第二章 市街地戦後編
ビルの中は俺様が壊した壁以外も損傷している。物の散乱の様子からして否定する者、くちばしが侵入していたのだろう。
「みっちー、酷いです。いきなり投げ飛ばさないでくださいよ」
「文句を言うな。一人じゃ跳べんだろ」
「まぁ、そうですけど」
頬を膨らましているが、図星ではないか。
「だいたい、いきなり人を投げるなんてメチャクチャですよ。俺様が正しかったとしても、コンサルタント無しでやるのはダメです。恨み三割増しです」
胡散臭い助言師がどうして急に出てくる。
花瑠は文句を言いながら進んでいく。三角形を作る能力だけで索敵する能力は無い筈だ。あったら適切な場所に向かおうとするからな。性格的に俺様や他の奴に助力を仰ぐだろう。
「当てはあるんだろうな?」
「無いです。スマホ通じないんですよー」
混乱の中で平時の情報伝達手段は使えぬか。原因は否定する者だが、人間側の設備にも問題があるな。
「えりえり、くまゆん、ふじっちー。無事ですかー」
この階層にも人間の気配はある。だいたい二十以上、ほとんどが隠れていて、弱っている者もいるが、面倒が増えるから後回しだ。
「みっちーも呼びかけてください。えりえりー、くまゆーん、ふじっちー」
「断る」
花瑠が階段を上っているから無事を確かめたい奴は上なんだろう。
背後に突き刺そうとする気配が多数迫ってくる。空けた穴から入ってきたくちばし共だな。俺様は振り向きざまに風刃を放ち一掃する。
「みっちー、早く来てください」
急かしてくる事に少し苛立つが、俺様は階段を上り廊下を進んだ。
先を行く花瑠がドアを開ける。
よく見るとくちばしに貫通された形跡があるな。
それなりに広い部屋だな。
壁の一面が鏡になっている。裏側いや建物の外側からくちばしに貫通されて何か所も穴が空いているな。こんな大きい鏡を使うのはよほどの自己陶酔者か。
ツルツルしている床だったな。誰か戦ったのか。一部酸で溶けている。
「ふじっち」
花瑠が警棒を構えている男に呼びかけた。背は俺様より高く実直、堅物そうだ。
ふじの構えは半身を前に出し、攻撃よりも防御に寄っているな。
服が何か所か破れていて軽度の負傷が見られる。くちばしを何体か倒したのが分かる。
「花瑠さん?!」
「えりえりー、くまゆーん、無事で良かったですよー」
花瑠が能天気にアイドル仲間の無事を喜べるのは、ふじが警棒の使い手として二流より上の実力があるからだ。
その証拠に、アイドル仲間の二人は精神的な疲労以外は見受けられない。
「来てくれたのはありがたいですが………」
「大丈夫ですよ。外のデカイのは、ここにいるみっちーがなんとかしてくれますよ」
「無理だな」
「えーッ、ちょっと、ネガティブ禁止ですよ。できるって言ってくださいよ。いつもは余裕だなとか、かかって来いとか、貴様をブッ潰すってカッコつけてるじゃないですかー」
俺様の声質に寄せて愚弄するか。それよりも。
「花瑠、貴様の『なんとか』はビルを陣取っている芋虫を滅ぼすだけでなく、仲間や他の人間の生存も含まれている。この二つを達成するのは現状かなり厳しい」
「ぇえっ、でもでも、みっちー一人で走り屋さんを倒したじゃないですか」
「あれは――」
壁、鏡が割れて壊れる。
俺様は床を踏み抜かぬよう注意しつつ震脚を繰り出す。
発する衝撃で飛んでくる瓦礫からこの場にいる者達を守る。
アイドル仲間が酷く取り乱すと思ったが、少々驚いた程度であまりうるさくないな。
芋虫の体表、棘が生えてくる。
覇道森羅一体流・火烈怒峰の灼冠奥義・火岩連拳。
勢いよく噴火する火山、そこから飛び出す無数の火山弾。その様を奥義として俺様は体現する。
燃え上がる拳を打ちまくる。芋虫に次は撃たせん。炎の砲弾の掃射で見えるところを全て禿にしてから滅ぼしてやる。
覇道獣操流・新速に達する狩猟豹奥義・序・獣把抜走。
俺様は禿にした芋虫との距離を詰める為、チーターの加速力を体現した奥義を使う。
「みんな、ここは逃げましょう」
花瑠が足手まとい共を別の場所に移そうと動き出す。
廊下から多数の足音が聞こえてくる。急に湧いてきたな。嫌な予感がする。
覇道獣操流・新速に達する狩猟豹奥義・破・獣傾曲走。
足を上げ、入ってきたドアの方に体勢を傾ける。速く走るチーターが急旋回する様を体現する。
入ったドアと周りの壁が壊れる。腕四本と軟体動物が押し寄せてくる。
「にげるの中止」
花瑠達が足を止めて奥に後退しだす。
面倒だな。とりあえずこいつ等を弾にして芋虫にぶつけよう。俺様は手近な奴から無情投で飛ばす。
素早く、素早く、斬撃をかわし、光弾を受け流し、とにかくつかみ投げ飛ばす。それを連続で行う。修羅三千投だ。
「はぁ」
十体、腕四本と軟体動物を芋虫に向かって投げ飛ばしたが、棘がだいぶ生えてきているではないか。
黒い力の補助と普段の鍛練があっても三千投は疲れるな。
後ろから斬りかかってくる。来ると分かっているが、疲れて動けん。
黒い力で負傷は最小限に抑えられるが不愉快だ。押し返し、回し蹴りで倒しといた。
何も無いところに殺気が漂っている。五次元先からだな。代行者め、ここに兵力を集中させてくるか。
まだ来ぬ雑魚よりも芋虫だ。棘がだいぶ生えている。まずこれを潰す必要がある。
獣把抜走で芋虫との距離を詰め跳び蹴りだ。覇道の奥義で芋虫の内部に衝撃を与え滅ぼしてやる。
惑星は常に大地を生み出している。生み出すと動きが生じる。一か所で生まれているわけではないから大地と大地がぶつかる。それによって起こるのが地震。生じる衝撃波はなかなか強力だ。
覇道森羅一体流・荒金激土奥義・揺砦脚震撃。
棘が粒となって消えていく。俺様の蹴りが震源となって芋虫の内側に衝撃を伝播させてやった。
奴の棘つまりくちばしには尾がある。尾は球になっていて強酸を内包しているが、弱点でもある。そこに衝撃が伝わる事で壊れ、滅びる訳だ。
「やぁあッ」
ドアがあったところには雑魚が多数。花瑠が大きな三角形を投げて対処しているが、アイドル仲間を守るには心許ない。
面倒だな。心底面倒だ。否定する者の撃滅と思い入れの無い人間の生存無事。
獣把抜走で戻り、軟体動物が撃ち出す光弾を最優先で処理する。腕で払い、手近な奴を盾にする。
「花瑠、芋虫の方に盾を張れ」
「は、はい」
俺様は先と同じ戦法で芋虫の棘を処理する。投げた方が確実だが、疲労や隙を減らす為、殴りや蹴りで吹き飛ばしてもいる。軟体動物は球みたいに蹴りやすいからいいが、腕四本は人型だから届かない事もある。花瑠に防御させたのは不測の事態に備えてだ。
「いやぁ、大忙しだね、安藤君。実は広範囲に散らばっていた否定する者がいなくなってね。たぶん、君ん所に集中していると思うんだよね~」
忙しいと分かっているなら話しかけるな。俺様は続々と次元の歪みから現れる雑魚と芋虫の棘を適切に捌き続けねばならんのだぞ。
「あのおっきいのさぁ、トゲトゲ無限だと思う?」
「ならば、何を否定する者だ?」
「さぁ? 街を否定する者? 酸で溶かすし、見た目を否定する者とか」
棘、しかも生きとし生きる者を殺しにかかる存在を無限大に作れるとは思えん。否定する者が通常の物理法則を否定してるとは言え限度がある。
あの芋虫は雑魚の中でも頭一つ強い程度だ。雅達が倒した塔に巣食っていた奴、雑魚を寄り集めて作った奴だな。
芋虫に渾身の突きを放つ。内部に伝えた衝撃が広がり奴の棘を消滅させていく。このまま追い打ちしてやりたいが、次元の歪みがまた生じているのが分かる。また戻って雑魚退治か。代行者め、俺様につまらん根競べを仕掛けおって、絶対ただではおかんぞ。
獣把抜走で戻る。速さが落ちている。攻撃をかわすよりも受け流す頻度が増えている。棘ことくちばしを切り裂く風刃の距離も短い。疲労がだいぶきているな。
足手まといに心を砕くのが面倒だ。多少の怪我は致し方無しと力を抜きたくなるが、いい加減では殺られる可能性が大いにあるからな。完璧に守らざるを得ない。
「あーーーっ!!」
いきなり花瑠が大声を上げた。悲鳴じゃない。いったい何に驚いたのだ。
「どうした、赤点にでもなったか?」
「なってません。真ん中、光ってて、動いてます」
腕四本をどかして花瑠の発見の真偽を確認する。
芋虫の棘の数が減って穴の向こうが見える。背骨みたいな一本の芯が通っている。それ以外は空洞になっていて向こう側が見える。何かが光り、芯を沿うように素早く動いている。核、弱点だな。
「花瑠、あの光を狙え」
「わ、かりましたっ」
大きくない穴の向こう、素早く移動し続ける小さな核を狙う。芋虫の攻撃は薄くなったが、五次元先から出陣しようと待機している殺気がひしめいている。俺様なら戦いながらでもできるが、足手まといの命が散る可能性が高くなる。
この場で核を壊せる可能性が高いのは花瑠だ。三角形は破壊力こそ低いが、大きさを変えられるから穴を通しやすい。
「えいやッ」
「せいッ」
「やーッ」
花瑠は三角形を何度か投げた。穴を通らない、通ったが手応え無し、飛んできたくちばしへの攻撃、結論未だ芋虫は健在だ。
「ごめんなさい。見失いました」
弱点は下に移動した。影森が雅とオリヴィアに教えているだろうから、そっちで滅ぼしてくれるならそれでいい。
殺気が花瑠達のいる方に集中している。俺様は急ぎ向かう。
覇道森羅一体流・雷哮の終奏譴奥義・稲光る即跡。
次元の歪みが扇状に起こる。殺気からして機銃を背負った軟体動物が花瑠達に一斉射撃をする。
俺様は雷の如き速さで回り込み現れた軟体動物を蹴る、蹴る、蹴る、とにかく蹴り飛ばす。飛んできたくちばしも巻き沿いにしておいた。
また殺気。少し離れたところに次元の歪みが起きる。今度は腕四本が大勢か。
黒い力の補助を借りても長時間かつ奥義の乱発は堪えるな。花瑠達に近づけさせなければいいか。
刃を避け、反撃の一打。体勢を崩すか、突き飛ばす。花瑠達の方に近い奴は全力の一打で倒す。無駄に体力を使わず流れるように腕四本共を倒していくが、如何せん数が多い。
花瑠は三角形を作り集中しているな。
くちばしが飛んでくる。俺様は急ぎ腕四本をつかみ投げると、それよりも早く三角形が切り裂いた。
「しまった」
「狼狽えるな」
俺様の助言を聞かず花瑠が三角形を投げた。
核を見失うと慌ておって、少しすれば戻ってくるものを。
さっきくちばしに投げた時よりも軌道や威力も腑抜けていた。
「花瑠、核を狙うのに集中しろ。雑魚がまた湧いてくるだろうが、俺様が全て滅ぼす」
背中を斬りつけられた。話しながら戦うのもままならないとは情けなし。
「みっちー」
「問題無い」
斬られたと言っても強い衝撃が伝わってきただけだ。まだ力で押し返せる。
戦法は変わらず花瑠達に近づけさせない事を優先に腕四本共を倒していく。
腕四本の動きが鈍い。戦いの中で静寂を感じる。小さな三角形を投げようと構える花瑠からだ。
普段の人を腑抜けにさせようとする甘ったるさは無い。場を制す力強い気迫。否定する者だけでなく、俺様の動きが緩慢に感じるくらいの影響を与えている。
狙うは核。花瑠に散漫は無い。刃のように研ぎ澄まされた集中力は達人の域。
花瑠が腕を振り下ろし三角形を投げる。
真っ直ぐ。三角形が縦に回転しながら飛ぶ。
真っすぐ。余計な加速はせず。狙ったところへ。
光、芋虫の核が進んでくる。生体周期故に鈍くする事も早くする事もできない。
三角形が穴を通る。
核とぶつかる。
力の抜ける情けない悲鳴。
芋虫の巨体が粒子となって消滅しだす。
俺様もこの場にいる腕四本共を全て滅ぼした。
「やりましたー」
文字通り飛び跳ねて喜ぶとは無駄に元気だな。俺様は疲れたぞ。
「やりましたよ。えりえりー、くまゆーん、ふじっちー」
「ありがとう」
「ほんと、死ぬかと思った」
「ありがとうございます。花瑠さん」
エネルギー弾、水が噴出する音が聞こえる。空気を切り裂く音が複数。
残心する必要があるようだな。
芋虫が消滅してぽっかり空いた穴。そこに入り込んでくるくちばしが五匹。
俺様は床を踏みしめ構えを取る。
手刀を振り抜いて風刃を放つ。
くちばしを両断した。
「ウソでしょ」
アイドル仲間の誰かが狼狽える。
くちばし。
遅れて一匹が俺様達の方に飛んでくる。
腕が上がらん。足を動かそうにも呪縛に捕らわれた時よりも重い。
「私がッ!!」
花瑠が前めに出て三角形を投げる。
速く。
急造の三角形がくちばしへと迫る。
命中すれすれ。
咄嗟故の調整不足。
くちばしの否定しようとする本能。
三角形はくちばしを抉らず空を切る。
突き刺し、瓶が割れる様な音。
「グァアアアアアアアアアッッ」
ふじの叫び。くちばしによって肩口は抉れ、飛び散った酸によって腕をはじめ腹部や足が火傷している。
「そんな………………」
苦痛、悲鳴、放心、悔恨、求める助け。俺様を除いてみな酷く狼狽している。
俺様は通信でオリヴィアに連絡を取り、治癒ができるかどうかを確認する。否定する者との戦いで、魔力の量が大きく減っているらしく魔法は当てにできない。なので、今できる応急手当で急場を凌いだ。
「ごめん、ごめん、わたしのせいで」
どいつもこいつも冷静ではないからな。
まず耳障りだ。
止血はまだすんなりだった。そこら辺にある布を使えばいいからな。
「ちょっと、藤川さんをどうするつもりですか?」
持ち上げようとしたところでなんだ。
「火傷を水で清める」
「否定する者の酸に?!」
「何もしないよりマシだ」
それで睨んでいるつもりか。
俺様の知っている酸とは違うかもしれんが、ふじの応急手当はこれしかない。
まったく面倒だ。
男は重傷だが死にはしない。結果はともかく否定する者から助けたのだ。それでも、何もしなかったら雅から破門されかねないし、観察対象でもある花瑠との関係を悪くするのは損だ。
本当に面倒だ。
戦いは終わった。死者は出たみたいだが、大規模な都市侵攻である事を考慮すれば、まぁ少ない方だ。
先の戦いから一ヶ月間、否定する者は攻撃をしてこなかった。
代行者は俺様を否定するのではなく、大規模侵攻に方針転換したのか。いや、あの巨大芋虫は何故、花瑠のアイドル仲間がいるビルを攻撃したのだ。影森に聞いたら新然代はいないらしい。
優先順位の低い普通の人間がいるところを狙ったのは偶然か、何か意図があるのか。
ともかく花瑠の観察を続けるとしよう。
芋虫の核を破壊した時の集中力、俺様も影響を受けて感覚が鋭くなった。そこに花瑠の超能力の真髄があるかもしれん。




