第五章 観測
人の往来がほとんどない街の片隅。
花瑠がいる。
今よりも幼い十二歳。ただでさえ小動物みたいな背丈だが今よりも小さい。胸はこの頃から育ちつつあるな。
拙い手付きで買ったばかりの三脚にデバイスを固定するところだ。
希望と恐怖が入り混じっている。挑戦者になる者が抱く感情。
俺様は花瑠の過去、心象風景の中にいる。
「さぁ、ここから私のアイドル伝説を始めちゃいますよ」
REC、俺様の嫌いな軽快で生温い曲が流れる。
介入できるなら止めるところだが。
止められたとしても今回は傍観者に徹する方が賢明だ。
拙い踊りだ。俺様が知る花瑠の踊りの中で最も拙い。
卵から生まれたばかりの雛。小さな小さな足で偶像への道を歩む。
道の険しさを真に知らず、運を信じる楽観さ。
踊りながら時折見せる笑顔は自己満足か。
まだ立っていない舞台に集った観衆共に向けての笑顔か。
空から紙切れが落ちてくる。
氏名、年齢、住処、箔を知らしめる欄、組織への忠義や意識の高尚さを書き殴る欄。
面倒極まりない履歴書だ。
たくさんの履歴書が落ちてくる。
大きく赤いバツ、不合格、不採用、心からお祈り申し上げます。
偶像への道を閉ざす言葉。
暗転し建物の中に変わる。
白い布で簡素を隠した机。そこに偉そうな影が三人並んで座っている。
偶像への第二関門。その只中に花瑠はいる。
歳は十四歳か。背は今と同じで胸は今より二回り小さい。
正攻法で偶像にはなれなかったが、第二関門は行った事がある様だな。
「能村花瑠です。アキちゃん、んーん、一衣陽さんの様な、見ている人を元気にするアイドルを目指してます」
俺様の知る可愛さの押し売りではない。
偶像への誠意と自分を良く見せようとする見栄。物足りなく感じるのは毒されている証拠だな。
形式的な質問。
要求される簡易的な技芸の披露。
花瑠なりに懸命に応えた。
「不合格」
左側に座っていた影が実体化し、大室つまり蛇になった。
否定する者に相応しい配役だが、嫌味なだけで蛆のいる沼の気配のしない紛い物だ。
「君にはアイドルとしてのタレント性がない。僕達否定する者を相手にするにも脆弱過ぎる。高校を卒業できるかも赤信号だ」
自責に導く為の面接。
「歌は、普通」
右側に座っている影が実体を現した。隈か。
灰汁の強さが蛇よりもできがいいな。
「パフォーマンスのレベルは低いかな。キャラクターは盛り過ぎ。役者みたいな演技力はあるかと言ったらあるわけでも無いし。すごいバズりそうなネタも無い。グラビアやれば、一定の層にはヒットするでしょうけど、そっちはやりたくないでしょ?」
確かに肌を晒せば金は稼げるな。花瑠も己の肉体に、多少は性的価値があると認識しているみたいだ。が、偶像として質は変わるから、積極的に切り売りするつもりはない。
「失格」
冷然と切り捨てる様に言ったのはえり。美しいが、偶像と言うより貴族、執行官だな。
「アイドル、エクスカリバー、学生、二足どころか三足のわらじ。全て中途半端」
真ん中なのは、花瑠にとってえりが潜在的な影響力が大きいからだ。
「花瑠はどうしてエクスカリバーを選んだの? 花瑠は否定する者と戦う事を選んだ」
事実の確認ではなく意思の確認。
「どうしてアイドルになったの? エクスカリバーの力を使って」
かなりの憤りだな。えりは関門を正攻法で通った者。
花瑠は影森と取引をした。
エクスカリバーに所属して戦士になるのと引き換えに、事務所にも所属できるよう融通させ偶像となる権利を得た。
「花瑠はいつだって中途半端、エクスカリバーにもなれず、アイドルにもなれず、テストは赤点」
「そうですけど、ですけど」
花瑠は二の句を継ぐ事ができない。
「超能力を自由自在に使えるの? 安藤さんやエーリッヒさんに迷惑をかけて、誰かをまた藤川さんみたいに、大怪我させてしまうつもり?」
思い通りに超能力を使えない焦りと失敗への自責か。
「正義を否定する者ヴィクシャスを倒せば、アイドルに戻れると思っているのなら甘いから」
花瑠が最も恐れる事。
蛇を倒しても花瑠が必ず偶像に戻れるとは限らない。
影森の詭弁やエクスカリバーの組織的な影響力を使っても、事務所が飲むとは限らない。
仮に飲んだとしても、えりと隈が一緒に活動するとは限らない。
道を失う事だ。
失意と恐怖が空間を塗り潰す。
宙に浮いている感覚。
急速に絶望の中心から遠ざかっている。
俺様は目を覚ました。
起きたのは夕方か。大して動いていないのに疲労感がだいぶ残っている。これは一日を潰すしかないな。
トルネめ。またソファの上に寝かせやがって。
「みっ」
花瑠の方が先に起きていたのか。同時だと思っていたが、予想外だな。
「みっちー、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「心配される筋合いは無い。花瑠こそ敵が現れても動けるんだろうな?」
「私、私は元気ですよ~」
拳闘の真似事をしてみせるが空元気だな。
花瑠は俺様を見て臆した。我を失い暴れた罪悪感とは違う。
過去を見られたかもしれない。羞恥心なら俺様の所に来ない。
俺様が起きたのを認識して一歩退いたのは、本能的な恐怖、忌避。
俺様が花瑠の精神世界を覗いたという事は逆もまた然り。
何を見たか問わん。見たものは言わん。
今はな。
「みっちー、お腹空いてません? のど渇いてません? 一緒にキッチン行きませんか?」
あの臆した瞬間を除いて、花瑠の俺様への態度は今までと変わっていなかった。努めてな。




