表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/45

第四章 蛇

 興行から二日後、俺様と偶像三人は事務所のこぢんまりとした会議室に集まる事になった。


 緊張の静寂に包まれている。


 下らん話だろうから、俺様としては早く終われと思って長く感じるが、三人には違う。

 興行は失敗に終わり審判の時を待っている状態だ。


 えりと隈は今日まで直接会ってないから、どう感じて過ごしてきたかは知らん。失態を演じたわけではないから罰は軽いだろう。一番の懸念事項は偶像としての評判。これがどこまで落ちたかだ。


 この中で一番恐怖しているのは失態を演じた張本人である花瑠。

 この二日間、ただでさえ身に入らない勉強が上の空で、より身に入らなくなっていた。無駄な明るさは翳り、口数も無言に等しくなった。たぶん食う飯の量も減っただろう。


 欠伸が出る。偉い奴はまだか。


 臭うな。

 本当に臭う訳ではないのだが、うようよと蛭共が泳ぐ沼、底の方から蛇が浮上してくる。

 そんな気配をした奴が会議室に迫ってきている。


 コン


 コン


 扉を叩いてきただけで冷たく粘っこい気配に触られる。不快極まりない。


 扉が開いた。



 刃を向けてくる様な殺気。

 刃物になった腕を四本生やした否定する者だ。

 次元が歪む前兆を感じなかったぞ。


「ウワァァァッ」

「ヒェ」


 もう一体は入口側に現れ、恐怖した隈が真っ先に後退った。少し遅れてえりも逃げたが、綺麗さが三割減になっているな。


「こっち来んなー」


 花瑠が入り口側の腕四本に手を向けて大量の泡を放つ。

 次々と破裂する泡だが、腕四本の進行を遅らせるだけで足止めとしては弱い。


「キャーーーーー」

「たすけてー」


 隈が臆病なのは知っている。が、一緒になってえりも部屋の隅で恐々としている。戦士ではないが、度胸と賢さはある。それを感じられない。


「このーッ」


 刃物状になった腕を滅茶苦茶に振り回す腕四本に対し、花瑠は棒立ちのまま効き目の薄い泡を放ち続けている。


 花瑠は阿保だが、否定する者との戦いの修行と経験がある。自身の超能力が日替わりで、不安定である事を知っている。泡を放ちながら否定する者を牽制しつつ黒い力を使う筈だ。

 大きく違和感を覚えるのはえりと隈の盾になる様に動かない事。花瑠にも自己犠牲精神がある。なのに、その場から一歩も動かず効果の薄い攻撃をし続けている。


 俺様側にいる腕四本が間近に迫ってきている。

 このまま突っ立っていたら体中を切り刻まれて死ぬな。


 振り回してくる刃。

 肌に伝わってくる空気。

 殺気。


 そのどれもが沼臭い。


 刃が右肩と腕を斬ってくる。


 静寂たる闇を俺様の中心に据え、ゆらめく光を打ち払わん。


 右肩と腕は無事。蛇に絡みつかれた感触をちと感じた。


 所詮、幻覚だ。



 花瑠、えり、隈、三人が椅子に座っている。三人の気配に嘘が混じっていないから、幻覚は打ち破っただろう。


「初めまして、僕の名前は大室(おおむろ)(まさし)。藤川君に代わって新しく君達を担当するから、よろしくね」


 白板を使い自己紹介をした男。年は壮年、容姿や格好はなんか気障(きざ)だな。装飾品の材質と作りが妙に良い物を身に付けている。


 男の名前や風体はどうでもいい。人の皮の裏に人間と似て非なる異形を見た。

 こいつは沼に住み着く蛇。真実から程遠い虚飾の本質を感じる。

 否定する者だ。


 滅ぼす。


 俺様の足は飛び出せるように動いていた。


「この前のライブ、記録ですけど見させてもらいました。結果はお世辞にも成功とは言えませんでしたが、かなり可能性を感じましたよ」


 滅ぼせ。


 殺意が(たぎ)る。煮え滾る溶鉱炉の様にな。


 滅ぼす。


 ああ、滅ぼすべきだ。


 滅ぼせ。


 断る。燃焼材(ウィルス)如きが指図するな。


「安藤、道男さんでしたっけ。ボディガードを担当しているからなんでしょうけど、恐いな。そんなに睨まないでくださいよ」


 大室正の挑発的な笑み。


 こいつの正体は槍に絡みついた蛇、過去を否定する歯車がヴィクシャスと呼んでいた。

 かつて俺様が否定する者と戦っていた時に、雑魚を超新星爆発とブラックホールでまとめて滅ぼした事に後悔を感じるよう、情報でできたウィルスを使って促してきた。


「ノーコメントですか。まぁ、いいでしょう。用があるのは彼女達なのでね」


 白々しい。扉に入った瞬間、俺様に腕四本が襲撃してきた幻覚を見せて、えり、隈、花瑠を殺すよう仕向け。

 今度は蛇自ら襲われようと俺様の殺意を増幅しにかかっている。


 自制しろ。罠だ。無策で攻撃させる訳がない。

 黒い力を使用した全力の一撃にも余裕で耐えられる肉体を用意しているだろう。

 殺されたふりをして俺様を犯罪者に仕立て上げ、社会的に拘束する気だ。


 拘束は論外だが、逃亡も地獄だ。社会に頼らざるを得ない身の上に加え、エクスカリバーと敵対するからな。


 腑抜けた歌を聞かされているか、それ以上に精神を蝕まれる。殺意で熱くなる。飛び出さぬよう岩の様に耐えねばならん。


 が、ようやく否定する者が姿を現したのだ。


 ならば、この殺意を受け入れ、妄想の中で蛇を殺しまくって発散してやる。


 覇道による撲殺。手刀を使った斬殺。衝撃による外部と内部の崩壊。体を捩じ切る。蠍の奥義で毒も使えるようになったから苦痛を味わわせるのも良いな。いっそ暴虐(ぼうぎゃく)太陽(たいよう)で何もさせずに圧倒するか。


 宇宙の定理を取り戻せたら、雷渦巻く竜巻の中にぶち込むか。苦しめるなら超重力でじわじわと潰すのも悪くない。そうだ、奴の体に磁性を帯びさせて反発を起こし、金星いや太陽に吹っ飛ばしたら笑えるな。いや、奴の得意である精神に介入して魂を蹂躙する方が爽快だな。


 蛇をどう苦しめて殺すか。可能な限り鮮明に妄想した。


 楽しみだ。今は手も足も、口も出せないが、次に会う時は滅茶苦茶に潰してやる。


「えりえりの演技、見ましたよ。素晴らしい。正に主役を食っていた。今度から舞台のオーディションをバンバン受けましょう」


「ありがとう、ございます」


 蛇がえりを褒めているのが聞き取れるくらいまで殺意を抑え込んだぞ。

 褒められた本人は困惑と嬉しさが半々ってところか。


「くまゆん、君一人でクイズ番組に出ましょう。大丈夫、僕ががんばって捻じ込みます。手加減無し。ガチで答えて、見ている人を驚かしてやりましょう」


「ありがとうございます」


 隈が勢いよく立ち上がり頭を下げる。

 完全にこいつについていけば、金が儲かると思ったな。


 否定する者から肯定的な言葉を聞くとは思わなかった。

 本質的には虚無だから心にもない。


 だいぶ少ないが、二人にもウィルスを撒いている。えりは少々、隈には覿面(てきめん)か。


「バット、こんなに素晴らしいタレントがいるのに、ぷれそっくすにはアキレス腱がある」


 ここからが本題なのだろう、かなり芝居がかっている。蛇は詐欺師でも手本にしたのか。


「それは君だよ、能村花瑠。ぷれそっくすのアキレス腱は君だ」


 蛇に対する殺意以外、ウィルスは撒かれていない。

 この場にいる者は蛇と同意見だろう。名指しされた本人も自覚している。


「君はぷれそっくすからクビだ」


「ぇ」


 花瑠から絶望が漏れたな。


 無理も無い。告げた奴が否定する者とは言え、偶像にとってのエクスカリバーである事務所から道を断たれたからな。


「理由はこの前のミスじゃない。キッカケかな。能村さんは高校生でアイドル、その上、否定する者から人々を守るエクスカリバーの隊員。二足じゃなくて三足のわらじ。どれもできていないと評価せざるを得ない」


「でも」


 花瑠は反論しようとしたがやめた。できなかったが、正しいか。

 戦いにおいての価値は俺様でも評価し難い。が、テストで規定内の点数を取れるかと聞かれたら厳しい。偶像としての実力は三人の中で一番劣る。もちろん蛇のウィルスは関係無い。


「最近は東京に否定する者が集中している。停滞現象とタワー崩壊、市街地侵攻。それなのに増援は安藤さんだけかな。もし、戦っている最中にこの前のライブの様なミスなんてしたら、文字通り命取りだからね。それだけは絶対に避けたい」


 襲撃を指揮する立場の奴が命の心配をしているんだぞ。白々しさを通り越して笑えてくる。


「ぷれそっくすにもマイナスだ。得意不得意はしょうがないにしても、全体で見た時のパフォーマンスの差は明らかで、それを補う武器が無い。現にファンはいるが多くはなく、アイドルに興味の無い層に広がっていないし、『プロ』は見向きもしていない」


 蛇はプロフェッショナル、同じ道を行く者や批評家を強調する為にウィルスを使用した。花瑠が足を引っ張っているから、実力を保証する者が現れず、信者が増えにくいと言いたいようだ。


 ゆっくりと花瑠は立ち上がる。

 相手が否定する者とは知らんからな。己の偶像としての立場を守る為に、偉い奴を説得しようと弁論をする様だ。


「私は………みんなには、迷惑をかけてますけど、かけてますけど、追いつきます。練習時間を、もっと増やします。ダイエットも、んうん、体調だって気を付けますし、だから、ち、チャンスをください。お願いします」


 孤立する中、花瑠は震えた声で説得を試みた。

 頭を下げても感情論。学生、偶像、戦士、三つの道が中途半端以下と指摘されたにも関わらず、提示できたのは改善案とは程遠い。


「それは君の都合の押し付けじゃないかな。まぁ、熱意は伝わった。ここで二人の考えを聞いてみたい。もし、二人が残って欲しいと言うのなら、僕は考えを改めよう」


 僕を支持、賛成しろ。

 能村花瑠を切り捨てろ。


 目には見えないが、蛇はえりと隈にそんな情報(ウィルス)を撒いている。


「私は賛成です。むしろ遅すぎたくらいです」


 一番に開口したのはえりだ。強く冷然と切り捨てる様だな。


「もし、私に力があったら、迷わずエクスカリバー一本でやります。否定する者と戦える人はアイドルより少ないから。中途半端にやって仲間の足を引っ張る、誰かに怪我なんてさせたくない」


 花瑠のあり方への否定。元々溜まっていた憤りの一端がここで出たな。本当はもっと言いたい事があるだろうに。


「………ごめんなさい………………」


 えりは世話人だった藤川の怪我を花瑠のせいと考えているようだ。

 責められた本人も負い目を感じているのだろう心痛している。


「次、くまゆんの意見を聞こうかな」


 隈が改まった感じで花瑠を見ている。


「私とえりえりには戦う力は無いけど、はるちんには力がある。ふじっちの件はしょうがないけど、おかげでクイズの収録やライブができたんだよね。だから、その力でたくさんの人を助けてほしいかな」


 結果的には花瑠を外すのに賛成だが、感謝を感じる。


「ま、足を引っ張るメンバーがいなくなってくれて、大助かりなんですけどね」


 上げて落とすとは正にこの事。俺様に向けて言ったら、顎を粉砕してやるくらいには憎たらしい。


 が、どっちも本音だ。それは間違いない。


 蛇は少しだけ口を歪ませている。

 今も攻撃させようとしているが、俺様の意志がそれを上回り抑え込んでいる。


 えりと隈に働きかけ、花瑠の心を完膚なきまでに粉砕しようとしたが、思いのほか鋭くなかったからだな。


 共通してるのは、花瑠を偶像としては不適格だと見ているが、()然代(タリア)である事に対しての嫌悪は抱いていない。


「そろそろ覚めるんだね。元々、エクスカリバーのコネが無かったら書類落ちだったんだ。だいぶ良い夢が見れたんじゃないかな」


 コネ、向いてない、ヘタクソ、無能、オマケ、お荷物、なんでいるの、三流以下、ゴミ。


 悲しみ、嘲笑、孤立、疎外、無価値、絶望。


 蛇の放った言葉とウィルス、幾重もの悪意が花瑠の心を打ちのめす。


 上を向き、顔に力を入れて堪えているが、花瑠の目には目に涙が溜まっている。

 もしも今日の能力が心を守る能力だったら、蛇の思う通りにはならなかっただろう。


 扉の向こう。気配が突然現れた。新手か。


 扉を叩く音。殺気からして。


「失礼します」


「どうぞ」


 入ってきた女に俺様は思わず息を呑んだ。


 美しい。


 真っ直ぐに長い青白い髪、黄玉(トパーズ)の様な輝きを感じさせる瞳、艶美かつ可憐な顔立ち。万人の欲望と羨望を満たす姿態。完璧と言わざるを得ず完成している。


 奴は代行者だ。神秘的で底知れぬ雰囲気にウィルスで覆い隠したつもりだろうが、本質である人形の透き通った空虚さを満たす事はできない。


「キレイ」


 隈が見惚れている。桁外れの美しさが金への欲求に勝ったか。

 その上、花瑠の涙まで止めてしまうか。


「紹介しよう。ぷれそっくすの新しいメンバーだ」


「サンドラ・執行(しぎょう)・ドゥランです」


 友好、魅了、虚偽。


 代行者の声に蛇のウィルスが含んでいる。蛇に体の一部でも分けられたな。


「では、これからのPRESOX(ぷれそっくす)の話をしよう。エクスカリバーの二人にはご退席して貰おうか」


 今すぐ顔面を叩き潰したい。

 我慢だ。


「っ――」


 花瑠が会議室を飛び出した。

 道を断たれた悲しみに耐えられなくなったのだな。


 否定したとほくそ笑む奴を睨み、俺様も出ていく。


 しばらくは蛇の思い通りに事は運ぶだろう。偶像達を使って何を企てているかは知らんが、俺様はまだ自由に動ける。劣勢には立たされたが、最終的に勝つのは俺様だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ