第四章 脱出
蛇から殺気を感じ視線をやると、俺様の方に手を伸ばしている。
動かねば、奴の手は光を放っている。止まっていたらビームを撃たれて致命傷を負わされるだろう。
体は重たいが無視。呼吸は荒いができる。
俺様は地面を蹴り後退。鈍った体を無理やり捻らせ、蛇の放った青いビームを回避した。
蛇がつまらなさそうに嘆息する。
戦う。一日中戦えぬ鈍った体だとしても、傷つき弱っていたとしても、黒い力を失ったとしても、蛇の底がまだ知れぬとも、蛇を殺すのだ。
ゆっくりと蛇が歩き出す。情報を撒いているのが分かる。
向かう先は俺様ではない。雅の傍で止まった。
「立ち上がりなさい」
冷然とした命令が下ると共に歌が聞こえてくる。
強者に立ち向かう勇壮さと、命を厭わない無謀さが合わさった歌により雅とオリヴィアは立ち上がった。
二人の体は回復などしていない。消耗したままだ。それでも立ち上がり戦闘態勢が取れるのは、蛇の情報だ。
戦えると脳を、魂を騙しているのだ。
「君の正義は僕を滅ぼすことだけど、二人を殺さないことも正義だろ?」
また俺様にだけ聞こえるように語りかけてきたか。
ぅうむ、面倒だ。今の状態で蛇だけ殺すのは厳しい。
雅が息を整え、飛び出せるよう腰を落とす。
オリヴィアからは恐れよりも、俺様を倒そうとする戦意を感じる。
あの歌はこれから死地に赴く為の賛歌だな。
ならば。
俺様は魂に鷹を浮かべる。大空を孤高に飛ぶ鷹。それは自由で何者にも屈さず、己が決めた高みを目指し飛び続ける。
三人殺す。
俺様は飛びかかる為、脚に力を入れる。
「参――」
「ストーーーーーッップ!!」
甲高い叫びと共に花瑠の姿が突然浮かび上がる。世界に溶け込む迷彩が解け、本来あるべき色と小さいが質量のある肉感を取り戻していく。
光を通し足音を消しただけではない。殺気も微塵に感じられなかった。五次元先の殺気を感じ取れる俺様に殺気を感じさせないとは、大した超能力だ。
「能村、さん?!」
雅とオリヴィアの反応は凡庸。
目を丸くして半口を開けている蛇の様はおもしろい。
「仲間同士で戦うなんておかしいですよ」
「仲間? 何を言っているんですか? 能村さんこそ否定する者を庇って」
花瑠が俺様の頭からつま先までを見てくる。敵に背を向け警戒心の欠片も無い。
「しかめっ面で、自信たっぷりの悪そうなお顔。どこからどう見ても、みっちーじゃないですか」
「安藤はエクスカリバーが厳重に拘束しています」
雅とオリヴィアの認識はそう書き換えられているのか。
「いますよ。ここに。ちゃんと。今も五千兆円の懸賞金がかかっています」
「五千兆円? 国家予算を大きく超えています。あんまりふざけた事を言うと怒りますよ」
花瑠が怒る雅を無視して俺様の方を向いた。蛇がいる以上、あまり隙を見せて欲しくないのだが。
「失礼します」
俺様に迫り何をするというのだ。馬鹿な発想を実行しようというものだろう。
花瑠が俺様の体を愛玩動物でも扱う様に気安く触ってくる。仮に「触るな」と言っても二人に正しく伝わるまい。
「無駄だ。やめておけ」
花瑠が触るのをやめる。文字通り無駄である事を察してくれたか。
「このままじゃ、みっちー死んじゃいますよ」
俺様を見上げる目が潤み、不安を露わにしている。花瑠も殺される可能性が上昇している事を自覚した方がいいな。
「花瑠、それ以上庇ったら攻撃する」
顔を隠す伸ばしっ放しの白い髪から覗く眼光が鋭い。オリヴィアは魔法陣こそ展開してはいないが、瞬時に魔法を発動できるだろう。
「ディートリヒさんの言う通り、これ以上は待てません。実力行使に出ます」
「みんな、あの人にだまされてます」
花瑠が堂々と蛇を指した。創作に出てくる探偵を意識していて鼻につくな。
「騙す? この人は否定する者に襲われていただけです」
雅とオリヴィアからすれば花瑠の言葉は戯言だ。ただの人間にしか見えないからな。
「あの人、手からビームを出しましたよ。それに、マグナ・ルズを着たみっちーとバトれたんだよ。普通に人間じゃないよ」
なるほど、俺様と蛇が戦っているのを映像で見ていたのか。
「安藤は知りません。でも、手からビームが出せるのは新然代だからです」
「それはおかしいです。新然代の最年長って確かアラサーだって、千笑里さん言ってました。どう見てもあの人、アラフォーですよ」
影森がエクスカリバーについて説明した時に、新然代が現れ始めた時期が三十年前だと言っていた。まさか花瑠がその事を覚えているとはな。
「失礼ながら、この人は四十代に見える三十代なだけです」
確かにそんな人間はいるが、詭弁としか言いようがない。
「雅ちゃん無理がありますよ。今すぐエクスカリバーにアクセスしてください。載ってない人ですよ」
悪手だな。認識を瞬時に書き換えられる存在だと知っていれば、こんな手は絶対打たん。知らぬ故、致し方ない。
雅がデバイスを取り出し、調べ始めた。オリヴィアもそれを覗き込んでいる。仮にも敵を前に悠長な事をしているのだが、自身の行動に疑問を抱けないのか。
拍手が聞こえてくる。芝居がかった嫌味ったらしい叩き方だ。
「君の正義は確かに否定した筈だったんだけど、まさかの復活と言うわけだ」
蛇が観測をやめて前進してきた。ウィルスを使わず、直接話しかけに行くとは、花瑠に興味を持ったか。
この間、蛇は花瑠を何度も情報で否定する者の姿に置き換えようとしたができなかったからな。
姿に音、気配を消すだけではなく、蛇に存在を置き換えられず、思考を侵されない。透明化を超えた能力は称賛に値する。
が、その能力では蛇の脅威にはなり得ない。自身を守るだけだからな。
「正義? なんのことです?」
「事務所から追い出せば、君は二度と立ち上がれないと思ったのだけどね」
軽々しく告げられる謀略、その意図。花瑠を沈黙させるのには十分だ。
「僕が手を回さなくても、どのみち君は事務所から追い出されていたよ」
花瑠の背中が震えている。偶像活動を断たれた怒りか、己の力不足を再び突き付けられた悲痛か。
それにしては違う感情が混じっているな。
「なぁんだ」
驚いたぞ。怒りよりも安堵の方が勝っているだと。
「つまりPをブッ飛ばしちゃえば、アイドルに戻れるんですね」
短絡だ。蛇を倒せば、この事態が収束するのは間違いないが、花瑠が偶像に返り咲けるかは分からぬ。
「アイドルが暴力なんて良くないなぁ」
「だって、人間じゃないじゃないですか」
「んー? 僕は芸能プロダクションのプロデューサーで、ごくごく普通の人間だよ」
わざとらしく自分を指し、蛇が人間だと言い出した。
「えりえりとくまゆんに超暗い歌を歌わせないでください。サンドちゃんも本当は明るい歌が良いんじゃないんですか?」
後ろで歌っているえりと隈の心配か。サンドこと代行者を気にかける必要はないがな。
「ねぇ、みんな」
花瑠を無視して蛇が同意を求めた。それが合図となり雅とオリヴィアが端末から目を離す。
「照合できました。大室正、二十九歳。新然代の分類は超能力型。きちんとエクスカリバーに登録されています」
蛇によって正統性を得た雅とオリヴィアが構える。
ウィルスによって花瑠が否定する者を庇う存在である認識が強まっている。
「ぇえ、雅ちゃん、オリーちゃん」
花瑠は対立する事に悲しみを覚えているが、俺様からすれば悲観する要素は無い。魔法で拘束していない時点で詰めが甘いのだ。
「花瑠、夏祭りだ」
「は、はいッ」
ぷれそっくすの護衛をする際、対人間や代行者を想定して、小細工とその効果を隠匿する為にあだ名を付ける取り決めをしていた。
花瑠も一応覚えているからすぐ動いたが、どこにしまったのかを忘れているのか、まごついていて目も当てられん。
「ありました!!」
見つけた事を堂々と告げる少し前から俺様は動いていた。少し休みはしたが効果は無く、体は重たいまま。心臓の位置から末端にかけて痛みが広がってくる。
閃光手榴弾を花瑠から奪い取り、誤作動しないよう重たくした引き金を引く。
「参る」
覇道獣操流・孤高の鷹奥義・天翔頂覇。
俺様は花瑠を抱えて跳躍、小細工は置き土産だ。
「キャァァァアアアアアアっっ!!」
閃光よりも花瑠の悲鳴よりも、もっと高く、風をつかむのだ。
ちょうど潮風が押してくる。
冷たく傷を疼かせる風によって飛ぶどころか落ちてしまう。
「このまま墜落なんてイヤですーーーッッ」
花瑠の泣き言は無視だ。
野垂れ死になどあってはならん。俺様は可能性を抱えて飛んでいるのだ。不格好でも痛みが意識を蝕んできても飛ばねば。
俺様は花瑠を抱えたまま蛇共が追跡できぬだろう距離まで飛んだ。
俺様は地面に点を決めた。そこに向かって着地をすると決めた。
鷹が地にいる獲物に急降下で襲う様に。鮮やかに地を滑るのだ。
落下突入角度は問題無し。本来なら意識する必要は無いのだが、不安定要素が多すぎる。
足で点を狩る。落下速度が速い。重心が偏る。荷物が暴れていないのが唯一の幸いか。力を振り絞り御するのだ。
足が地面に着く。このまま滑るのだ。
「グァッ」
脚が衝撃に耐えられない。倒れぬよう力を入れているのだが、体勢が崩れていく。
花瑠を俺様の正面に抱き寄せる。投げ飛ばしたいが、この状況ではひ弱な人間。
スキーと同様に転び負傷を軽減するのだ。
強い衝撃が尻に襲いかかる。更に半身を地に着ける事で、擦り剥けていく痛みに歯を食いしばらねばならんのだが、負傷を抑える最善手だ。
無様だ。死に損ないの鷹だ。戦いを放棄し、逃げを選択してここまでの負傷を負うとは情けなし。
「………大丈夫ですか?」
花瑠が倒れた俺様を見下ろしている。負傷はしているが立ち歩けているなら問題無いな。
「立てますか」
童を起こす様に手を差し出してきた。普段なら同情するなと言っているところだが、助け起こされる事を選ぶとしよう。
「お、おもい」
花瑠が引っ張るのに苦労している。立ち上がろうとしているのだが、ここまで体が動かないとは。
「これからどうするんですか?」
「隠れ家を見つけ次第、俺様は体の回復に充てる。その間花瑠は超能力の修行だ。そうしなければ、蛇を倒せん」
「ですけど………」
この先への不安で曇っているな。いくら阿呆でも二人だけで蛇を倒すのは厳しいと見るのは当然か。
「今の俺様は超能力を使えないが、花瑠や専門家気取りよりも超能力については詳しい。伸ばす事は可能だ」
自信をもって断言したが、あまり効果は無いようだ。それに、この場に長くは留まれない。誰かに嗅ぎつけられて襲撃されるわけにはいかんからな。せめて不安材料を一つでも取り除ければ、士気も上がるというものだ。
(―――ちお)
花瑠も気付いたようだ。
深い森の中にいるかと思わす落ち着いた声が、俺様の耳ではなく心に直接語りかけてくる。
(能村花瑠、お二人を私の家に匿いましょう)
「エーリッヒさんだ。みっちー、私達助かりますよ」
花瑠が安堵と期待で浮足立っている。本来なら都合が良すぎる話に疑心を抱くべきだが、どこの馬の骨とも知れぬ者からの援助ではない。俺様が知る最高の音楽家トルネからの申し出だからな。
「ああ、行こう」
「あっ、待った、私達エーリッヒさんのお家わかんないですよー、どうしよう」
風が吹き街路樹を揺らす。車や人が行きかう。雑多な店が商いをしている。様々な音から街の大まかな様子が浮かび、やがて仔細が分かってくる。
今いる場所からトルネの家までの道筋が頭の中を反響している。つまり迷うことがない。
「す、スゴいです!! こんな超能力があるなんて」
(私は家から動けません。道中あまり手助けできないので、そのつもりで)
ここからトルネの家まで徒歩だ。天翔頂覇は使えん。飛んでるところを見られるわけにはいかん。居所が割れるのは絶対に避けねばならん。
基本的な戦術として、俺様は一時的に隠れる場所を見つけて待機し、花瑠にある程度の範囲を偵察させる。進む距離よりも、誰にも遭遇しない事を優先して忍耐強く進んだ。
トルネの家は気取ったマンションの一番上にある。入口にある呼び鈴を鳴らせば、すぐ開いた。
監視はトルネの雑音で撹乱しているだろう。俺様と花瑠が通る道に誰も近づかぬようにしている。
扉を開けようと手を伸ばす。
開ける前に開いた。
「ぁぁ………」
つまらぬ男の顔だ。憐れみの目で俺様を見ていやがる。
気に喰わん。意識を失う前に見るのが中年の男の面だからじゃない。同情されるまで落ちぶれた事だ。




