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何故勇者が営業を

 あるアパートの一室に、男女が住んでいた。一見普通に見える二人だったが、その正体は、勇者に敗北し魔界から逃げてきた魔王とその配下であった。二人とも、人間界では人間の姿に扮し、なるべく目立たないように暮らしていた。



 ある日、インターホンが鳴った。ディスプレイに映っていたのは、スーツを着ているが見間違えようもない、勇者その人である。


「魔王様――」


「勇者がここを嗅ぎつけてきたのか。無視しろ」魔王が言うと、


「少しお時間よろしいでしょうか」と背後から声がした。


 二人はすぐさま振り返った。部屋の中に勇者がいる。


(こいつ、テレポートを使ったのか!)不法侵入であった。


「持ち家のご購入についてお話させて頂きたいのですが」そう言って、勇者は気持ち悪い笑みを浮かべた。女はゾッとした。


「何の話だ? 私達にトドメを刺しに来たのではないのか?」


「滅相も無い。お客様のことを思って提案をしに来たのです」


「ふざけているのか? 持ち家などに興味は無い。そもそも、私達が住んでいた魔王城はお前が壊したのではないか。帰れ。お前と話をする気は無い――」


 女がそこまで言ったところで、勇者が凄まじい魔力を発した。以前、赤子のように魔王を捻った恐ろしい魔力である。


(殺される!)女は死を覚悟した。


「私はお客様のためを思ってここまで来たのに、話も聞いてもらえないのですか?」勇者は冷たい目をして二人を見た。二人が黙って動けないことを確認すると、また気味の悪い笑顔に戻った。


「失礼、話が拗れました。信頼関係が無い上で名刺を渡すのはこちらにもリスクがありますので、名刺はまたの機会ということにさせて頂きます。お話、聞いて頂けますね?」勇者は言った。



 勇者は持ち家の営業をしに来たのである。真っ白なノートに図を描きながら語られるのは、賃貸は駄目、将来のことを考え持ち家を購入すべきという、余計なお世話とも言うべき話であった。

 悪質な訪問営業の特徴として、社名を名乗らない、書面を出さない、部屋に上がり込んだら帰らない、高圧的な態度を取る、などが挙げられるが、勇者はこれらを全てやった。そもそもが不法侵入であるし、不退去、威迫も違法行為だ。警察を呼ばれると終わりである。しかし、


(誇り高き魔王が、警察など頼るはずがない)と、勇者は高を括っていた。そう考えたからこそ、恥を捨てて魔王の元に来たのだ。


 だが、この考えは間違っていた。長い話が終わった後、魔王がおもむろに携帯電話を取り出して、こう言ったのである。


「警察を呼ぶ」


「お客様――」勇者の背中に冷や汗が流れた。「法を盾にする気ですか!」


「勇者よ、何故貴様はこんなことをやっている?」魔王は、どこか寂しげな声で言った。「分かっておるぞ。貴様は幼い頃から、世界を救うことしか教わって来なかったようだからなあ。まともな会社に就職するだけの力を身に付けられなかったのだろう?」


 警察への通報をちらつかされている以上、勇者は何も言い返すことができない。魔王は続けた。


「そもそも貴様ら勇者の一族は余りにも優秀過ぎたのだ。一九九九年のノストラダムスの大予言といい、二〇一二年のマヤの大予言といい、世界が滅びる機会は幾度となくあったのに、貴様らが余りにも迅速に、且つ適切に対応し過ぎたために、誰もそのことがあったということすら知らんのだ。我輩が負けたときもそうだ。

 その上、その強大な力のことは誰にも言ってはならんときた。その力は強すぎる故、他者の不信感を生むことになるからな。あんなに頑張って世界を救ってきたというのに、誰にも評価されず、誰にも言うことが出来ず、今、悪質な会社に入社してしまい、こんな下らない仕事をしている。我輩のところに来るくらいだ、その仕事も上手くいってはいないのだろう。辛いよなあ。それ程の力がありながらなあ」


 勇者は何も言わず、ただ辛そうな顔で魔王を見ていた。


「勇者よ。貴様、今の会社を辞めて我輩のところに来ないか?」


「魔王様――」女が何か言いかけたのを、魔王が手で制した。


「我輩は貴様が凄い人物だと知っている。是非貴様の力を借りたいのだ」


 魔王はそれ以上は言わなかった。勇者も黙りこくってしまった。長い沈黙の後、


「――今日のところは失礼させて頂きます」と言って、勇者は立ち上がった。玄関から退出し、トボトボと帰っていった。


「魔王様――」女が声を出した。


「案ずるな。警察への通報をちらつかせたし、そもそも再勧誘は違法だ。次に奴がここに来るのは、我ら側につく決心をしたときよ。人間界に不満があるようだし、闘いになることはあるまい」


「いえ、あの――」女は躊躇いがちに言った。「やはり私だけでは物足りないですか。その、敵を勧誘する程に――」


「いや、そんなことは無い。奴に少し仕返しをしてやっただけのこと。奴の顔を見たか? 面白かったよなあ」そう言って、魔王は快活に笑った。女も困ったように微笑んだ。



 こういうことがあるから、悪質な訪問営業に絡まれたときは、すぐに警察を呼ぶべきである。

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