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ブリキノカミサマ  作者: ぐっちー
第一章・機械仕掛けの神域にて
1/19

No.1・ブリキヶ丘

 都市からかなり離れた森の奥、思わずため息をつきたくなるほどに星が美しく瞬く寒空の下で、本日何度目かもわからないため息をつく青年が一人、とぼとぼと歩いていた。

 一目で上等な生地だとわかる緋色の厚手のマントを羽織り、その隙間から覗く白銀に輝く装飾品は見事だが、生憎とこの寒さでは体温を奪うのに一役買っているだけである。

 既に赤くなっている指先を忌々しげに見つめる翡翠の瞳が次に写したのは、『がらくた』が(うずたか)く積まれた山を数十メートルの石造りの壁で囲った、周りの森とは打って変わって生命の息吹が感じられぬ、近づき難い場所であった。


「ここが父上の仰っていた『ブリキヶ丘』か。」


 少し癖のある金の髪を寒風に靡かせ、首から下げた金でできた鍵を握り締める青年――このブリキヶ丘のある『バグノア王国』第一王子、シャルル=レファーノ・バグノアは、壁に一つだけある大きな鉄扉を封印している錠前に手をかけた。


「!!・・・えっ!?」


 ――次の瞬間、シャルルは思わず扉から飛び退き、辺りを見渡す。鍵穴に鍵を刺しやすい位置までもっていこうと軽く引っ張っただけで、錠前が軽い音を立てて開いたのだ。


 ・・・いや、初めから開いていた。


 シャルルは金の鍵をちらりと見る。実はこの鍵、王子という立場をフル活用してシャルルが王宮の宝物庫から持ち出した国宝なのである。


 『万能の鍵(マスターキー)』と呼ばれるそれは、差し込んで回すタイプの鍵ならばどれであろうと「全て」開けられるという、泥棒稼業をしている者からすれば喉から手が出るほど欲しがるであろう代物。そのため普段は厳重に保管されており、滅多に表に出される事がないので、存在を知っているのは王宮でもひと握り。


 しかしシャルルは、ブリキヶ丘に入りたいがために、あろう事かその国宝を持ち出したのだ。


 そこまでしないと入れないのだから、当然ここの扉は厳重に閉じられている・・・はず、なのだが。

 シャルルは気温のせいで痛む頭を押さえた。

 こうもあっさり開いたとなると、()()()()()()()()がらくたを廃棄しに来た運送の者が閉め忘れたか、何者かが自分より先にここへ侵入したかのどちらかであるが――シャルルは一旦冷静になって考える。ここの鍵を貸し出すのは、たしか都市の許可がいるはずだ。閉め忘れたとなれば、当然、都市長からお叱りを受ける。今までそんな大目玉を喰らった者がいたとは聞いたことが無い。


 ・・・と、いうことは。


 ・・・・・・誰か、居る。


 その可能性に至った途端に、ただでさえ寒くて適わない身体に冷たいものが走る。

 王子である我が身は美しく飾り立てられていて、元々眉目秀麗なだけに人攫いの格好の餌だ。誰も国宝を持ち出すなんて大罪に関与すまいと、供を付けずに来てしまった事を後悔しても後の祭り。だが、ここまで来て引き返すのも・・・


 ――そう思案していると。じゃり、という土を踏みしめる音が響いた。


「誰だ!?」


 腰に下げた剣に手をかけながら叫ぶ。

 ・・・人攫いか?敵は何人だ?

 そう冷や汗をかいていると、ぎぎぎ、と耳障りな音を立てて、ほんの少し扉が開いた。隙間からちらりと覗いた手を見たシャルルは、はっと息を呑む。


 月明かりに照らされた肌は真っ白で、すっと細い指は思わず見入ってしまうほどに美しい。その手は扉を掴み、ぐ、と押す。たったそれだけで、大きな鉄扉はゆっくりではあるものの、確実に開いてゆく。

 一体全体、白魚のような手の持ち主のどこにそんな力があるのかと、警戒心は何処へやら扉に少し近づいてみると――それと同時に、手の持ち主もこちらを伺うためだろうか、扉の隙間から身を乗り出してくる。


 ほう、とシャルルは扉から半身だけ身を乗り出したその人物を目にした途端、本日何度目かわからないため息をついた。


 ――しかし、「()()の」、だ。


 すらりと細い体躯は品の良い漆黒の地に、袖や襟元に螺鈿(らでん)の如く輝く飾り布が施された不思議な衣服に包まれており、白い肌を強調している。

 次に目鼻立ちだが、世辞抜きで恐ろしいほどに整っていた。シャルルは王宮で開かれるパーティーに何度も出席し、その度に美男美女を飽くほど見てきたが、それらとは比べるべくもなく。一度見れば誰もが虜になること間違いなしの美しさであった。

 身長は自分より少し下だが、男性なら少々低め、女性ならやや高身長という絶妙な高さであり、腰まで届く滑らかな黒髪も手伝って、正直性別はどちらかわからない。


 そうやってしばらく見惚れていたが、シャルルはふと気づいた。


 この国に、『()()()()()』なんて居ただろうか、と。


「あなたは、何者なんだ・・・?」


 黒曜石の空に星を散りばめたような瞳をこちらに向けたまま微動だにしない美しい人に再度尋ねる。

 剣に添えたはずの手は、いつの間にか下がっていた。彼のお方に剣を向けるなどとんでもない、という――王子である自分はまず体感するはずもない、「自分より上の者の圧に当てられる」という感覚に囚われたのだ。


「・・・そういう貴様こそ、誰だい?」


 引き結ばれていた唇からこぼれ落ちた上質な音楽の如き美声は中性的で、ますますシャルルを困惑させ、魅了した。

 その人は儚い容貌からは予測できぬほど尊大で、しかし物腰や語尾は丁寧という奇妙な態度を取ったが、不思議とよく似合っている。


「僕はシャルル。シャルル=レファーノ・バグノア。このバグノア王国の第一王子・・・って言えば分かるかな」

「・・・・・・王子?」


 少し親しみを込めて自己紹介したつもりだったが、相手は眉をひそませただけで、名乗ってくれない。どうかしたのだろうかと首をかしげたシャルルは、黙りこくったその人に声をかけるため一歩踏み出した。


「そこの者。我らが神の御前(ごぜん)で、何故許しもなく頭を上げておる」


 突如頭上から降ってきた声に驚いて空を見上げてみると・・・・・・金属の球体が、空を飛んでいた。・・・いや、何かの比喩ではなく、本当に頭に羽のようなもの――シャルルにはそれが何か分からなかったが、いわゆる『プロペラ』をつけた金属の球体が、シャルルの頭上を旋回していたのである。

 つるりとした球体に一つだけ付いた大きなガラス製のレンズが、まるで睨むかのようにシャルルに向けられ、球体から伸びるだらりと下げられた二本の長い腕の異様さに思わず怯んでしまう。


「プラカ」

「え?」


 次々と起こる不可思議な出来事に混乱するシャルルの耳に、あの人の呟きが滑り込んできた。


「プラカ=デ・エスターニオ。私様の名前だよ。・・・知りたかったのだろう?」

「エスターニオ様!得体の知れぬ輩に御名を教えるなど・・・!」

「可笑しなことを言う。なあネジー、彼は王子なのだろう?これ以上ないほど身元がはっきりしているじゃあないか」


 ネジーと呼ばれた球体が慌ててまくし立てているが、シャルルには聞こえていなかった。


 プラカ=デ・エスターニオ。


 この美しい人の名前――・・・


「・・・ともかく、エスターニオ様。恐れながら、このまま外にお出になられるのは危険かと。武装した輩・・・いえ、王子、も居ますし、何よりお風邪を召されては大変です。神殿へお戻りを。」


 頭の中で名前を復唱していると、いつの間にやらエスターニオの隣に移動していたネジーの忠言に、はたと顔を上げる。

 ネジーの言葉を聞き届けたのか、エスターニオは踵をかえし、その神殿とやらに戻ろうとしているところであった。


 このままでは二度と会えぬのではないか。


 不安に駆られたシャルルはエスターニオの元へ駆け寄り、ネジーが閉めようとしていた扉に手をかけ、半ば強引に身体を壁の中へ滑り込ませた。

 例えそこががらくたの投棄場であろうとも、人が住んでいるのならば普通に憚られる行為であるが、シャルルにはエスターニオをまだその目に焼き付けていたい、という欲望以上に、引き下がってはならない理由があるのだ。


「き、貴様!先程からなんと無礼な・・・」

「ネジー、うるさい。」

「はっ、申し訳ございませぬ!」


 激昂するネジーを軽く窘めると、振り返ったエスターニオはシャルルをじっと観察し、薄桃色の口をゆったりと開く。


「王子、今後のご予定は?」

「予定・・・」


 そこで、シャルルはやっと自分が家出同然であり、少しの路銀と剣以外は何も持っていないことを思い出した。

 ここは森の中だ。きちんと道が整備されているおかげで迷う事こそ無いものの、急いで街に戻っても小一時間はかかるし、そのころには深夜である。宿が開いているとは思えない。

 夢中になってブリキヶ丘を目指したはいいが、その後のことがすっかり抜け落ちてしまっていた。

 よく父王から、「しっかりしてはいるが何処か抜けている」と言われていたことも脳裏に過る。その時声高に言い返したというのになんてざまだと途方に暮れていると――


「・・・今後のご予定は?」


 ――と、再度尋ねられた。

 彼から感情の類は読み取れない。いや、もしかすると込められていないのかもしれない。

 そんなエスターニオとは対照的に、ネジーからはここでの事を言いふらそうものなら殺すと言わんばかりの視線が飛んで来る。

 すっかり項垂れてしまったシャルルは、宿も予定も無いのだと正直に返した。ネジーならばきっと知ったことかとでも言いそうだとぼんやり考えていると、それなら、とエスターニオが口を開く。


「神殿へ来たまえよ。食事も風呂もあるし不便は無いはずだ」

「は!?・・・神よ!神聖なるお住まいに、こやつを招くおつもりで!?」

「歓迎しよう」

「お待ちを!!エスターニオ様ああああ!!」


 ネジーの叫びを完全無視してさっさと歩いて行くエスターニオを慌てて追いかける。

 神殿とはなんなのか。ここは、ただのがらくたの山ではないのか?『神』と呼ばれていたのは何故なのか。・・・聞きたいことは沢山ある。

 だが、まずは・・・自分がなぜここに来たのかを話さねば、ときつく拳を握り締めた。




 『ブリキの神様』プラカ=デ・エスターニオと、『使徒王』シャルル=レファーノ・バグノア。



 バグノア王国どころか、周辺諸国にも知らぬ者は居ないとまで言われるほどに有名になるこの二人の出会いは、ここから始まったのである。



(うっわぁ、王子様か・・・とうとう『ブリキでユートピア作るぞ!計画』が明るみに出ちゃったのかな?というか、さっきからネジーってば失礼なことしちゃってるし、不敬罪とかになったりしない、よな・・・?うう、幸先悪ゥ・・・)


 ・・・・・・しかし、皆が恐れ、奉り、祈りを捧げるようになる神が、本当は『神(笑)』であることを・・・誰も知らない。

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