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第四章 ヴィクシャスの舞台

 俺様はバイクに跨り宙を飛んでいた。眼下には蛇のウィルスで浮かされた群衆共がいる。

 大きい舞台が見える。群衆共に囲まれて地上からは見えなかったが、気障(きざ)な格好をした壮年の男つまり蛇がいる。


 俺様はバイクを足場にして舞台の方へ跳んだ。


 着地。後ろで爆発音が聞こえた。踏み台にしたバイクが地面に激突したからだな。巻き込まれた奴はいないから問題無い。


「おやおや、安藤道男ご本人の登場だ」


 蛇はおどけて余裕を見せている。


「カメラ、世間に何か言いたいことがあるんでしょうか。ぜひ一言いただきたい」

 あくまで人間の記者、論者を気取るつもりか。


「貴様を殺しに来た」


「殺害予告。まさかの私への殺害予告。皆さん聞きましたか、安藤道男、なんて危険な人物でしょう」


 群衆共が蛇に同意し、俺様に非難を浴びせてくる。

 俺様は少し腰を落とし構えを取る。


「参る」


「待ちたまえ」


 蛇が手を前に出し、俺様を制止しようとする。本来なら殺しに行くが、蛇に策があるかもしれんから飛び込まないでおこう。


「みなさん、私は安藤道男に殺されるかもしれません。それでも、私は逃げずに立ち向かおうと思います。逃げれば、あなた達が巻き込まれるかもしれないからです」


 何かと思ったら群衆共に支持を集めるだけか。


「私はあえてこう言います。逃げずに立ち向かいましょう。この一人の巨悪を我々の手で終わらせれば、あなた達の不安の種は一気に取り除かれます」


 欠伸が出る。奴が使える手はこの程度か。


「例え私が殺されたとしても、人々が悪に屈するわけではない。みな目の前で起こった理不尽に怒り、君に正義の鉄槌を下すだろう」


 蛇が群衆共に正義いや俺様を殺すよう仕向けるウィルスをばら撒いた。

 その証拠に愚かな群衆共は殺意を露わにし、いつでも向かって来れる状態にある。


「戦いましょう、一緒に」


 開戦を告げたか。約七千人も相手にするのは悪くないが、俺様が戦いたいのは蛇のみ。


 戦わずして勝つ。覇道の頂点を競っていた獅子は存在だけで他者を威圧し屈服させた。


 覇道(はどう)(じゅう)操流(そうりゅう)(れつ)(おう)たる獅子(しし)奥義(おうぎ)獅光天(しこうてん)(げん)


 体の大きさは足りぬが、全力で王たる獅子の殺気を放ち、群衆共を威圧する。

加えて根源たる恐怖を思い出させてやる。貴様等は宇宙の塵芥、取るに足らぬ夢の卑小物である事を。俺様が深淵を超えた闇で、魂を握り潰す者だと。


「どうした? 何故止まっている? 五千兆円が欲しくないのか? 平和になるんだぞ」


「臆病者だからだ」


「なにっ?!」


 ウィルスで群衆共の欲求を刺激し、高揚感を煽るならば、俺様はそれを上回る恐怖を与えて委縮させればいいだけだ。

 蛇は群衆共を操れぬ事に動揺しているだけで、一切恐怖していない。魂が強き存在か、死の恐怖を持たぬ存在に獅光天顕は通じない。


「こうなったら、私一人で戦うしかないな」


 腕を回し、大きく足を動かし、自分を強く見せようとしているのか。蛇の動きは大袈裟な三流芸人だ。


「さぁ、覚悟しろ。安藤道男」


 蛇が俺様を攻撃しようと飛び出す。


 走る速さは人並み。


「セェイッ」


 振りかぶりは大きく狙いは俺様の顔面。素人だ。


 試しに喰らってやるか。いや殺す。


 俺様は蛇の拳を避けながらデバイスを起動。黒い力を身に纏いながら身を低くし、がら空きの鳩尾に全力の突きを捻じ込んでやる。


 覇道(はどう)(じゅう)操流(そうりゅう)(れつ)(おう)たる獅子(しし)奥義(おうぎ)獅子烈(ししれっ)(けん)


「ゴワァーーー」


 変な叫びを上げながら蛇は吹っ飛んで床に叩きつけられた。


 受け身も取れていない。が。


 ぬらり。蛇は操り人形の如く立ち上がってみせた。


「痛いじゃないか。殺す気か?」


「当然だ。人間だったら風穴が空いてたぞ」


 全力の一撃に耐えられるくらいには頑丈か。蛇が大室正として最初に会った時に手を出していたら、殺された偽装をして、俺様をエクスカリバーや警察に拘束させる。その策を懸念して正解だったな。


「人間を演じる必要は無いだろ、蛇」


「蛇?」


 奴は考えている。この隙に全力で殺そうかと思ったが、何かしら否定する者の情報を引き出した方が有益か。


「蛇って僕のことね」


「そうだ」


 奴の認識が正しい事を肯定してやると、小さく笑いだした。


「さすがに蛇のまま君に殺されるのは嫌だな」


 蛇は大衆受けを狙った人間の演技をやめた。


「僕の名前はヴィクシャス。正義を否定する者ヴィクシャスだ」


 人の姿は擬態。その本質はどこまでいっても沼に住み着く蛇。

 虚飾の灰色がかった白き姿が俺様には見えるぞ。


「君の正義を否定しよう」


「正義だと、俺様に正義は無い」


「いや、あるでしょ。僕、僕達を否定、じゃなくて、根絶やしにする。それが君の正義」


「そうだな」


 正義の反対は別の正義と言う奴がいる。が、蛇はそれぞれが持つ欲望いや正義を虚飾()()情報(ルス)で刺激し、間違った道を正しいと思わせて破滅に導く。

 対立ではなく歪みこそが否定になる。


「正義を否定するなら、何故、否定する者の正義である死に(くみ)する?」


 存在意義の矛盾を突くと、また蛇は小さく笑った。


「死、つまり否定する者の正義は絶対だからね。僕が否定しようとしても、死は絶対だ。使命が終わった時、僕は否定されてしまう」

 使命か。それを言い訳に蘇ってくるとは都合がいい奴等だ。


「全知全能の否定者はどこだ?」


「わからない」


 嘘やウィルスが感じられん。始末して別の奴に聞くとしよう。が、その前に一言。


「貴様には礼を言っておこう」


「礼、どうして君が僕に感謝を?」


「この世界は下らぬ秩序に縛られ退屈で窮屈だ。そこに貴様が現れ、混沌状態を作り出した。おかげで人間共と戦う事ができて楽しかったぞ」


 武力ではなく政治力がものを言う構造は嫌いだ。欲望を薄っぺらな理性で覆うのも嫌いだ。とにかくこの下らぬ社会構造を一時でも破壊してくれたから、俺様には良い余興だった。


「困るなぁ、正義を否定する僕が君を喜ばせてしまうなんて、良くないことだ」


 蛇は頭を搔き悔しそうにしている。せっかく俺様が感謝を伝えてやったと言うのに。


「が、唯一気に入らんのは、それが否定する者の仕業だって事だな」


 今度は蛇の口が攻撃的に歪んだ。


「それは良かった」


 俺様と蛇が動いた。奴の身体能力に変化は見られない。


 蛇は遅く隙だらけだ。このまま滅ぼしてくれる。


 動くな。


 頭が痛いぞ。またウィルスか。


 止まれ、無駄、無抵抗、休戦、平和、休め、眠れ、悲しみ、静寂、この戦いに意味は無い、全ては否定される。


 蛇に殴られた。黒い力で防御が上がっているのに、痛みを感じる。見た目は壮年男だが、否定する者の雑魚くらいは力があるようだ。


「どうした、僕を否定するんじゃないのか?」


 体が重たく締め付けられる。熱こそ無いが、下手糞な蛇の徒手空拳が速く感じる。できるだけ少ない動きで攻撃を捌くのだ。


 ウィルスの発生源を侮っていた。かつては思考をかき乱されても簡単に対処できた。そもそも俺様の思考への侵入を許さなかった。


「おやおや、ここまで盗んだバイクで来たってわけじゃないだろ。さぞ、疲れたのではないのか?」


 だが、人間になって花瑠に思考への侵入を簡単に許した。それを察知できるし、追い出す事もできる。現に蛇のウィルスを感じる事ができる。が、まだまだ防御はなってないのだ。


「僕を殴ったり、蹴ったりして否定するんだろう? でもそれをしているのは君じゃない。僕だ」


 文字通り蛇になぶり殺されている獲物の気分だ。


 宇宙の定理。ウィルスを滅却し、侵入を許さぬ防御もできる。群衆と成り下がった者共の熱を冷ましてやれる。


 女々しい。今は無いのだ。


 動くな、止まれ、無力、無抵抗、服従、休戦、眠れ、悲しみ、茫然、静寂、無意味、戦う価値は無い、間違っている、否定は絶対に訪れる。


「下らん」


 殴られたが、殴らせたが正しい。


 計羅討凄(けいらとうせい)(りゅう)古武術(こぶじゅつ)(せい)(りゅう)()(ろく)木星(もくせい)(りゅう)(りん)不退(ふたい)


 受けてもいい箇所に攻撃を当てさせ、覇道の素人である蛇の油断を誘った。ここから反撃に転ず。


 計羅討凄(けいらとうせい)(りゅう)古武術(こぶじゅつ)(せい)(りゅう)(ろっ)(ぱく)金星(きんせい)逆鱗龍苛(げきりんりゅうか)


 逆鱗に触れられた龍の怒り。拳を突き上げて蛇を吹き飛ばす。


「ウッふゥ」


 肉体も魂も強い者が勝つのだ。勝つのはウィルスでも蛇でもない、俺様だ。


「参る」


 俺様は奴にトドメを刺す為に飛び出す。


 体が軽くなった。無様に転がった蛇を潰すのは象だな。


 覇道(はどう)(じゅう)操流(そうりゅう)(ふん)(げき)せし(ぞう)奥義(おうぎ)


「ライブは始まっている」


 歌だ。

 棘々しさを退廃と雑音で包み、鎮魂から虚無へと導かれ死に誘われる。


 踏み付けるどころか、立っているのがやっと。蛇のウィルスよりも強烈で、眠たくなる。


 人間に化けた代行者、えり、隈だ。群衆共と同じ目線で歌うとは思わなんだ。殺気を感じられなかったのはウィルスのせいだ。いや、感じていたとしても俺様の選択肢は蛇を潰すだったが。


「ふーンッ」


 無防備なところを殴られた。


「どうした、眠そうだな。世界的ヒットチャートナンバーワン、ギネス記録更新間違いなし」


さっきとは違い防御も取れん。攻撃を受け続けているにも関わらず、痛覚よりも眠気の方が勝っているのだ。


「今バズッているアイドルユニット、PRESOXの歌をS席で聞いているのに」


 蛇が見下し笑っていやがる。


「なァッ!!」


 強烈な蹴りだ。覇道には程遠いが、今までで一番良い蹴りを喰らってしまった。


 倒れるな、倒れるな、踏ん張り地に足をつけろ。グラつく体に芯を入れ、前にも後ろにも傾くわけにはいかん。


「いいんだよ、別に。寝ちゃったって。ほら、クラシックで寝る人がいるんでしょ。それと同じさ」


 今の俺様はサンドバッグ(砂袋)だ。蛇に殴られ、蹴られ放題だ。ウィルスの情報が眠りに関するものばかりになっていやがる。睡魔に襲われているのを隠せなかったのは致命的だった。


「ベイビー。お望みなら、最高の子守歌を彼女達に歌わせてあげよう」


「こと………わる」


 俺様が答えると蛇に顔面を殴られた。踏ん張れん。


「立ち上がるな、立ち上がるなよ、安藤道男」


 執拗に踏み付けられている。反撃したいが、代行者共の歌の心地良さが上回ってしまう。


「正義は否定される為にあるんだ」


 瞼が重い。今、きっと胎児の様な体勢で無様なんだろうな。


 あの歌は死だ。否定する者の在り方は気に入らんが、死を信奉する事に理解はできる。かつて俺様が眠り続けたのは、退屈で生きていたくなかったからだ。


 違う。


 今は面倒だと感じる事は多いが、退屈で眠り続けたいとは思っていない。


 敵がいる。一族だけで心中する事ができず、死をまき散らす事を正義とし、無理矢理生き続ける偽善者共。


 滅ぼす。


 俺様は奴等を滅ぼす為に戦うのだ。


 滾らせた殺意で瞼を押し上げる。見えてきたのは革靴の底。


「なっ?!」


 つかんだのは足首。起き抜けだが全力で握り潰してやろう。


「ぉオオオッ、なにをするッ」


「簡単だ。蛇に足はいらんだろう」

 俺様は鰐が獲物に喰らいつく様に足で足に組み付き、一気に体を捻らせ蛇を床に沈める。


「グォアアああああッッ」


 蛇が苦悶を上げながらジタバタ()()いている。

 これなら技をかけている途中で寝る心配は無いな。否定する者に骨なんて無いだろうが、たっぷり苦しませて足を粉砕してくれる。


「ぬアっ」


 蛇の足が潰れた。潰したのではない。切り捨てて拘束を脱したのだ。


 お互い立ち上がる。俺様は眠気でちと緩慢に。蛇は脚を再生させ人間の姿を取り繕う。


「ハァ、痛いじゃないか。てま、かけさせるなよ」


「自分の痛覚は消せない様だな」


「そっちこそ、無理するなよ。立っているのがやっとじゃないのか?」


 他人の感覚を操れても、自分の感覚は操れないみたいだ。


「出し物はそれだけか? それだけなら貴様を潰して終わりだ」


「できやしないさ。君の正義は否定されるのだから」


 向かってきたか。ならば、俺様も向かうとしよう。


 一歩踏み出して分かる体の重さ。常に眠気に襲われているのは変わりない。敵が迫って来るから起きていられる様なものだ。


「ツェェイッ」


 力の抜けるかけ声から繰り出される蛇の突き。避ける、弾く、つかみ投げる、普段なら選択肢は豊富にあるが、あえて受けてやる事にした。


 計羅討凄(けいらとうせい)(りゅう)古武術(こぶじゅつ)(せい)(りゅう)()(ろく)木星(もくせい)(りゅう)(りん)不退(ふたい)


 相手の攻撃を受けながら攻撃を続ける捨て身の心得。今、強烈な眠気でまともに体を動かせない俺様が使える覇道だ。


 俺様と蛇は防御を捨て殴り蹴り合った。

 痛くないと言えば嘘になるが、蛇を滅ぼす為だ。それに、美しき死の歌で眠らずに済むからな。


「いい加減に、寝ろ!!」


 睡眠、安眠、枕、休息、安心、安全、昼寝、シェスタ、日向、沈黙、静寂、棺桶、眠れ、無力だ、戦うな、諦めろ、全ては否定される。


 冷たく透き通る白き世界、宝石と化した虚無の光が燦然としている。


 良い(うた)だ。


 頬を殴られて意識が飛ぶ。




 敵が目の前にいる。

 殺すべき奴が目の前にいる。


「殺す」


 俺様は蛇に膝蹴りを放つ。


「ゴホぉッ」


 一、二と怯んでいる蛇に二発の拳を喰らわす。


「がはッ」


 吹っ飛んだ蛇にトドメを刺すのは覇道の奥義だな。体はちと怠いが、焦って中途半端な攻撃はせず、亀くらいの速さで接近し、確実に()ろう。


「助けてくれ」


 死を是とする否定する者が命乞いだと。ウィルスによって演技が真に迫ってはいるが、最初から殺すと決めた俺様には無意味だ。

 ならば、蛇は誰に助けを求めている。


「助けてくれぇー」


 真っ直ぐに狙い澄ます殺気を察知し、半身ずれる。直後にビームが通過していった。


 足元から冷えを感じる。地面にある青い魔法陣を見た時には水の縄が伸びてきて俺様は手足を拘束されてしまった。


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