第四章 トルネ
久しぶりに書いたので文体が前と違うかもしれませんが、気が向いたら書いているかもしれません。
弦楽器の低音と管楽器の高音は喪失を奏でている。空を埋めるのと寝るのにちょうどいい。かつてみたいに眠れるというのは悪くない。
このまま永遠に眠るか。
小さく、小さく雑音が混じってくる。
まともな楽団の中に空き缶やオモチャのラッパを持ち込み、勝手に演奏を始めやがった。
甘い。
不安を虚飾の可愛さで飴細工にした耳障りな歌だ。
嫌な詩だ。男を惚れさせられぬ負け犬の。
「止めろ!!」
飛び起きた俺様は騒音源である音響機器を潰す。
男が俺様の前に立ちはだかる。
俺様はトルネごと音響機器を壊してやろうとしているのだが、拳は奴の作った重低音の壁によって阻まれている。
「シーッ」
軽い冗談を演出して諭そうとしているつもりなのだろうが、トルネの表情は蛇より乏しくつまらん。
「止めますとも。あなたを起こすには往年のアイドルナンバーが一番ですからな」
不愉快極まりない音が止まり静かになった。
「もう一度、クラシックを流せ」
「いえ、あなたの傷は十分癒えました。男同士の秘密の会話をするくらい余裕でしょう」
「いいだろう」
社会の上流の部屋だな。一目で置いてある調度品が高級に該当するのが分かる。俺様がさっきまで寝ていたソファの材質は牛革か。疲れない反発具合で、ベッドと同等かそれ以上の寝心地だった。
が。
「弱っている俺様がベッドではなくソファである理由はなんだ?」
この場に花瑠はいない。室内は照明を使用し、窓の景色は暗く建物群の光が見えるから、今は二十二時以降。疲労の度合いから推測するに別室で寝ているだろう。
負傷の度合いなら、俺様の方が明らかに酷かった。扱いが悪いと言いたくなる。
「それは、治療の優先と久しぶりにあなたとお話する為です。花瑠さんに聞かれては困る内容も多いですからね」
「いいだろう」
トルネから悪意は感じられない。言葉の通りと受け取ってやろう。
「お酒は出せませんが、チーズとハムはいかがでしょう」
高級な皿に載せられた高品質なハムとチーズを食いながら、俺様はトルネと久しぶりに話をする。
「そもそも貴様が生きているとは思わなかった」
「私から接触しないようにしていましたからね」
宇宙を滅ぼす前、最後にトルネに下した命令は「俺様が眠り続けられるように音楽を奏でろ」だった。
俺様が不在の新たな宇宙で、過去の命令を守る意味が無い。
俺様の復活を感知したとしても、馳せ参ずる理由がない。褒賞は何一つ与えず、心酔させる魅力も無く、ただ力だけで従えていたからな。力無き主に忠義を尽くすとは思わん。
「何曲作った?」
「人類が歌を意識しだした頃からですからね。数え切れませんよ」
「トルネが作曲した曲をあまり聞いた覚えが無い」
「第二の生では、あなた向けの曲を作らないようにしていましたからね」
「なにッ!!」
驚愕させられたぞ。
俺様が知る最高の音楽家が、俺様にとって価値ある曲を作るのをやめた。
いないと認識していた時は作る者がいないのだから致し方無いと割り切れたものだが、作るのをやめたと聞かされたら話は違う。
剥奪されたのと同義だ。俺様には当然で、片隅だとしても構成する要素であり、欠けてはならぬものが、作り手とはいえ一方的に取り上げてきたのだ。
「この時代にはたくさんの曲があるのはご存じでしょうか?」
「ほとんどが雑音だな」
愚かな問いだ。俺様がそう答えるのは分かっているはずだ。
表情こそ微動だにしてはいないが、トルネからは情緒の無い奴だと言う呆れと悲哀が感じられるな。
「私はあなたの仰る雑音が好きになっていたのです」
芯があるな。ただ年老いた顔からはっきりと力を感じることができる。
「あなたが眠れる曲を奏でる傍ら、あなたの嫌う音楽を長きにわたって聞いてきました」
確か人間が現れて五百万年。食物連鎖の世界から考えると、ずいぶんとうるさくなったものだな。
「最初は大したものではないと感じていましたが、時が経つにつれて洗練し、豊かになってゆく人間の音楽は目いや耳を聞き張るものです。特にこの時代の音楽は企業、市場に仕えながらも、実に自由で素晴らしい。たくさんの才能が輝こうとしている」
トルネは嗜好を語る人間と同じ興奮状態になっていやがる。雑音の仔細を聞かされる前に話題を逸らす。
「俺様に手を差し伸べた理由は何だ? 俺様との縁を切った貴様が、忠義や憐憫ではないだろう」
「あのウィルス、ヴィクシャスに一刻も早く退場してもらいたいだけです」
嘆息せぬようにしているが、俺様に話題を遮られた事による冷めた熱の中に、煩わしさと退屈を感じた。
「トルネが倒せばいいだろ。最盛期に比べれば、だいぶ衰えたものだが、蛇を凌いでいる」
俺様の指摘にトルネは先延ばしを選んだ。手を付けなかったチーズに手を付け、飴玉みたいに口で転がす。
チーズは溶け切った。
「あなたの見立てに間違いはないでしょう。ですが、私に戦いは性に合いません」
「戦わなければ、雑音は消える。蛇を放置すれば、知的生命体は全て永眠させられるぞ」
今の蛇は人間等の知的生命体の扇動だが、死を是とする否定する者である以上、最終的に死の情報を宇宙中にばら撒くのは容易に想像がつく。トルネの嗜好は満たせなくなる。
「その通りですね。その通り。ですが、私はヴィクシャスの攻撃とは相性が悪い。相打ちになるのはごめん被ります」
軟弱め、保身か。好きな雑音の為に体を張らんのか。
「申し上げますと、私が知るあなたでしたら、ヴィクシャスを一番倒したいのはあなたかと」
「そうだ。俺様が蛇を殺す。完膚なきまでにな」
俺様が今言った事に二言は無い。が、隠れ家を寄越しただけで協力したつもりにはさせん。蛇を倒す為にとことん利用してやる。
テーブルに壊れたデバイスを置く。
花瑠が雅とオリヴィアに戦わぬよう説得している間に拾っておいた。壊れていても無いよりはマシだ。
「戦わぬのなら黒い力を直せ」
「見たところ、私でも直せなくありませんが、肝心の素材がありません。花瑠さんのを使えば別ですが」
「論外だな。花瑠から力を奪えば、蛇を倒せる可能性は著しく下がる」
俺様の答えにトルネは予想通りの反応だと頷く。
「それでしたら、あなたと花瑠さんの戦力を向上する為のれ、修行をしましょう」
「そうだろうな、俺様は再び宇宙の定理を使えるようになる事、花瑠にも情報を無効化できるようにさせる必要がある」
問題は修行に充てられる時間だ。蛇の動向が鈍ければ鈍い程、俺様の勝率が上がる。早ければ、俺様達は滅び、最終的に宇宙は観測者不在による熱的死を迎える。
蛇の性格を推測すると、余裕があれば獲物を苦しめようと悠長だが。
「私の見立てですと、ヴィクシャスはあなたを倒す事を最優先とし、人間達に探させるでしょう。私の能力でしたら最低でも二週間は匿う事ができます」
低く見積もったつもりだろうが、二週間は楽観的だな。とは言え今すぐ蛇を倒せというわけではない。限りある時間を有効に使おうではないか。
孤独に引き裂いてくる震え、帰れぬ嘆きが残響となり、消えゆく無情の寒さが俺様を包み込む。
眠い。
「お体を休めて、明日からの修行に備えてください」
この救いの無さは真。楽観は冷め、灰となった恐怖が思考を鈍らせ、怨嗟が遠く聞こえる。
終わった戦場が心地良い。
格別だ。




