第三章 俺様とアイドル(2)
扉の向こうから多数の音が聞こえてくる。
甘ったるい速い拍子と指導の手拍子。揃っていない舞踏の足音。偶像の鍛錬か。
構わず扉を開ける。俺様が入ったところで鍛錬に支障は出ないだろう。
音楽が止まる。ちょうど一曲終わるところで来たようだ。このまま鍛錬を終えてくれるといいのだが。
「今日はこれで終わりです」
踊りの指導者がそれぞれに課題を告げて去っていった。
「お疲れ様です」
いち早くリーダーが俺様に挨拶してくる。疲れているのに疲れていない者にこの文句とは、社会の不自然な習慣だ。
「うわッ!! (マジで来たよ)」
灰汁が強い奴、こいつの不興を買うような事はした覚えはない。無いな。男嫌いって訳でも無いし、何故嫌がられる。
「いやぁ、お疲れ様です」
露骨にへつらってくるな。俺様が歓迎していないのを見破っているとは気付かず。
試すか。
俺様の眼前に何が起きたのか分かっていない愛想笑い。
灰汁が強い奴との距離をすり足で一気に詰めた。
「ウわぁッッ!!」
驚いて尻餅をついたぞ。滑稽だな。
「貴様を護衛するのは花瑠に任せよう」
「みっちー」
「ちょっと」
たかだか密着距離を侵したくらいで二人に非難されるとはな。
「安藤さん」
俺様から灰汁の強い奴を守るようにリーダーが間に入ってくる。
「ボディガード、マネージャーが担当するアイドルを威嚇するなんてありえません」
リーダーの睨みは剣みたいに鋭く、灼熱とまではいかないが火傷しそうな熱さ。否定する者はともかく、エクスカリバーに直談判できる度胸は感じられる。
「愛想を繕うからだ」
リーダーが俺様を見た後、立ち上がった灰汁が強い奴の方を見て嘆息する。
「隈さん」
リーダーの怒りの矛先が俺様ではなくなった。
灰汁が強い奴の名前は隈か。アイドルを管理する会社の資料を見て、作業やスケジュールを頭に入れたが、どうも名前は自己紹介されるまでは覚える気になれん。
「安藤さんに謝ってください」
リーダーが灰汁の強い奴こと隈を睨んでいる。謝罪をさせたいようだ。
「お断りですね」
「ほぉ」
不機嫌にしていて謝る気を一切感じない。前に花瑠をイタチと例えたが、隈の方がイタチだな。俺様はともかくリーダーを前に居直るとは、灰汁が強い奴と仮称していたが、なかなか灰汁が強くて面白い。
正直、こいつの謝罪はどうでもいい。だが、この場を収めるなら必要な事だ。故に俺様は腕を組んで促す。
「くまゆんっ」
浮遊した犬のぬいぐるみが隈の肩を叩く。
「素直にあやまりましょう」
花瑠め、念動力を使って無駄にぬいぐるみを浮かし、妙な声色を作り、マスコットを気取っている。
「いやぁ、ナイ、ナイ」
隈が笑っている。面白いのか、これが。
「はるちん。もうちょっと自然にやんないと、カワイくないかな~」
「えーッ、ダメ出し~。ここは素直にみっちーに謝ってくださいよ」
花瑠が不平を示すと、浮遊させている犬のぬいぐるみは隈をちと見下ろし飛びかかりそうにも見える。使い手の感情が見事に表れているな。
隈が俺様を見てくる。
「すい、ません、でした」
隈が一言謝罪した後、軽く頭を下げる。不承不承だな。俺様が謝りたくないのに謝った時と同じだな。
「隈さん」
俺様よりも納得していないのはリーダーだな。眉をひそめている。
「えりえり、ギスギスはダメだよ。アイドルは笑顔じゃなきゃ」
花瑠がリーダーに切言しているのだが、まだマスコットを気取る必要はあるのか。
リーダーは何も言い返さず、花瑠の行動に呆れたのか嘆息する。
「はるちんが正しい。ギスっててもしょうがないし。みんな、安藤さんにちゃんと自己紹介しよう」
ようやく自己紹介か。特にリーダー、こいつの名前が未だ分からん。少なくとも名前としてえりえりなんて言葉を口にしたくない。今だって単語が柔らかすぎて蕁麻疹が出そうだ。
「江里川みなみ。ファンや皆からはえりえりって呼ばれています。ぷれそっくすのリーダーをさせてもらっています。一緒に協力して、ファンの方達に満足してもらえるお仕事をしましょう」
ぷれそっくす。
チーム・ガラハッドの様な部隊の名前か。認識するのにどうも時間がかかる。アイドル共の情報には戸惑わされてばかりだ。
「えりだな」
「えりえり、それか名前のみなみでお願いします」
「断る」
「さっき協力しましょうって言いましたよね?」
「えり、この二文字だけで周囲は十分認識できる筈だ。故に俺様は呼び方を変える気は無い」
俺様がそう言うと、えりは嘆息するだけで、今までみたいに食い下がろうとはしない。
「みっちー、えりえりって呼んであげてください。『えり』なんて呼び捨てだし、ファンがそう呼ぶならオッケーですけど、とにかくカワイくないです」
花瑠に眉をひそめられたが理解できん。
「じゃ、私の番ですねー。中二にはイミフかもしんないですけど、やっときますかー」
隈が話に割り込んだ。中二は俺様の事だな。ついでに挑発しおって腹が立つな。
「くまゆーこ、くまゆう、略してくまゆん。よろしく、安藤氏―」
欠伸が出た。
脱力、力が入ってない事で何を狙っているのだ。とにかく、隈の自己紹介があまりにもだるいと感じた。
「ま、ヒットしないか」
何か攻撃でもしたのか。いいや、毒を受けた覚えもない。
「次は私ですねー」
花瑠か。
「いらん。前に見た。二人で十分だ」
「まぁまぁ、そう言わずに」
潰す。俺様の精神衛生を守る為だ。
「はぁーい、みっちー」
強烈に甘ったるい力の抜ける嬌声。両手の平を見せて、超能力でも使うつもりか。
「能村花瑠でーす。エクスカリバーの隊員、チーム・ガラハッドのメンバー。そしてー、ぷれそっくすのメンバー、ののえるでーす☆」
俺様が殴るよりも早く花瑠に自己紹介をされてしまった。身体能力では俺様が絶対的に勝るからな。隈と距離を詰める時よりもゆっくりしていた。否定する者を倒すつもりでやるべきだった。おかげで、殴る気は失せ、甘ったるさで吐き気がしてくる。
「ちょっと近いです。もしかして私がカワイ過ぎるからですか。いや~罪ですね~カワイ過ぎるって」
あざとい笑顔が向けられる。俺様の殺意を感じた上で、この生意気な台詞を吐いているのなら大したものだ。
「いや、それは無いでしょ」
「たぶん、さっき、くまゆんを威嚇した感じだと思う」
一瞬だが、再びえりに睨まれた。
俺様に抗議するよりも話を進める事を優先するみたいだ。
「最後は安藤さん。自己紹介してもらっていいですか」
「俺様の名前は安藤道男。否定する者を滅ぼす為に来た。しばらくは護衛と与力もやる」
自己紹介はこんなものだ。俺様からはそれ以上の事は言わなかった。無駄だからな。
隈からかなり質問された。
年齢はよくある質問だからよしとして。
創造主、大魔王、天地覇道超越究極武力王、雅と初めて会った時に押し倒した話、巨大化した花瑠の背中を走った話。奴の野卑な好奇心を満たしてやるのは不本意だが、事実は事実。長すぎず短すぎない程度に話した。
「やっぱ、ヤベー奴ッスね」
「言わなくていいから」
えりが隈を窘めると改まった様子で俺様の方を見てくる。何をさせるつもりだ。
「安藤さん、私達のパフォーマンスを見てアドバイスをください」
「断る」
「お願いします」
えりが深く頭を下げた。影森に偶像活動の制限を解いて欲しいと頼んだ時と同様に真剣だ。下げたくもない頭を下げて。そんなに偶像になりたいのか。
「俺様は覇道、この世界で言うところの格闘家だ。踊り、偶像もといアイドルの踊りについては門外漢だ」
「分かっています。安藤さんはただ強いだけではなく、様々な格闘術をマスターしている事も聞いています。なので畑は違うかもしれませんが、体の動き、動かし方については、私達以上の達人だと思っています」
断る。踊りを指南しろと言うことは、まず踊りの見本を見なくてはいけなくなる。見本に曲が流れているか、いないかは五分五分。奴らが踊る時は聞くに堪えん曲が確実に流れる。つまり最悪なのだ。
「安藤氏。えりえりは本気で安藤氏を見込んでるんですよ。私もまぁ休んだし、ここは、覇道の王にぜひご教授願いたいですね」
小馬鹿にしているが、俺様の方に少し寄っている。隈にも踊りを上達したいと言う意欲はありそうだな。
「二人ともみっちーが困ってます」
困っていると言うよりは思案になるな。
偶像共の狙いは俺様の知った事ではない。それに、聞くに堪えん曲を聞かされるのは花瑠の自己紹介並みか、それ以上に精神が汚染される。断る要素としては十分。
俺様が護衛を引き受けたのは花瑠の超能力の神髄、否定する者が偶像共に対して執拗に襲撃した理由を見つける為。
どんな些細な手がかりも逃す事はできない。つまり、えりの申し出は受けるに値する。俺様の精神衛生を犠牲にするとしてもだ。
「分かった。踊りの見本はあるか」
「ありがとうございます」
「おねがいしまーす」
「いいんですか? みっちー」
「構わん」
花瑠が心配そうに見てくる。俺様は歌が嫌いだと言う事を知っているからな。
小さい液晶で踊りの見本を見てみる。
ぅぅむ、嫌な音だ。甘ったるくて緩急が妙で耳障りな音。苛立ってくる。
歌詞、いや歌。三人の声ではなく、歌と踊りをつかみやすいよう仮で歌が入っている。これが酷い。少女性を賛美した下らん詩だ。小さい液晶を今すぐにでも叩き割りたくなる。
とりあえず踊りは把握した。歌と曲に殺意を覚えて集中しにくかったが、敵の動きを把握すると思えば、どうという事はない。
夢を抱いた少女が様々な視点からできぬできぬと言われ、少々の挫折に苦悩し、夢を抱えたまま道を進み続ける。これを踊りで表したみたいだ。
「見てもらっても大丈夫ですか?」
「構わない」
音楽が流れ、三人が踊りを始める。俺様から見て中央にえり、右後ろに隈、左後ろに花瑠を配している。
腕をあちこちに上げ、三人で場を時計回り。止まると踏みつける様な仕草をして批判する者を表している。
胸に手を当てたままにする事で苦悩を表し。腰を揺らし、手を空に向かって伸ばす等。あざとさ、少女性に重きを置いた動き。
えり。三人の中では一番実力がある。
今流れている耳障りな音と動きが正確に一致している。踊りの見本通りだな。ただ儀式ならともかく、娯楽性は無い。心の奥底にある頂点を隠そうとしても隠し切れていない。楽しませようとする鍍金だ。が、実力は本物だ。
隈。実力としては二番。きちんと踊っているように見えるが、信者に披露する訳では無い故に手を抜いているな。えりと比べて動作の機敏さや美しく見せようとする気概に欠けている。
とは言っても常に全力でやればいいというものでもない。勝負所で全力を発揮し結果を出せばいいからな。ある意味、賢いのだ。
花瑠は、ぅうむ、三人の中でも実力はとても劣る。黒い力があっても身体能力は低かったからな。生身じゃもっと低いか。辛うじてだ。辛うじてついていっている。そんなところだ。
赤点にならない為に勉強の方に重きを置き、否定する者の襲撃後の処理で、十分鍛錬できなかったからな。まぁ、追いつこうと懸命に喰らいついている。
集合。ぷれそっくすとして見た場合はまとまりが無くて美しさを感じない。
一人だけで踊るならともかく、集合の場合は統一性の有無が目立ってしまうからな。三人の技量がえりまでいければ理想的だが、それでは花瑠が厳しいだろう。せめて三人の技量を隈くらいに統一すれば、もう少し見れたものになるか。
「どうでしたか?」
真っ先に聞いてきたのはえり。あまり息を切らしていないな。隈もえりと同じだが、手を抜いていたから違う。
「そうだな」
俺様は三人の踊りを見て思った事を話した。
「安藤さんの目から見ても、やっぱり足りてないんですね」
「いやー、まぁ、これでも八十パーセントの力でやりましたよ」
いいや七十五パーセントだ。
「みっちーの言う通りですね」
花瑠は思っていたより体力は残っているが、二人に比べるとやはり劣る。黒い力に頼りすぎだな。
「えりえり、はるちん、そろそろ写真アップしません」
「いいね」
「やりましょうか」
隈が写真を撮ると言い出した。練習を記録するならともかく、終わった今。何を記録すると言うのだ。
ペットボトル、タオル、デバイス、花瑠が年動力で浮かした犬のぬいぐるみ。えりと隈が板張りの床に並べている。心なしか楽しそうにも見える。
「みっちー、私達の事を見てくれてありがとうございます」
真面目で誠意を感じさせる礼だな。
「どうした? 練習で疲れたか」
「茶化さないでください」
眉はあまりつり上がっておらず、頬もあまり膨らんでいないな。どうしたというのだ。
「音楽嫌なのに、平気だったんですか?」
「貴様は山積した問題に目を向けろ」
俺様の答えに花瑠は萎れたが、頼みを聞いた理由を話す必要は無い。
「はるちん、ちょっと来てー」
隈に呼ばれた花瑠は俺様から離れた。
三人で被写体の並べ方や撮影する角度、映像効果をああでもないこうでもないと議論している。
下らん。比率や数列的に見ても美しいとは思えん。それに記録する物が取るに足らん。踊りの練習に打ち込むか、休憩に充てる。今、俺様が思う有意義な時間の過ごし方はこの二つだろうに。
「安藤さん」
えりに呼ばれたので向かう事にした。
「次のお仕事は私達の写真を撮ってほしいです」
「何の意味がある」
「ファンのみなさんに私達の活動を発信したいんです」
渡されたデバイスで三人の写真を撮る。自然体を装っている集合にレンズを向けて、指一本で記録した。
見せてと言われたから見せると不満そうにしてきた。カワイくないとか、物足りないとか、自然体を記録しようとしているのにかなり人為的で矛盾している。
おかげで五分くらい記憶し直しをさせられ、面倒極まりなかったぞ。
腹が立つのは俺様が計算した美しい記録よりも、やる気が失せた状態で記録した方が選ばれた事だ。




