No.13・円卓会議(間)
「馬鹿な!王は普段から銀食器を使っておられる!毒を盛られた料理が出たならば、誰だって気付くはずだ!」
真っ先に叫んだのはアルストロだった。その内容に、プラカを含めたブリキ勢以外の全員が同意するように頷く。
プラカはカルテを見ているのでは?と思うかもしれないが、考えてみて欲しい。小学校から高校生レベルの化学しか齧った事の無い者が、難しい計算式やら元素配列やらが書き連ねられた紙を見たとして、果たして内容を理解出来るだろうか?
・・・少なくともプラカには無理である。
だからこそ、アクシス2からカルテを受け取った際、(うわっ何書いてあんのか全然分からねえ)と眉間に皺を寄せ、「これは俺にはどうにも出来ないから任せるわ!」的なニュアンスの事を言って丸投げしたのだ。
幸い我が意を得たりと頷くプラカを誰も見ていなかったので、ぼろが出るのは防げたが、疑問は尽きない。
この世界に限らず、前世の中世ヨーロッパでも銀食器は『毒を見分ける力』があるとして、貴族間で大変重宝されていたのは割と有名な話だ。
「・・・まだそういう認識が広まっているのカ?情報が古すぎル」
だが、現代知識を持つプラカに作られた為、あらゆる知識がこの世界の名医よりも遥かに進んでいるアクシス2は、バッサリとその訴えを切り捨てた。
呆然とする面々には見向きもせず、よく見ろと言わんばかりに、彼はカルテの『33As』を指さす。
「これが何を意味するかわかるカ?」
しん、と静まり返る室内で、プラカのみが頷く。
前世の学生時代、科学はまあまあ成績が良かったし、テスト期間にはひたすら「水平リーベ・・・」とそれこそ魔術の詠唱が如く大勢の学生が呟いていたのだ。朧げではあるものの、流石に今でも覚えている。
更に、これは刑事ドラマでは結構使われている劇薬で、何度もこの元素記号は見てきた事もあり、さして時間も掛かる事無くすぐに思い出せた。
「ヒ素だな?」
「その通りでございまス、神ヨ」
アクシス2は深く頭を垂れる。
「検査の際にもしやと思イ、髪を数本拝借して試験薬に漬けて見たとこロ、ヒ素が検出されましタ。しかしまだ手遅れではありませン。即刻、解毒剤の生成許可ヲ・・・」
「待て待て待て待てッ!」
だが、椅子を倒してしまうのではないかと言うほどの勢いで立ち上がり、待ったをかけたのは運送業者『ジェフフス運送』のジェフフスだ。
「ヒ素だか何だか知らないが、こんな出鱈目を信じてはなりませぬ王子!きっと、薬と称して毒でも盛るつもりに違いありません!」
何やらまた喚き散らしているが、プラカからすればこの世界の文明レベルの低さ的にも、その主張は最もかな、と思う。
知識が現実に追いつけていないのだ。
だからこそ、こちらの主張を全面否定されても「やっぱり警戒心高いよねぇ」と、割と呑気に考えていられる。
――プラカは、だが。
・・・瞬間、ぎいん、と甲高い金属同士がぶつかり合う音が響いた事で、纏まりの無かった円卓に静寂が訪れた。
からん、と円卓に細身のナイフ――いや、『医療用メス』が転がり、皆が何事かと呆然とする意識を無理やり戻すと、眼鏡にメスを投擲したアクシス2と、それを自身の眼鏡に受け、その勢いで椅子に尻餅をつく様に戻されたジェフフス、という構図が出来上がっていたのである。
「貴様ァァ・・・我らが神の慈愛の御心の下デ・・・エンキドゥ様のご復活よりも先に王を治療せよと仰せつかった私ノ!邪魔ヲ!するのかァァ――ッ!!」
「ひいぃ!?」
何をすると叫ぼうとしたジェフフスであったが、アクシス2のあまりにも濃厚な殺気を直で浴びた彼に、もう文句を言う気は微塵にも起きなかった。
遠くに弾き飛ばされた眼鏡を気にする余裕はもう無い。
いくら親の脛を齧り続け、一人息子という立場をふんだんに利用し、ろくに教養を積まずとも家督を継げた頭の足りない彼でも、冷静になって考えれば「2度も主人に難癖を付けられ、王殺しを企てているとまで言われた」者が何を思うかは容易に想像出来た。
――というか、想像力が足りなかったと嘆く余裕もなく、今は命の危機の真っただ中。
口には出さないが、ネジーも明らかに機嫌が悪い。・・・まさか、ジェフフスの頭が足りていないとはいえ、ここまで言うとは思わなかったシャルルとアルストロは冷や汗が止まらなかった。
ジェフフスは咄嗟にシャルルを見るが、頼みの綱である王子は「余計な事をしてくれた」と言わんばかりの形相でこちらを睨んでいる。
それもそうだ。席に座る順番についてとやかく言うのと、王殺しの疑いを掛けるのとでは訳が違う。
よって、バグノア王国側の過失であるのは火を見るより明らか。平等を尊ぶ円卓において、こんな状況下で自国をフォローする事はシャルルにも不可能だった。
ならば、と仰ぎ見た辺境伯も放置を決め込んでいる辺り、その事に気付かぬおめでたい者はジェフフスくらいであった。
「ダーノルト・ジェフフス・・・と、言ったか。」
盛大に地雷を踏み抜いた愚かな男の命運ここに尽きたかと思われた時、凛とした声色で彼を呼んだのはプラカ。
アクシス2は清聴の姿勢を取るため一時座り、ネジーは仕切り直すため、「静粛に!」と声を張り上げてから、頭を下げて先を促した。
(やばいなぁ。アクシス2が怒ってるのって、「私様の命令が遂行出来ない状況に追い込まれたから」だよな・・・?)
呑気なプラカとて、現状把握ができない訳ではない。
この場を鎮め、双方納得のいく結果に落ち着かせるのは、人間嫌いのアクシス2が居る時点で、どう考えても自分でしか無理だろうと判断しての発言だった。
内心では緊張と「なんで私様がこんな目に」という理不尽への怒りでしっちゃかめっちゃかだったが。
(もう、こうなったら一肌脱ぐしかない・・・!)
プラカは目を細めて決意を固めた。
・・・かつて、前世のサラリーマン時代でブラック上司にこき使われ続けたプラカであったが、鬼畜上司に物申そうとして――結局チキン故にできなかったのだが――ずっとやりたかった正論による精神攻撃をジェフフスにしてやろうと思い至ったのである。
・・・今のプラカこそ「権力の威を借る愚図」になっているのだが、目を細めたプラカの美しくも恐ろしい威圧感に生唾を飲み込む面々は、まさかプラカが10数年越しのストレスを他人で発散しようとしているなんて思いもしない。
「ジェフフスよ、君は私様がコーネリウス王を毒殺しようとしているのではないか、と言ったね?」
「そ、それは、」
ジェフフスからすれば泣きっ面に蜂もいいところだ。
後悔したって後の祭りだが、最早この会議場はプラカの独壇場。弁明の機会すら与えずに、プラカは朗々と口を動かす。
「利点は?」
「・・・は?」
「は?じゃない。利点を提示してほしいのだよ。「コーネリウス王を毒殺した際に私様が得られる利点」だよ。私様を疑ったという事は、大罪を犯しても釣りが来るほどの利点が私様にはあった。そう思ったからこそ、そう言ったんだろう?」
ジェフフスは明らかに狼狽した。
彼は己の感情のままにプラカをこき下ろしただけに過ぎない。
そこに理論的な『何か』があるわけもなく、もごもごと口を動かすだけで脂汗を流す男に、シャルルは冷めた目を向けた。
「ほう?だんまりかい。・・・という事は、私様に怒鳴り声を上げた事に、特に意味は無かったのだね?」
すっかり項垂れてしまったジェフフス。
自分の思い人が王殺しを企んでいると言われて、爽やか好青年フェイスをかなぐり捨てたアルストロであるが、なお腹立たしいのは、「王子の顔に泥を塗っている」事だ。
独断になるが、この役立たずを神聖なる円卓に置いておくわけにいかない、と立ち上がると、それに合わせるかのようにシャルルが勢いよく起立した。
「エスターニオ殿!・・・我が国の者が申し訳ない。全ては、この者を呼んだ僕の責任です。どうか、この国がこのような者ばかりだと思わないでいただきたく・・・!」
「王子!どうかおやめください!!」
――その剣幕は、悲鳴じみた声を上げたアルストロのみならず、溜飲が下がる思いをしていたプラカすら凍らせるものであった。
シャルルが――バグノア王国の第一王子であり、この国の最高権力者代理である彼が――まだ神の正体を打ち明けるのは早いと判断し、表では客将扱いになっているプラカに――頭を下げたのだ。
「・・・王子。私様は、君にそんな事をさせたいのでは・・・」
「いいえ。僕は、この国を、父を守りたくて「蘇ったブリキ達の纏め役」であるあなたを頼りました。・・・すぐにお渡しできず、また渡せるかも今のところ定かではない『対価』を条件に協力してほしいと頼み込んだからには、それに見合った誠実な態度で挑むべきなのです。・・・それを・・・!」
ぎろり、とシャルルに睨まれた事もそうだが、じっとこちらを見て離さぬ『異端の色』の瞳に、ジェフフスは恐怖した。
プラカは「いや、もとはと言えば元凶お前じゃんよ。この空気どうしてくれんだよ」という複雑な思いを込めて見つめただけだったが、プラカは人外レベルの美形である。そんな彼に睨みを効かされたら堪らない。
元より脆弱なジェフフスの精神は決壊し、でっぷりと膨れた顔に埋もれた目から、みっともなく涙を零す様は、なんとも情けないものだった。
――ついでに、その姿にプラカは少し引き、目線を外す。
なにが悲しくてデブなおっさんの汚い泣き顔なんて見なきゃならんのだ。
自身も元おっさんだったことを棚に上げているのは、本人すら気づいていない。
「王子。私様は、この男を信用できない。・・・この男を退室させてくれ。それで帳消しだ。」
頭を上げたシャルルに目配せされ、頷いたアルストロはジェフフスの腕を掴みあげると、有無を言わせず円卓会議から退場させた。
完全に精神が摩耗してしまったのか、ジェフフスは俯いたまま抵抗を一切しない。それを冷めた目で見ていたアクシス2はシャルルに向き直ると、地を這うような声で聞いた。
「解毒剤の投与許可、頂けますネ?」
「勿論です。今まで希望が無かった分、その申し出にこちらはいくら感謝してもし切れないと言うのに・・・本当に、申しわけなかった。」
改めて頭を下げるシャルルを見咎める者はもう居ない。そんな事をすればジェフフスの二の舞であるし、何よりあれだけ侮辱されたのに、怒りながらもまだ治療の意思を示す医者の鑑であるアクシス2の考えが変わってしまわぬうちに仕切り直しをする必要があるからだ。
「うむ、遠回りになってしまったが、話は纏まったな。・・・では、アクシス2は解毒剤の生成及び投与の為、一旦退出してもらう事とする。」
ネジーがそう言い終わるや、アクシス2はプラカに一礼し、さっさと退出して行った。外にはアルストロが選りすぐった護衛兵が20人居る。うち7人が護衛としてアクシス2について行く事になったと護衛兵の1人が少し開いた扉越しに報告してきた。
例え王宮に『九つの陣』が居たとて、アクシス2を害する事は不可能だろう。
やっと次の議題に行ける、と、どこからとも無く漏れるため息を無視し、ネジーは最早予想外の事があり過ぎて意味を失くした紙を見ずに続ける。
「次の議題は、先程のアクシス2の報告を元に考え直さねばならなくなった、『九つの陣』の対策について。」
「そうだね。まず、今回使われたとされる毒・・・ヒ素についてよく分かってない者が多いと思うから、私様から説明させてもらうよ」
本当は御免こうむると言うか、誰かに丸投げしてしまいたいのだが、ネジーは議長だから基本的に意見は言えないし、アクシス2は解毒剤制作が最優先ということで退出してしまった。オマケにカルテは持っていかれてしまっているので、10年以上前に蓄えた知識とはいえ説明出来るものは自分しか居ない。
シャルルらの様子を見るに、どうもこの世界の人達は、元素や毒物の種類なんてものを意識して気にすることでは無い――というか、気にするだけの『基礎』がないようだ。
魔術のなさそうなこの世界では、恐らく薬を作る際も「これとこれが体に良いと言われている」なんてふんわりした認識で調合しているのだろう。
実際、そんなノリで作られたであろう薬を礎とした薬は生前では沢山あったし、詳しく解析してみるとなかなか性能が良かったりするので、先人の知恵は侮れないのだが。
そんな思考回路を知らないシャルルは、プラカの発言を聞き、緊張した面持ちながらも父が助かると分かったからか、肩の荷が少し降りたのか。
ともかく喜色を滲ませ頷いた。
「重ね重ね申しわけない。お願い出来るだろうか」
「うんうん、いいともさ。時間も惜しいし、1回しか言わないからね。良く聞きたまえよ?」
深く突っ込まれるとボロが出かねないので、あらかじめ予防策として聞き返し不可と言っておく。
またもや狡い真似をするが、言っている事は至極真っ当なので、皆が神妙な面持ちで頷いた。特にアルストロは羽ペンが折れるのではと心配になるくらい握りしめている。
めちゃくちゃどうでもいいが、アルストロの逞しい筋肉に負けて、そのうち分厚いはずの紙まで破れるのではないかと、プラカはそこはかとなく不安になった。
皆が身構える。そう、会議はここからが本番なのだ。