第三章 俺様とアイドル(4)
「ゴリラ」
「不正解」
「浅草に行きたかった」
「ちがいまーす」
「ピタガラス」
「残念」
仕事は四日目。偶像が集まり知識量を競う娯楽の撮影。それにぷれそっくすが参加する。俺様は端で見守っている。
花瑠は果敢に問題に挑んではいるが、不正解、突拍子の無い答えが多かった。俺様にはただ間違っているだけに見えるが、他の人間が笑っているから娯楽的には問題無いのか。
えりは正解率こそ高かったが、早押しを制せなかった。
隈は正解したりしなかったり。
間違える時は花瑠とは違う感じがした。ある問題で答えがタピオカだったのだが、カエルの卵の写真が問題として出たら即座にタピオカと答えおった。
正解する時は誰よりも早かったな。
特に印象に残ったのは最終問題手前。今まで出た問題の中でも一番難しかったらしく場が静かになった。
「ゴルディアスの結び目」
答えたのは隈だ。拍手や歓声は無く、驚きの沈黙。進行の関心は娯楽としての観点だからだろうか得られなかった。
偶像達の知恵比べでぷれそっくすは六組の中で四位だった。
収録が終わった。三人は帰りの支度をするからすぐには出られない。故に暇だ。仮に否定する者が現れたとしても花瑠がいるから、俺様が来るまでは持つだろう。
廊下を歩いていると休む場所で男がパソコンを使用している。
画面に映っている『情報がもたらす人間への影響』なる資料が目に留まる。
程度は様々だが、ある情報を一度でも認識したら、その情報が人間の行動や思考に影響を及ぼす。
この世界は膨大な情報に溢れている。影響力の高い者の一声、高尚を装った旗印、欲望への訴求。程度や反応に差はあるが、人間は情報の影響を受けている。
当然だな。情報を取りこぼした事で生存が不利になるのは避けたいものだ。特に個人が抱く関心事を分析し、適切に訴求する広告。関心がある故に無視できず意識下に置いてしまう。
否定する者にいたな。蛇だ。槍に絡みついた蛇。それを思い出す。
居るだけでウィルスをばら撒き、感染した者の思考に影響を与えてくる奴だ。
俺様は男と話した。
男が俺様に気づいて資料を画面から消したからな。堂々と見せてもらう事にした。
男は大学に通っているらしく情報を研究している。
機械を埋め込まず生物をコンピューター化する。
将来的には病気の感染を防ぎ、生存競争に不利な因子を取り除けるようにする。知識を文字通り直接頭の中に入れる。果ては新然代になる事ができる。
楽屋や娯楽の撮影よりは面白い。手段の一つとしては有効だが試す気にはならんな。
もっと話を聞きたかったが、男は知恵比べに出るらしく切り上げとなった。
さて、物陰から俺様と男の話を盗み聞きしていた隈に声をかけるか。
「隈、俺様に何の用だ」
「いやー」
物陰から太々しく出てきよった。
「クイズ王とすぐ仲良くなれるって、すっごいコミュ力っスね安藤氏」
あの男が知恵比べの頂点だと。確かに賢いが、自分の理論を実現できていないのにか。それなら黒い力を調整する錬金術師の方が賢いだろう。
「しかも会話、研究者同士って感じで、情報レーザーの針でポアンカレをなぞればプログラムできるって。私だったら生体コンピューターってスゴイですね。でも、洗脳とかに使われそうで怖いですよねー。ってのが限界ですよ」
洗脳の恐れがある事を懸念するか。
「理論上は可能だ。情報を直接脳に入れるからな。指揮者に絶対忠実、筋せん――」
「そう言うのいいですから」
生物をコンピューター化する事に隈は興味があるのかと思ったら違うようだ。
「何故、偶像になった?」
「ぐ……ああ、いきなり直球ですね」
俺様から見ても隈は異端なのだ。楽して富を求めようとする傾向にある。その欲望はごく普通だ。ただ、不安定を極める芸能で富を集めようと思うのが不可解なのだ。
「安藤氏はお金に困ってます? まぁ、エクスカリバーに入っているから無さそうですよね」
「あったぞ。デバイスに四十円しか無くてな。たい焼きが買えなかった」
「なるほど、そりゃ困りましたね」
食い気味の相槌に含みを感じるが、無視するとしよう。
「十代で一番お金を稼げるのってアイドルなんですよね。いっぱいお仕事して有名になって、二十代半ばくらいになったら卒業。勉強してスタートアップして。有名ブランドとコラボしてアイテムを出す。とまぁ、プランがあるわけですよ」
「偶像は踏み台と言う訳か」
「全力でやりますって。今の私のブランド価値はまだまだですからね。正統派のえりえりを立てるナンバー2となって。ぷれそっくすが全国ツアーに行けるレベルを目指してるんですから」
先の知恵比べ。えりに比べれば正解数は少なかった。
偶像としての矜持は無く。得られるかもしれない莫大な名声と富をえりのコバンザメとなってつかもうとしている。
「あれで立てたつもりか。えりは知恵者として目立っているように見えなかったぞ」
「鋭い。思っていたより。正直、今日のクイズは事故りました。優秀枠のえりえりよりも更に優秀な娘がいましたからね。いやー、まいった、まいった」
では、この質問はどうだろう。
「花瑠の事はどう思っている?」
「そりゃ、大事なぷれそっくすのメンバーですよ。マスコットてきな。今日のクイズもおバカキャラで立っていたし、成功したかもしれませんね」
不意にした質問を当たり障りない受け答えでかわすか。
「安藤氏こそはるちんのことをどう思っています?」
「面白い奴だ。媚びを売ろうとしているし、偽善者だが、助けられた事もある。まぁ、仲間って奴に分類できるな」
隈が真顔になったな。すぐに愛想笑いを浮かべているが。
まさか、俺様が花瑠を高めに評価するとは思っていなかったのだろう。
「そう言うの、本人に言ってあげましょーよー。喜ぶと思いますよはるちん」
大袈裟に砕けた態度になったな。
「言いたいとは思わんな。これ以上、煩くなられるのは勘弁だ」
「ですよねー」
隈が戦略的に花瑠を不要だと考えているのが分かったぞ。
「安藤氏ってよく分かんないですよねー。頭が良いのか、中二病なのか、達人なのか、ヤベー奴なのか、将来は何になりたいんですか?」
「そんなもの無い。否定する者を滅ぼす。全力でな」
「バーサーカーにも程があるでしょ」
「隈、戦うなら全力で戦うんだな」
「やっぱヤベー奴」
隈が挑発的に舌を出す。俺様からの忠言が効いているようだな。
「とりあえず戻りますよ。上がる準備できたんで。まぁ、サボってたのは事務所にチクらないでおきますから」
貸しでも作った。隈が強かな笑みを浮かべた。
少なくとも隈は三人の中で灰汁が強いだけでなく頭が回るだろう。




