初めて大地を作った際に、緑が生い茂るように蒔いたとされる『原初の泥』が安置されている――



 ・・・と、全く眉唾な話であるが、各国のルドドゥ神殿には、元々一塊だったという『原初の泥』を小分けにして、豪奢な箱に詰めた物が実際に存在する。

 しかも、長い時を刻んだはずなのに水分が一切飛ばず、泥の状態を保っていると言うのだから、神の実在を濃厚に指し示しているようで、プラカは文献を読んだ後から今に至るまで、ずっと気が気でなかったのだ。


 しかし、同時にプラカは、これはチャンスだと前向きに考え直す事にした。


(もしかしたら、これがエンキドゥ作成において最高の素材になるかもしれない)


 ・・・そう、エンキドゥを作る上で最大のネックとなったのが『乾燥による硬化』である。だからこそ『アクシス4』の制作には苦労と妥協を余儀なくされたのだが、それは割愛させてもらおう。

 そんなわけでプラカにとって喉から手が出るほど欲しい『原初の泥』。

 しかし盗むのも憚られるし、何よりそんな罰当たりな事をして全人類を敵に回すなんてリスクが高すぎる。


 しかし、『原初の泥』はなんとしてでも欲しい。そう思っていたプラカは、ここで円卓会議での『九つの陣』に関する考察の際に、はたと気づいたのである。



(探っていない場所、というか組織なら、まだある。)



 ――神官勢力だ。



(『魔術持ち』が居ないなら、まず『原初の泥』を始めとする国宝級のアイテムが、人知を超えた効果を持っている事に対する説明がつかない・・・)


 シャルルが持っていた『万能の鍵』、コーネリウスが使った『物見の鏡』。


 これらは、なんとシャットロを始めとする7人の神が残した『神器』で、大陸の各国の王家に伝わっているのだとか。

 マジモンの神の遺物ならば、人知を超えた力が宿っていようが納得できるが、スピリチュアルな事象を科学的に解明しようとする風潮が強かった時代を生きていたプラカは、どうしても神器の存在をきな臭く思っていたのである。



 ――もしかして、過去に私と同じような『人間』が作ったアイテムが、神器と誤認されたのではないか。



 一度そう思ったなら、真実を確かめたく思うのも当然である。

 ・・・もしプラカの予測が当たっていたならば、『九つの陣』に神器級のアイテムが渡っていたとしても、別におかしな事ではなくなってしまうからだ。


 神官は神職に就いた途端に鬼籍と似たような状態になり、国の祭事以外は神殿からあまり離れないという事もあって、彼らの素性は全く分からない。

 国も基本的に不可侵を貫いているので、プラカがこの世界の事情で明るくないのは「神官勢力のみ」であった。・・・だからこそ、いろいろ考えてしまう。もしかしたら、神官勢力は「実は神器が人工であることを知っていて隠しているかもしれない」だとか、そういうことを。



 せっかく王家という強力な後ろ盾ができたのだから、ちょっとそこら辺をはっきりさせたいだけであったのだ。


 もし神器が人工物なら『原初の泥』の入手難易度はぐっと下がるし、『核』は既に完成しているので、『泥』を手に入れ次第エンキドゥの体を作れば、一発でこちらの目的は達成される。シャルルを始めとしたバグノア王国側がやきもきする事もなくなるのだから一石二鳥だ、とプラカは胸を躍らせた。



 ――ただし、浮き足立っていたのはプラカのみであるのだが、本人は気づいていなかった。

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