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第五章 感覚共有

 修行を始めてから三日。成果は無い。


 蛇は大衆受けを気にした壮年男の姿で風説を垂れ流し、俺様を好き放題こき下ろした話題が情報の海に溢れ返っている。

 気取った表記のPRESOX(ぷれそっくす)は見ないようにしている。うっかり曲を聞いて寝る訳にはいかんからな。


 朝食の食パンを食う。高いもので、香りが濃く、弾力が違う。

 トルネは料理をしない。出来合いの食品や店屋物で豪勢に食卓を埋めている。

 予算のあるエクスカリバーでもまず出ない。


 贅沢なバターでも塗って更に味わい深くしよう。花瑠の方にあるな。


「花瑠、バターを取ってくれ」


「あっ、それならイチゴジャム取ってください」


 俺様の方にイチゴジャムがある。取って交換するか。

 イチゴジャムを花瑠に渡し、もう片方の手でバターを受け取る。


 振動が起きる。


 触れた手と手を中心に波動が起こり、ぼんやりと光る(ぬく)い力が俺様と花瑠を揺さぶっていった。


「今日の超能力は何だ?」


「わかんないんですよね」


 不安よりも呑気さが混じっているな。

 何が起こる。少なくとも命に関わる影響は今のところ無い。宇宙の定理が使えるようになるならいいのだが。


 口に甘いイチゴジャムを塗ったパンの味が広がる。


 俺様は何も食っていない。

 思考を放棄した花瑠の食べているものが俺様の味覚を刺激し、唾液を分泌させてくる。


 今度はサラダ、ドレッシングか。

 間違いない。花瑠の食べているものが俺様に共有される。


 この事象は一方的なものか試してみよう。

 俺様は花瑠に気付かれぬよう、調味料がまとまっているところからマスタードを取る。


 できたぞ。表面に満遍なく塗りたくったマスタードパン。こいつは間違いなく辛い。


 口に入れれば、刺す酸味と焼ける辛さが強烈に舌を痛ぶってくる。


「ぁアあァーーーーーーッッ!!」


 火が付いた様に花瑠が叫んだ。涙を浮かべている様子からかなり効いておる。


「エー、っリぅぅ、ッヒ、ざん」


「サラダは至って普通のシーザーサラダですね」


 今度は飲んでない牛乳が口の中に広がってくる。辛さに苦しむ花瑠の為にトルネが用意したものだ。


 トルネは俺様の方を一瞥したが、何もしてこないのなら検証を続けるとしよう。


 視覚や聴覚を共有しているのなら、俺様の目に映るものは花瑠が見ているものになる。聴覚だったら、花瑠やトルネの話し声が二重になって耳に刺さり不快だ。

 今のところ起きていない。


 鮮明な食い物の味の共有、味覚と嗅覚を共有している事になる。辛味、痛覚も共有していると言う事は触覚も共有状態にある可能性が高い。


 人間がくすぐったいと言う部位、そこを撫でる様に触れる。さり気なくな。


「ん、な、なんか変です」


 反応は物足りない気もするが、自分でくすぐりをやった時の反応の範囲だ。


 次は性差で反応が異なるかだな。赤子に帰る場所、慎重かつ精細に絵筆でも使う様に蕩かす。


「ぁあっ?!」


 俺様にも伝わってくるぞ。実に倒錯的だ。


 繫殖の為に細胞単位で刻み込まれた悦び。


「んぅ」


 準ずるとしても一時凌ぎからもたらされる充足は、共有によって倍となるのか。


 慎重かつ精細なのは当然。熟達した淫魔の技巧は波状攻撃よりも鈍く、周到な革命に近いかもしれん。

 噂を流布し、同志を募り、拠点を始め武具や資材を手配し、できるだけ手練れた理想家の政治家を籠絡する。


「ぅう、ぅ」


 繰り返し。


 繰り返し。


 繰り返し。


「んぅう、あぁぁ」


 そろそろ革命が近いな。中枢の陥落はさぞ悦楽だろう。


 二倍だからな。


 酸味が舌を蹂躙してくる。


 馬鹿な。酸っぱい臭いで鼻が潰れそうだ。


 酢、飲酢だと。


 酢の入った瓶の底を上に向け、無理矢理一気に飲み干そうとしている花瑠。


 鼻が苦しい。喉がむせ上がる。マグマの噴火が易々と止められぬように、こいつは我慢できない。


「ゴホゴホッゴホッ」

「げほげほッげほォッ」


「ふ、さけやがって、なにをしやがる」


「それは、こっちのセリフですよ、変態魔王。なにしてくれちゃってんですか!!」


 オキシトシンの分泌は既に終わり、ノルアドレナリンか。動機くらいは説明してやるか。


「興味本位だ。感覚共有時に得られるオル―――」

「あーーー言わなくていいです!! 言わなくていいです!!」


 遮ってきたが、怒りを通り越して花瑠は呆れになった。根には持つとしても執拗に責め立ててくる事は無いだろう。


 一つ納得できぬのが。


「何故、俺様の邪魔をしたトルネ」


 花瑠自身が持つ偶像としての聖性を守らんとする矜持があったとしても、トルネが酢さえ持ってこなければ、最後まで検証できた筈だ。


「現代の倫理観に基づいての判断です」


 かつて蒐集(しゅうしゅう)の為に人間を殺した奴が倫理観を説くだと、ふざけやがって。協力云々なぞ知るか。是が非でも叩きのめしてやる。


「みっちー、やめてください」


 花瑠が立ちはだかってきた。邪魔立てしようものなら容赦はしない。


 向かおうとしているのに殺意が滾らぬ。


 トルネを庇いに立ち上がったものの、防御する術無し。負傷を恐れて浮かべる花瑠の涙に、この俺様が戦意を削がれただと。


 力が入れづらい。トルネへの怒りもどうでもよくなる。五感を超えているぞ。これも花瑠の感覚共有だと言うのか。


「んぬぅ」


 俺様は拳を下し、一歩退いた。


「もぉ、それでいいんですよ。ご飯食べましょー」


 花瑠がテーブルに着き食事を再開する。また口に食ってないものの味が広がっていく。


 ん、食事をする手を止めたぞ。


 下腹部から一点に集中しこみ上げてくる排泄の欲求。


 平然を装うと花瑠がハムをゆっくり咀嚼している。


 牛乳、中途半端な欲求の刺激、酢、急速に生理現象として現れた様だ。ほぼ一心同体である以上、俺様には筒抜けなのが分からぬのか。


「花瑠、漏らす前にトイレへ行け」


「ちょっ、食事中に何言ってんですか!!」


「誤魔化せんぞ、俺様が排泄したいと言う事は花瑠も排泄したい筈だ」


「なに言ってんですか。アイドルはトイレなんて行かないんですよ」


「飯を食う奴が糞尿しないわけないだろ。本物の天使になってからほざけ」


「えっ、天使ってトイレ行かなくていいんですか~。じゃあ、私トイレ行かないから天使ですね~」


 笑顔を作らせたまま放置しても良いのだが、そうはいかん。先の欲求は探求が勝っていたから衝動のままにしたまでの事。


 漏らしたら花瑠の自尊心は大きく傷つくのは確実だ。一日は精神的に塞ぎ込み、感覚共有した俺様にも悪影響を及ぼすだろう。


「分かった。これから俺様は用を足す」


「ちょっ、まって」


 焦って俺様を止めようとしているぞ。本来なら(いな)(びか)()(そく)(せき)を使ってトイレへ行ってもいいのに使っていない。慈悲を感じて貰いたいものだな。


「どうした、天使なのだろう?」


 上気しておる上気しておる。

 先の赤面と違わぬ嗜虐心をそそる顔だ。


「あーーーーーっ、トルネさーーーんっ、お願ぁいします、超能力でなんとかしてくださーーーい」


「どうにもできません」


 トルネに生理現象を打ち消す能力は無い。我慢によって生じる苦痛を緩和する事ならできるが。


「諦めてトイレに行け。俺様はどうにでもなる」


「ゃ、そうじゃなくて」


 ずいぶん消え入る様な声だな。

 体をくねらせ内股、尿意を誤魔化そうと無駄な動作が見られる。こうしている間に解放が刻一刻と我慢を上回るのは分かっている筈だ。


「なにが問題なのだ」


 俺様も厳しい状態にある。すぐに事を済ませたいが、冷静に花瑠に対応しなければ事態は悪化する。


「きかれたくないですーーーーーっッ!!」


 聞く。真っ赤になった花瑠は何が言いたいのか察する事ができない。


「だってトイレしたら、トイレするとこ。トイレするところが聞かれちゃうじゃないですか。見えちゃうじゃないですか。においかがれちゃうじゃないですか。絶対ヤですよーーーーー!!」


「だからどうした」


 一番共有する可能性が高いのは排泄の解放感だろう。


「変態さんはいいですよね気楽で。私はイヤですよッ」


「小便以外の事はせぬ」


「嘘つきッ!!」


 必死で天使とは程遠い修羅の顔だな。


「ちょっと前の事を忘れたなんて言わせません」


「誓う。トイレ以外の事をしたら、俺様が面倒で趣向を凝らした美味い菓子を作り振る舞ってやる」


「ほんとうですね」


 満面な笑みを見せて駆け出したぞ。出まかせで言った菓子でここまで動くとはな。

 もちろん倒錯行為をするつもりは無いから、菓子を作る義務も発生しないのだが。


「ペットボトルを出せ」


 トルネに急いで空のペットボトルを用意させ、俺様は風呂場へ急ぐ。


 ペットボトルを手刀で切り裂く。


 ようやく我慢から解放される。


 解放感も二倍だな。


 視界が一変する。


 出っ張った丸い塊、肉、胸か。


 この肌色はかなりの贅肉だな。修行していると言うのに腿の筋肉のつきが甘過ぎる。


「キャーーーーーーーーーーッッ!!」


 初心な花瑠の絶叫。共有している花瑠の視界が一気に天井を仰いだ。


 俺様と花瑠の視覚情報が入れ替わっている。


 とにかく、用は足した。完全無事とは言い難いだろうが。


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