第三章 俺様とアイドル(3)
複数台のカメラ、長い棒もといマイク、過剰に明るい照明、盾であって盾でない板、娯楽を作る為に集まった大勢の人間。
娯楽の撮影ができるビルにいる。わざと荒らした事務所の様な場所、その隅に俺様はいる。
少しボロボロで浮世離れしそうな格好をしたえりが、少し年上の男と相対している。
男の方は軍服に流線系の装甲を取り付け、橙や白の派手な格好をしている。
「私にはこれが必要なの!!」
大きさはカード、デバイスよりは厚みのない板、それには異形の人型もとい正義の味方が描かれている。
それをえりが演じている役が主役をやっている男から奪ったと言う話だ。
その板が必要だ。
えりからはなりふり構わぬ気迫と果さなければならぬ悲痛を感じさせる。
「それは君が持っちゃいけない。君には使いこなせない」
主役の男はえりから板を取り戻そうと説得を試みている。
頑なな意思を動かせるかと言われたら一ミリも動かせまい。演技と分かる演技だ。
「仇を取ったら返す。それなら文句ないでしょ」
えりが主役の男から距離を取り、板を手放すまいと両手で隠している。涙まで光らせてみせるとはなかなかだな。
「カット」
監督と言う娯楽を作る中で偉い奴が撮影の終わりを告げる。
えりが特撮の俳優の仕事を得た。花瑠と隈も俳優になる為の選定を受けたが、選ばれなかった。
俺様はえりの護衛兼与力として遠くから見守っている。今のところ否定する者が出現する気配は無い。
「撮り直し?! どうしてですか」
えりと撮影する側で揉めているのが聞こえる。どうやら演技の差異を主役の男に合わせなければいけないらしい。
当然、えりは納得できない。何事にも高い質を求めているからな。
「ちょっと、マネージャー、止めなくていいんですか?」
撮影する人間からえりに妥協するよう説得しろと言われたが無視。
主役の男の裏には大きな会社があるようだ。故に監督共は、見栄えの良い大根を担がなければならない。
俺様にはどうでもいい事だ。それに。
「すいませんでした。監督の仰るとおりに演技させていただきます」
監督に頭を下げるえり。
我が強く質を高めようとするが、場を無視するような奴じゃない。
娯楽の見せ場の撮影。えり、主役の男とその仲間、敵対する怪物とその配下が入り乱れて戦う。
ふぅぅむ。明らかに間合いが遠いのに武器を振るう雑兵、その横をえりが突っ切る。
まぁ、えりは踊れはするが身を守る心得は無いからな。主役の男は演技している時よりはマシだな。
主役の男と交代して正義の味方の格好をしたのが出てきた。
なっ、正義の味方の動きが雑魚ではないか。当てたフリは戦いの真似事だから目を瞑るとして。打つ拳に力が入っておらず、胸を狙ったであろう蹴りは低く鋭さに欠ける。ただ突っ立ったまま銃を撃つだと。
「カット、はい、オッケー」
耳を疑った。あの監督、オッケーと言ったぞ。つまり子供だましにもなっていない質で娯楽になるのか。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」
大笑いしたのは俺様だ。えりや周りの人間共が見てくるが知るか。覇道の稽古を潰し、朝早くから半日かけて撮影したのは猿芝居。こんな質の低い娯楽が世に出回るわけだ。
「なにがおかしいんだ」
怒っておる、怒っておる、監督が俺様に怒鳴ってくる。
「こんなものが娯楽とはな。つまらんことこの上ない」
俺様はさっきまで戦いの撮影していた所へと歩を向ける。
「演技は知らん。が、取り直す前の方がマシな場面の方が多かったな。それよりも、戦闘。腑抜けている。妥協よりも酷い。手抜きだ」
「出てけ。なんだコイツは」
「現実を否認するなよ、監督」
「安藤、今すぐ監督に謝ってください。すいません、監督。この人、新人と言うか、その」
えりが取り繕うとするが無視。俺様は何も言わず監督を見据える。そろそろしびれを切らすだろう。
「コイツをつまみ出せ。それとコイツの事務所に電話」
「つまみ出せるものならつまみ出してみろ。そこの雑魚、役共に捕まったら追い出されてやるぞ」
「やれ」
雑魚役共が動く。近づいてくるが遅い。渋々、監督の命令に従って動くってところだ。
捕まえようと伸びてくる腕を避ける。
一本、二本。ただ人を増やしたところで無駄だ。
「なにしてんだ。相手は一人、ガキだぞ」
回り込む者、急突進する者、ようやく雑魚役共も俺様を捕まえようと本気になったか。
最初は体をそらすくらいにしたが、少しずつ動きに派手さを加えておいた。
俺様の批判に怒っていた監督は次第に興味へと傾いてきてるな。
「もういい、やめろ」
監督の一声で雑魚役共が止まる。
「安藤って言ったな」
監督は俺様を追い出さず、正義の味方の格好をしてくれないかと頼んできた。戦う場面が手抜きになった理由は、差し迫った日程と本来やるべき者が不在になってしまった為だ。
俺様は引き受けた。当たったと錯覚する寸止めをすれば良いだけの話。雑魚役共には殺す気で動いてもらった。そうでないと動きに差がありすぎるからな。
えりと主役の男が動くところも再び撮影した。戦闘こそできないが、身体能力はそれなりにあるからな。活かした方がいい。当然、動きは俺様が教えておいた。
撮影は予定より超過して夜になったが、その分マシな娯楽ができた。
ぷれそっくすの事務所から仕事先と揉めるな、やり方がメチャクチャだと言われたが、聞き流しておいた。
エクスカリバーのビルへ帰る為、俺様は薄暗い廊下を歩いていた。
「安藤さん」
「帰らないのか」
「私がいつ帰るかは自由だと思います」
事務所の偉い奴に呼び出されたのは俺様だけだ。えりにも多少の注意はあったが、すぐ済んで自由になった。
「ありがとうございます。カットされたシーンを使ってもらえるよう、説得してくれて」
嬉しそうだな。顔には出そうとしていないが、俺様への接近具合や声の弾みで分かる。
「撮り直す前の方がマシに見えたからだ」
「安藤さんが演技の良し悪しを語るなんて夢にも思いませんでしたよ」
皮肉は聞き流すとして、えりが少し笑っている。あどけなさと艶やかさが混ざり、なかなか悪くはないな。
まさか、礼を言う為に待っていたのか。ちょうどいい、聞きたい事を今ここで聞くか。
「えりは何故、ぐ、アイドルになりたいのだ?」
「そうですね。アイドルって見ている人を元気にするんですよ」
驚かされたぞ。
「すごい伝説的なアイドルがいて、私は元気をもらったんです。その人はもう引退しちゃったんですけど、私も元気をあげられたらなって」
楽しそうに憧憬を語っている。真剣で嘘を感じられない。えりの意識の高さは偶像としての建前ではなく、理想論者としてか。
「以前、花瑠も似た様な事を言っていた」
「私と花瑠は同じアイドルに憧れて事務所に入ったんです」
妙だな、なりたい理由を語るのとは違い、感情が読みづらくのっぺりしている。えりの全てを知っているわけではないが、普段は自分を綺麗、可愛く見せようとしている。
少なくとも負の感情を押し殺しているのは分かるぞ。
これ以上は聞くまい。えりが花瑠をどう思っているかなぞどうでもいい。
超能力、否定する者には関係無いからな。




