第五章 浮遊
「ムっリですぅぅぅぅぅ」
己が愚鈍である事を顕示する叫びが騒々しい。
「黙れ。花瑠が習った範囲だ」
俺様と花瑠は打倒蛇の為に修行を始めた。花瑠の超能力は日替わりで、制御も不安定。
戦闘において心許ないが、使える超能力が一定していないという事は、ありとあらゆる超能力を使える可能性がある。
「なんで超能力のトレーニングが、よりによって、私の苦手な数学のお勉強なんですかーーーッッ」
勢いよく顔を近づけたところで所詮は小動物。牙ではなく涙を浮かべて、俺様の嗜虐心を煽りおる。
「超能力は宇宙の定理と同義。数学、科学は宇宙の定理の上澄み。数学、科学を極める事は超能力を極める事と同義」
俺様は花瑠より早く起きて、習ったであろう数学の問題を用意しておいた。問題の難易度を下げるのに心を砕いてやったのに、碌に解けず投げ出す始末。いっそ四則計算から解かせて能力を測るか。
「道男、合わないやり方は成長の芽を潰してしまいます」
トルネめ、花瑠を庇いよって。師の経験は奴の方が先んじているとはいえ、甘過ぎる。
「花瑠さんも、いくら騒いでも大丈夫なように私が結界を張っていますが、超能力を練習する為の体力は残してください」
「はーい」
花瑠には、トルネが新然代観測以前から存在していた超能力者だと言う事にしておいた。
昨日、俺様達をここまで案内するのに能力を使ったからな。新然代最高齢三十代説と矛盾しているのを騒がれずに済んだ。
トルネは生命線だ。常時能力で蛇の索敵を攪乱。有り余る財を使って衣食住の確保。超能力の習得と向上の師。役割は多い。
「ぬぅっ」
花瑠はテーブルに置いた気障な皿に情念を込めて手をかざしている。
小刻みに上下して振動する皿。花瑠の今日の超能力である念動力が作用している。
「むーーーっ」
花瑠の意地が重力を解放し、皿を勢いよく真上に吹き飛ばした。
真上から響く高音。気障な皿は天井やテーブルに激突して割れず、トルネが張った音が受け止めた。
「失敗だ」
「ハァ、ダメです」
「赤二百五十五、緑百九十二、青二百三、色相三百五十、彩度二十五、明度百、花瑠の好きな桃色だ。思い浮かべて命じろ」
花瑠の修行は、その日使える超能力を別の超能力にする事。念動力から、過去に使った物体の色を変えるを命題とした。
大した超能力ではないが、切り替えができる事に意義があるのだ。
「RGBで言われても、私コトショじゃないんですよ」
花瑠の感性に合わせるのは難儀だな。俺様は命令だが、どうやって行使している。
「それでしたら、私が花瑠さんの気分を上げて差し上げましょう」
「お願いします」
修行の内容は変えず、花瑠が集中しやすいようトルネが曲を奏でる。甘ったるい腑抜けた曲だったら殴って止めるとしよう。
日光が山間を照らし、微かな風が枝葉を揺らす。
越冬して活発な鳥と小動物。
食欲連鎖を感じさせぬ生温い自然。
つまらぬ曲と苛立つはずが苛立たない。ところどころ聞こえる不協和音に、泥濘から生き残れなかったものの怨嗟が染み出しているからだ。
一本の木が浮かんでくる。
放射状に大きく広がった枝に、薄桃色の花が大量に咲き乱れている。
桜、ソメイヨシノか。
地に足がついていない。皿どころかテーブルが浮遊し、俺様の体の自由が利かぬ。
俺様、トルネ、超能力を使っている花瑠が念動力によって浮遊している。
花瑠は目を閉じ、呑気に夢想している。超能力の制御ではなく解放をしおって。
「止めろ」
俺様の命令にトルネは従い、演奏を止める。
「ぇ、アレっ?!」
目を覚まし驚愕する花瑠。自身の想定よりも強力な念動力が発動しているからだろうな。
「どうすればいいんですか?」
トルネに催眠音楽でも流させて花瑠を制御するかと考えたが、それでは超能力の制御の訓練にはならん。なるべく分かりやすく言ってやるか。
「力を込めろ。俺様の言う事を聞け」
花瑠が優先すべきは、今使っている念動力の規模の維持、浮遊させられている俺様や物体の安定した着地。
花瑠が近づいてくる。なんだその大きい加速度は、俺様も引っ張られてしまう。
二つの大きい弾力が俺様の顔面に衝突する。
花瑠の小さな体に備わった大きい胸。
ゆっくり揉めるなら性欲の一端を満たせるのだが。
衝撃のみ。
なんの快楽も無い。
「ごめん」
今度は下に引っ張られる。オリヴィアの水の魔法を超える念動力の拘束で、俺様は身動きできない。
花瑠のスカートの中にある下着が見える。ちょうど見上げる位置に俺様はいるからな。
色は桃色か。凝ったレースの意匠は劣情をかき立てるのには十分だろう。
迫ってくる。肉感ある下半身が。
顔面と後頭部を同時に強打。
甘ったるいな。
俺様の意識はあるが、スカートと陰部、愛撫や嗜虐しがいのある駄肉に包まれている。
「キャーッ」
痴女の態勢となった花瑠が取り乱して念動力が強まる。
このままでは俺様の顔面が潰れる。
声はくぐもり、伝わったとしても聞く耳を持っているとは思えん。
獣の怒りに恥辱を内包した速い曲が流れてくる。
火に油を注ぐとは、ふざけやがって。
力が更に強まり、頭にヒビが入るかもしれん。
殺すつもりで覇道を使うか。
曲の速さが遅くなる。
あるところを最高点としたところで、曲がだんだんと遅くなっていく。
癒しが毒の様に染み、滑稽に流れてくる。
「ごめんなさい、みっちー」
念動力の拘束が終わった。
「早くどけ」
花瑠の超能力の修行は失敗だ。
まったく時間を無駄にしたわけではない。トルネが音楽で花瑠を操れば、その日使える超能力を別の超能力にできる可能性は高い。
「私は現場には行きませんよ」
心を読まれてはいない。トルネ自身、花瑠の超能力をコントロールするのが蛇に勝利できる最適解だと分かっているのだ。
戦いに駆り出したいが、音楽消滅手前まで重い腰を上げる事は無い。
花瑠の超能力の修行を終わりにして、切り替えの為に休息しよう。




