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第五章 超能力習得修行

 テーブルに置いてあるプラスチックケース、装飾に鳶色(とびいろ)緞帳(どんちょう)を模した薄っぺらな紙をケースの内側の溝に差し込んでいる。


 重さは六十四グラム。


 重力加速度九点七九、気圧千九ヘクトパスカル、室内気温二十三度、湿度五十七パーセント。


 建物自体は堅牢、地形による脆弱性は無視。振動とその他の不確定要素に花瑠がいるが、俺様の修行を妨げぬようくぎを刺したので影響は最小限。


 横軸、縦軸、高さを零地点から動かせばいいのだ。


 零点六三、プラスチックケースを一センチ持ち上げろ。


 手で持ち上げるのではない。俺様の命令がプラスチックケースを持ち上げるのだ。


 微動だにしないか。


 別の思考を組み立てよう。


 風だ。大気圧を操り気流を起こして動かそう。


 面、空気をケースの面に合わせて持ち上げるのはどうだ。


 局所的に重力を取り払えば。


 プラスチックの原子を止め、抵抗を下げて浮かすか。


 (かく)なる上は手に相当するものを生成し―――


 プラスチックケースが宙に浮いた。


「花瑠!!」

「ごめんなさい」


 テーブルから三十センチ、ふわりとプラスチックケースを浮かしたのは花瑠だ。

 本来なら俺様の修行の邪魔をした奴を、怒号一つだけで済ますつもりはないのだが。


「だって、見てられないんですよ。ジーーーーーッとCDケースを睨みつけているだけなんですから。シュール通り越してホラーですよ。もっと効果ありそうなのにしたらどうですか?」


 屑め、己のいたたまれなさを盾にするとは。


「デバイスをいじって時間を浪費する暇があるなら、念動力から別の超能力が使えるように修行しろ」


「していいんならしてますよ。でもエーリッヒさんから、花瑠さんの今日の超能力のトレーニングはここまでにしましょうって言われているんですよ」


 トルネめ、今は修行を厳しくする時だ。時間が無いと分かっているにも関わらず生温い修行にしやがって。

 管理無しで超能力を下手に使って床を破壊するよりはマシだが。


 が。


「鍛錬しろ。どんな状況でも体力は必要だ」


「いやまーそうなんですけどね」


 俺様の言葉に正当性を感じるからか目を逸らしおって。


「どうして超能力が使えないのに、私が超能力を使ったってわかるんですか?」


 この質問は答えて良い質問だな。


「手応えが無かった」


 納得してないな。感覚で生きている癖に。


「だって、こう、なんか知らないけど無意識に超能力を使っちゃってたとか、あるじゃないですか」


「俺様はかつて手足同然に超能力を使っていた。髪にゴミが付いたのが分かるように、花瑠の腑抜けた気配が分かるように、あのプラスチックにどんな力を加え、どう作用しているのか、感覚としてわかるのだ」


「もし、その感覚が間違いだったらどうするんですか? 温かいが冷たいで、冷たいが温かいみたいに違っていたら?」


 自身の超能力の制御への不安にもかかっているな。


「誤差を観測したら誤差を考慮するまで。最適解は常に変化する」


 できないって言いたそうだ。が、口を(つぐ)んでいる。


「午前の修行、トルネの音楽を聞きながら念動力を使っていた時、何を考えていた?」


「お花見です」


「花見?」


 軽い入神(トラ)状態(ンス)中、そんな気楽な事を考えていたのか。


「お花見知らないんですか?」


「花を見ない酒盛りだろ」


「まぁ、間違ってはないですけど」


 花瑠は俺様の答えに不満があるようだ。それが真だと分かっているにも関わらず。


「えりえり、くまゆん、雅ちゃん、オリーちゃん、千笑里(ちえり)さん、ふじっち、それにみっちーと楽しくお花見していたんですよね~」


 ありもしない幻想に頬を緩ます事ができるとはな。


「来年はみんなでお花見しましょーよ」


「花畑が、このまま蛇に負けたら来年なんか無いぞ」


 現実を突きつけると、花瑠は涙ぐんだ目で見てくる。

 体は強張っているから夢はしぼんだな。


 修行を再開しよう。不確定要素が大きく減ったからな。捗る。


 プラスチックケースに意識を向ける。


「みっちー」


 超能力習得の修行の邪魔をした謝罪か。楽観極まる妄想をした愚かさを認めるか。


「歌っていいですか?」


 な。


「運動する気にはなれないんですけど、歌だけは練習したいなと思って」


 俺様が歌を嫌っているのを知っているからな。腫れ物を触る様に聞いてきた。

 先の仕返しではなく悲痛の緩和か。


「違うところで歌うなら構わん」


 俺様がそう言うと花瑠は離れて行った。


「トルネ」


 この場にはいないが、音の権能を持つトルネならマンションの一階層くらいの範囲の音を聞き取るのは容易だ。


「なんでしょうか」


「花瑠の歌が聞こえるか?」


「聞こえていますよ」


「どう思う?」


「良い歌ですね。ムラはありますが、人を惹きつける歌です」


 世辞は無し。客観的な評価だな。


「今の代行者共を超えられるか?」


「不可能とは言えませんが、とても可能性は低いでしょうね」


 少し淀みを感じる。今の見立ては花瑠の可能性に賭けたな。


「聞かせろ」


「直接聞きに行けばいいじゃないですか」


「音量は小さく調節し、それ以外はそのままにしろ」


 花瑠の歌が聞こえてくる。


 夢、未来。

 欠片に挫折。

 いつものつまらぬ詩。


 今の仲間を欠き、取り戻すのが絶望的な悲痛によって、俺様にはまだ聞きやすい歌になっている。


 稀にあった場への影響は感じない。


 眠くならず殺意が湧かない。


 脳が刺激され、変化が起きている可能性がある。

 俺様は超能力でプラスチックケースを浮かせようと試みたが浮く事は無かった。


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