No.12・円卓会議(上)
え?スマホ版の方で小説削除の仕方が分からなかったから書き直していただなんて、そんな事あるわけないじゃあないですか、はは。
その部屋は壮大の一言に尽きた。
見上げると首が痛くなるほど高い天井には、このバグノア王国の初代の王なのか、国旗が刺繍された大きな旗を掲げた男性が描かれている。
部屋の中央に鎮座する巨大な大理石のテーブルは美しい真円。かけられたクロスは目に優しめの、彩度控えめの緋色である。
用意されている椅子の数は7つ。デザインは統一されており、どれも座り心地が良さそうな緋色のクッションと背もたれを縁取る銀の意匠が素晴らしい。
プラカはその部屋に入るなり、部屋を構成する全ての物を食い入るように見つめていた。
(え、円卓だ――ッ!!)
プラカは興奮していた。そして、その勢いをそのままに、適当な椅子を見繕って腰掛ける。
この世界なら円卓もあるかもしれないとは思っていたが、まさか直接お目にかかれただけでなく、座れるチャンスが巡って来るとは思わなかった。
神様やっておくもんである。
さて、円卓といえば、西洋時代劇は勿論、刑事ドラマとかでも時々見かけるアレか、と思うだろう。
そのイメージから、『会議に使うテーブル』という認識が浸透しているが、用途も概要も大体それで合っていると思ってもらって大丈夫だ。
その起原などを話し出すときりがないので割愛するが、とにかくこの絢爛豪華な会議場は、別に西洋の歴史に明るくなくとも、心を揺さぶられる何かがあった。
まあ、プラカは教室の机を丸く配置しただけでテンションが爆上がりするような、テンション安売りバーゲンセール野郎である。
だからこそ、「俺いっちばーん!」的なノリで座ったわけだが。
(・・・しまった)
そんなプラカを、アルストロを含めた人間達が凝視する。
まさか平等な意見を出す場である円卓と言えども、王子であるシャルルを差し置いて『客将』がいの一番に座るとは思わなかったようだ。
プラカとて、前世はサラリーマンだったのだから、場合によりけりだが促されたりしない限りは、上司より先に座る事が失礼であることはよく知っている。・・・知っていたのだが、どうも10年以上神をやっていたのがいけなかったようだ。自分より上の立場に居る者が居ない生活しかしなかった弊害が出たのである。
プラカの表情は涼しいままだが、内心冷や汗が止まらぬ想いがした。
そんな何とも言えない空気の中で、最初に動いたのはネジーである。
すい、とプラカから見て右側の席に降り立つと、何食わぬ顔で――といっても『雰囲気』だけで、表情など無いのだが――椅子の背もたれの天辺に降り立つ。
それを確認したアクシス2は、いそいそと白衣を翻して落ち着き無い様子でプラカの左側の席に腰を降ろす。
・・・落ち着き無い様子とは言ったが、序列をわきまえている時点でアクシス2がプラカよりは落ち着いているのは余談である。
「遅れてすまない。早速始めるとしよう。」
ブリキはさっさと配置についてしまい、呆気に取られていた人間達2人がまだ固まっていると、凛としたシャルルの声が通り、皆一斉に扉へと目を向けた。
緋色のマントを靡かせ、ブリキヶ丘で見せたシンプルな装いではなく、細い金の刺繍が縦横無尽に走る青の装束に身を包み、髪をきちりとオールバックにしてめかし込んだシャルルが、後ろに控えていたアルストロが入室して来たのだ。
会議室の様子に首を傾げそうになったシャルルだったが、既に腰を下ろしているブリキヶ丘の者達に納得の表情を浮かべると、プラカのほぼ真正面にある玉座然とした椅子に腰掛ける。そして一泊遅れて、その右隣にアルストロが腰を下ろした。
プラカがおかしいだけで、これがバグノア王国の『普通』である。
――しかし、やはり『普通じゃない』のが自分達より先に座ったのが気に食わなかったのであろう。固まっていた者達のうち2人がシャルルへと近寄り、金切り声を上げた。
「王子!この無礼者らにはお咎め無しなのですか!?」
「そうですぞ!王子よりも先に席に着くなど!」
小太りの眼鏡をかけた中年の男と、アクシス5程ではないがひょろりとした少し禿が目立つ顔色の悪い男が喚き散らす。
前者は、王都バグノーアに拠点を構える王国最大の運送業者の会長、ダーノルト・ジェフフス。――実は、発掘調査などで「新たに見つかったブリキ」を、ブリキヶ丘へと運送する役目を担っているのは、この男の業者『だけ』だったりする。
後者は、なんと円卓会議のためだけに呼ばれた辺境伯。ドストン・ロット・スタンフィックは、隣国との国境を分ける荘厳な関所がある街、『ロット・スタンフィック』の領主である。貿易が盛んなこの街が、最も『九つの陣』からの被害が多かったが故の抜擢であるが、妙に顔が厚い男だ。
ネジーは、指を刺されようが微動だにしない――というより、やらかした事に焦って微動だにできないプラカを見習い、どこ吹く風といった態度を貫き通すが、アクシス2はそうはいかなかった。
ちらりと、一瞬ではあるが、明らかに殺意の篭った目で2人を睨みつける。
この空気を製造した元凶のプラカは、言い返さないどころか2人を見もしない。
プラカにとっては2人の主張は正論すぎて、言い返すどころか、まず何をどうしていいか分からずに、極度の緊張は彼の行動力を根こそぎ奪っていったのだ。
「やめよ、二人とも。これより交わすのは罵声ではなく意見。・・・よって、多少の無礼があっても僕は気にしない。いいな?」
「しかしですなぁ・・・」
事前に伝えられていたこの2人の立場は、双方共にバグノア王国のVIP。
失礼のないようにと思っていた矢先にこれか、とプラカは目の前が真っ白になっていた。
「辺境伯、ジェフフス氏。言いたいことは分かるが、喚き散らすなどみっともないぞ。」
何も言わないプラカに代わり、ため息混じりに窘めるのはアルストロである。
2人は――十中八九自分の気に入らない者を淘汰してストレス解消にしたいのであろうが――なおも無礼だと言い募る。しかし、当のシャルルとアルストロは、不快感などこれっぽっちも抱いていなかった。
これに便乗して文句の一つでも言うかと思ったが、プラカはシャルルの発言にも何も言わない。そんな様子を見たシャルルは、ちらりと己の近衛兵を見やる。彼は小首を傾げるようにして視線をかちりと合わせると、軽く頷いた。アルストロも自分と同じ考えに至ったようだ。
「彼にとって、故郷での会議で先に席に着くのは当然の事なんだろう。この行いが無礼と言うならば、『先に座らないでくれ』ときちんと言わなかった我らにも非はある」
シャルルはエスターニオ神話のいちファンとして、感心と興奮を覚えずにはいられなかった。
彼にとって真っ先に座るのが当たり前ということは、つまり、プラカは神の国ではかなり高位の存在なのだ、と思ったのである。神話上では明記されていなかった事がわかっただけでも大収穫だと喜んだ彼であったが・・・もちろんンなこたぁない。
プラカは前世では冴えない中年サラリーマンだったのだ。
今世でも、その性根は引き継がれているのである。
ふと、明らかにアクシス2からの殺気が和らいだのを感じ、プラカを除いた人間達は無意識にそちらに目をやると、ネジーとアクシス2は、虚空をじっと見つめていた。
元々機械なだけに、傍から見たらかなり不気味な光景なのだが、ブリキ達はそんな事は知ったことじゃあない。二機は、シャルルと一緒で、実は初めて聞いた「プラカは会議ではいの一番に座る事が許される立場」という、この重要事項を脳内データに叩き込んでいる真っ最中。いちいち殺気を出す作業に集中力を当てていられないのだ。
――できれば、もっと早くに彼の行動指針がわかっていれば、こんな面倒事にはならなかっただろうに――と、シャルルは己の贅沢で身勝手な考えに苦笑いが浮かぶ。
流石に自国の最高権力者代理と、得体の知れぬブリキを敵に回したくないのか、2人はシャルルが着席した後に渋々といった態度を隠そうともせずに座る。それを見て、ネジーとアクシス2は、怒りや呆れを通り越して、むしろ感心さえした。
生まれながらの忠臣である彼らにとって、仕えるべき君主の目の前であんな醜態を晒した挙句、注意されて不貞腐れる等という無礼千万な行いをしようものなら、即刻処刑待った無しである。
シャルルは頭が痛いと言いたげに顔を顰めた。
自国の権力者が、虎の威を借る狐ならぬ「権力の威を借る愚図」だなんて笑い話にもならないが、こういう者たちは、身分や職種故に一応経済を回してはいるのだ。空いた椅子に座っても問題ない人材が見つからない限りは、みだりに謹慎処分にすらできないというのが現状である。
ネジーもアクシス2も、頭が痛むとばかりに眉をひそめたアルストロをちらりと見る。
元よりこの騎士にいい印象は抱いていなかったが、騎士故に、こんな愚図どもにも敬意を持たねばならぬ彼を少しだけ哀れに思った。
因みに好感度はマイナスからゼロに戻っただけである。
先は長い。
「皆様、席に着きましたので会議を開始致します。まず最初の議題ですが、そちらの問題・・・王の病の話からにいたしましょう」
椅子の背もたれに乗っかったまま紙の束を抱え、内容を読み上げる議長はネジーだ。
実は、シャルルはプラカから協定承諾をもぎ取った後、ブリキヶ丘滞在中に予め円卓会議で議論する内容の優先順位等をネジーと吟味していたので、必然的に議長はネジーとなった訳だが、どうもそれすらも辺境伯らは気に入らないらしい。チラチラと視線がうっとおしくて敵わないったらない。
ネジーはプラカに実害が無い限りは比較的穏やかだが、アクシス2は忠誠心がブリキの中でも群を抜いている上、元より短気な性格なので――歯ぎしりをしながら机の下で拳を握りしめ、やり場のない怒りをなんとか発散させようと必死であった。
「・・・アクシス2、誉れ高きエスターニオ様付きの医師であるお前の見解を聞かせよ。」
だが、そこでブリキ達の統括たるネジーが、良い具合に注意を逸らす事でストレスを忘れさそうと話を振る。
本来はもう少し王の容態を確認しながら突き詰めていこうと思い、紙にもその旨が書いてあったのだが、会議にアドリブは付き物だ。しかし、ネジーは出せぬため息を言葉尻に混ぜるようにして、少し気だるげな声を出す。
彼に限らず、シャルルも嘆息する。まさかこうも早くにアドリブを行う事になろうとは、完全に予想外であったからだ。
「うム、その事なのだガ、少々気になることがあったのダ」
その苦労を知ってか知らずか、アクシス2は態度をころっと変えて真面目に語り始める。
その手にはカルテボードが握られており、会議前日、つまりプラカが王宮入りした日にシャルルとアルストロを同伴させた上で行った、「バグノア王国国王、コーネリウス=レファーノ・バグノアの診察の結果」が事細かに、丁寧な字でビッシリと書かれていた。
「エスターニオ様も症状を聞いただけでお気づきになられたようだガ・・・先ほど結果が出タ。単刀直入に言おウ。アレは病ではなイ」
その発言にぎょっとしたのはブリキヶ丘組を除く全ての人間達。
それを見たアクシス2は思わず得意げに胸を張る。
目を瞑り、あの時を――診察直後、プラカにカルテを見せに行った時の事を思い出す。
プラカは受け取ったカルテを見るなり、ざっと目を通しただけで眉を潜め、カルテを突き返してきたのだ。何か不備でもあったろうかと焦るアクシス2にプラカが言った一言は、彼を打ち震わせるに充分なもの。
「――これは私様がどうこうできる事ではない。後は任せたよ、アクシス2。」
アクシス2が提出したカルテには、王の容態しか書かれていない。病名――まあ、病ではないとアクシス2は判断したので、この場合『元凶』とでも言っておこう――その『元凶』が何であるかがしっかり書かれていたのは、アクシス2が次に提出しようとした書類。
しかし神は、全てを理解し信託を与えたもうた。
「助けになるとは確かに言ったが、これは自分が介入すべきでない、お前達で何とかしなければならない問題である」と。
アクシス2はそう思ったが――プラカは、単に見せられたカルテを「ふーん」で済まして突き返すような冷静さというか薄情さを併せ持っておらず、かといって医療は完全に専門外であるため、仕事終わりに報告に来た臣下になにか言ってやりたいが、言えることがない。
・・・その葛藤を多分に含んだ上で、それっぽく「まあ私はよくわかんないけど頑張れ!」という気持ちの元に紡がれた応援の一言は、図らずもアクシス2にバッチリ作用していた。
というか、そもそもアクシス2は次の書類を渡そうとしていたのだから、少しでも理解している風な言い回しをしなければ良かっただけの話である。
「で、では父上の苦しみは一体何なのですか!?あんなに痩せこけて、毎日食事も喉を通せずにいる父は、いったいなぜ・・・!!」
(うわっびっくりした!)
国全体の認識が覆ってしまうとんでもないカミングアウトだが、シャルルは特に聞き捨てならぬとばかりに身を乗り出す。
・・・そして、その剣幕に驚いたプラカは、やっと意識が浮上した。
ぎぎぎ、と錆びたブリキの如くぎこちない動作でプラカは円卓を見渡す。どうやら意識が飛んでいる間に会議が進んでおり、皆の意識がアクシス2に集中していると気づいた途端、当のアクシス2がこっちを向いた。
それに釣られて全ての目が自分を映す。
「・・・あ、」
このまま見当違いの発言をし、ぐだぐだしてしまえば、ただでさえ眉唾ものの『神』という設定に罅が入りかねない。
頑張れ!乗り切るんだ、プラカ=デ・エスターニオ!!
「あ・・・アクシス2、説明してあげたまえ!」
「はッ、御意二!」
丸投げか!酷いぞ、プラカ=デ・エスターニオ!!
狡い真似でなんとか乗り切ったプラカは、大きく息を吐く。
その様子に、周りの者は皆、残酷な真実を伝えねばならない苦悩に胸を痛めていると思い、ごくりと唾を飲み込んだ。
「でハ、告げル」
アクシス2がカルテを捲ると、邪術書からページを一枚剥ぎ取ったのではないかと錯覚さえするほど気味の悪い紙が出てきた。書かれているのは何やら面妖な数字と文字の羅列と、わけのわからぬ計算式、そして一番目を引くのは、大きく、赤いインクで書かれた――『33As』。
「王は病と見せかけた毒殺を目論まれているのダ」
強力な結界魔術が施された円卓会議場の分厚い扉は、シャルルらバグノア王国の参加者の絶叫を、一切廊下に漏らす事は無かった。