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第一章 勉強会

 花瑠に勉強を教える。場所は食堂になった。


「はぁーーームリィィィ。もうなんなのかゴッチャゴチャだよーーーーーー」


 嘆息。


 大声で己の知能の低さを嘆き、頭を抱えているのが花瑠。


「諦めないでください。また一から教えますから」


 桃色の髪を左右二つに分け、どちらかと言えば可愛らしいに分類される顔立ちをしている。小動物を思わせるのだが、豊かな胸をしている。まさか、脳に行く筈の栄養がと思ったが、宇宙の定理に設定されていないのでそれはないか。


「ぬぅぅぅーーー」


 雅が花瑠に勉強を教えてから十五分。俺様はその間、干渉せず観測に徹した。

 雅の教え方は、俺様に覇道を教える時よりも丁寧で噛み砕こうと努力していた。


 理不尽だ。

 雅にじゃない。

 何故、簡単な数式一つ解くのに難儀し、頭を抱えている花瑠が宇宙の定理もとい超能力を使えるのだ。


 行使こそできないが、俺様の頭の中には宇宙の定理が全て入っている。

 いったい花瑠はどの脳領域が発達していると言うのだ。

 医療記録を見た方がいいな。


 勉強を始めて三十分。


「ぐはぁー、ぎぶあっぷ、ギブアップを要求します。雅ちゃん」


「ダメです。このままでは赤点を回避できません。追試になったら更に大変ですよ」


「べんきょうはしますよ。でも、教科をチェンジです。数学なんて何の役に立つんですか。因数分解やルートって、いつ使うんですか」


「宇宙の定理の一端だ」


 聞き捨てならんから口を出した。


「うちゅうのていり?」


「この宇宙を構成する法則、貴様の超能力だ」


 話をやめさせようと雅がパンパンと手を大きく叩く。


「これ以上の雑談は時間の無駄です。勉強を続けます」


「はーい」


「安藤も邪魔だけはしないでください」


「フッ」


 詰め寄り睨んできたのを鼻で笑っておいた。

 雅め。勉強を教えると意気込んだものの、成果を感じられず焦っているのが分かるぞ。


「そうですね。気分を変えて別の科目にしましょう」



「ふぁー。休憩、休憩にしましょう」


 勉強を始めて一時間が経過。

 花瑠がテーブルに突っ伏す。溶けて無くなりそうな様だから寝そうだな。


「ちょっとだけですよ」


 観測を続けた結果、花瑠は本当に勉強ができないみたいだ。本人は真面目にやっているが、基礎の欠落が著しい。


「ココアおいし~」


 切り替えが早い。

 満面の笑みで飲んでいるから寝る気は無いな。


「はぁ」


 雅はどっと疲れが出ているな。


「ごめんね、雅ちゃん。私から頼んでいるのに、こんなおバカで」


「いえ、私がもう少し能村さんに分かりやすく教える事ができれば」


 無理だな。教本の枠にはまった雅では、頭に妖精でも飼っている花瑠の感性に合わせるのは困難だ。

 俺様だったら五分で匙を投げたぞ。


「今更なんですけど、どうして、みっちーはここにいるんですか? 冷やかしですか?」


「それについては私も同感です」


 二人の興味が俺様にいった。今、正直に答えてやる義理はない。


「暇潰しだ」


「邪魔しなかっただけいいですけど、約束は守ってほしいですね」


「約束?」


「安藤が能村さんに勉強を教えるって言ったんです。だから、ここに連れてきました」


「雅が勉強を教えるのを見て、俺様だったら三分で匙を投げると判断した。故に傍観に徹した」


「いくら私がアホだからって、ヒドくないですか」


「阿呆ではないか」


 俺様が厳然たる事実を告げると花瑠が落胆しテーブルに突っ伏した。


「どうせ、私はアホですよ。いいですよね~。寝てても学年トップクラスになれちゃうんですもん。チートですよ。世の中不平等です。格差社会です」


 負け小動物の呪詛だな。更にどんな暴言を吐くか聞いてやるのも悪くない。


「安心してください、能村さん。確かに安藤の成績は優秀ですけど、苦手な科目もあるんですよ」


 雅め。約束を反故にしたのと成績への嫉妬から、俺様の名誉を下げようとしてきたか。


「本当ですか!!」


 俺様に弱点があると分かった途端、花瑠が水を得た様に活力を取り戻した。

 忙しい奴だな。まぁ、これを弱点とは思わんが。


「音楽や美術ですね。家庭科もですけど」


「んー、みっちーの歌声ってイマイチ想像できないですもんね」


「先生が頼むから歌わないでくれと仰っていましたね」


「本当なんですか?」


 花瑠が俺様を見てくる。それこそ別次元でも見ている様な、信じられんと言いたげに。


「歌は嫌いなのだ。歌うのも聞くのも」


 無言か。

 馬鹿にすると言うより憐れんだ上目遣いだな。気に入らん。


「歌と言うよりは音楽そのものが嫌いに思います。聞いたらすぐ寝てしまいますし」


「クラシックは好きだぞ。よく寝れる」


「授業中に寝ないでください」


「俺様が寝ている時に聞いていた曲と似ているのだ。致し方あるまい」


 人間の音楽は明るすぎて腑抜けている。それでもクラシックは、かつて俺様が寝ていた時に聞いていた曲に近い。

 憤怒、憎悪、恐怖、絶望、虚無、悲哀、狂気、負の感情がもっと込められていれば、良い眠りにつけるのだが。


「みっちーの絵、見てみたいです」


「やめた方がいいですよ」


「描いて欲しいのか」


「はい、カワイくお願いします」


 期待と興味、無駄に眩しい笑顔と主張で俺様に頼んでくる。


「ん、オホン、休憩時間はこれで終わりです」


 雅が露骨に本来のやるべき事をしろと咳払いしてくる。


「いいだろう。どうせ暇だ。勉強でもなんでもするがいい」



「ンギャァァァアアアアアア」


 花瑠の『叫び』に俺様は耳を塞いだ。


「なんなんですか!! これが私なんてヒド過ぎますよ。ののえるじゃなくて、怨念オブ怨念の地獄絵図じゃないですか。小さい子いや、普通にトラウマになっちゃうじゃないですか。みっちーから見た私は、天使や人間じゃなくて、グロ注意のモンスターなんですか!!」


 機関銃の如き抗議。俺様はカワイく描くとは言っていないのだ。勝手に理想を膨らませた花瑠が悪い。

 それに久しぶりに聞いたぞ『ののえる』と天使を自称するの。


「大丈夫です。能村さんは可愛いです。私も美術の時間に描いてもらったら、あんな感じになりました。その日は夢に出ましたよ」


「うわぁ………被害者なんですね」


「被害だと、俺様が描いた絵を見て、勝手に心が傷ついたといちゃもんをつけているだけではないか」


「すごい冒涜的」


 ぼそりとした声。オリヴィアか。

 俺様を含む四人の中では一番背が高く華奢、伸ばしっ放しの髪で顔を隠し、ずっと自室に引き籠もっている。

 水の魔法が得意で、以前、俺様の力に興味があると言っていた。しかし、絵を見たところで何も分からんぞ。


「オリーちゃん、みっちーの絵見たんですよね。このグロ注意、私なんですよ。超絶酷いですよね? ね?」


 花瑠が俺様を悪者に仕立てようと、オリヴィアに同意しろと圧をかけている。


「人間の根源的な醜悪さとそれを上塗りする虚飾の余白、嵐の様に混沌とした精神構造、決して満たされる事のない連鎖的な絶望―――」


「それってつまり?」


「素晴らしいわ」


「エーッ、もういいですよ」


 同意する者が雅だけでは物足りず、花瑠が不貞腐れる。魔法使いであるオリヴィアに聞いたのが間違いだったな。


「納得がいきません。もう一度描いてください」


「同じになるぞ」


「納得できないんですよ。なんか、こう、上手いのにわざと崩してるっていうか、とにかく描いてるところが見たいです」


「勉強しなくていいのか」


「そうですよ。このままじゃテストに間に合いません」


「みっちーが描き終わったら勉強します」


 花瑠が俺様を凝視してくる。強い決意だな。

 雅も見てくる。その気になれば、力ずくで花瑠に勉強させる事はできるだろうが、それをせず。もう一度俺様に描けと。


 別に見られたところで問題無いし、暇だし、やってやるか。


「わかった」


「早く済ませてください。勉強にならないので」


 雅の言う事は無視。人間の俺様では同じ絵になる精度は九十九パーセント。描く速さにもバラつきが出る。


 ほわほわ、ふにゅふにゅ、腑抜けた小動物を人間の顔にする。丸いが丸すぎない輪郭、はっきりした瞼をはじめ、多少なりとも庇護したくなる雰囲気を各部分に施していく。

 顔が終わったら二つに分けた髪。その次に首から下、胸像の範囲までを描く。


 だいたい花瑠はののえると天使を自称するが、天使なんて天使ではないのだ。現に俺様が見た奴らは傲慢と無知が翼を生やしている様なものだ。

 生きとし生きる者。その本質は欲深で邪悪。美しいだけの虚飾を破壊し、本来あるべき姿を再現す。


「ストーップ!!」


 嘆息。

 側にいる花瑠がうるさかったからシャープペンシルを止めた。ここからだと言うのに。


「どうして盛ろうとしてるんですか?」


「盛る? 俺様は毒なぞ所持しておらんぞ」


「ぇえっと、えー、どうして、よけいな線を引こうとするんですか?」


「余計とは無粋だな」


「よけいです。超イイ感じのカワイイ私なのに、台無しにしちゃう線を引こうとしてましたよね」


「絵の完成は俺様が決める。口出しするな」


 俺様がそう言うと花瑠は「ぅぅ」と悔しそうに観念する。自己の満足を優先する為に完成途中の略奪等の抵抗も予想したが、あっさり引き下がった。

 さて、続きでも書くとしよう。今度は先の悲哀でも加えるか。


「みっちー」


 描くのをやめろではないな。恐れの感情はあるが、その正体は分からん。確実なのは俺様から何かを問うつもりだな。


「音楽と絵ならどっちが好きですか?」


 この問いならすぐ答えられる。


「絵だ。俺様は音楽が嫌いだ」


「それって音痴だって言われるからですか?」


「違うな。音楽そのものが嫌いだ」


「そうですか」


 声が弱々しい。俺様の答えに花瑠は衝撃を受けたようだ。

 そう言えば、アイドルは信者(ファン)を増やす為に歌うからな。ほんのちょっとでも俺様に可能性があるかを確かめたかったのだろう。


 花瑠が勉強を再開している。


 音楽は嫌いだ。


 俺様が弱体化する前、クラシックに似て非なる曲を聞きながら寝ていた。人間に弱体化してからは寝る時に使った事は無い。


 俺様の夢には様々な事象が映った。会話をはじめとする音も含む。クラシックならまだ良いが、ある一定の時代から友情に色恋だの綺麗事を高らかに賛美しながら、その実聞く者を魅了し腑抜けにしてやらんと下心を歌うのだ。無駄に媚びた高い声で。


 絵ができたな。

 先の絵とは違い、花瑠を描くと言うより、俺様の音楽への怒りがだいぶ籠められてしまったな。

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