エピローグ 止まらない世界
俺様はⅩRトレーニングルームで体の調子を確かめていた。まさか速い奴を倒して二日も寝ていたとは、我ながら情けない。
さて準備運動は終わりだ。
駆け出し、ある程度助走をつけたら跳ぶ。
覇道獣操流・孤高の鷹奥義・天翔頂覇。
天井スレスレで一気に体勢を傾ける。高度は落ちても重力に引っ張られず、鳥みたいに宙を動き回る事ができる。
XRトレーニングルームを一周してやろう。
飛ぶには狭く退屈だが悪くないな。
感じる空気の流れが変わる。
薄く力を感じない。
また重力に引っ張られる。半分も進んでいないぞ。
このままでは頭から床に落ちる。
体を縮め重心を動かし、回転しながら着地。衝撃で足が痺れる感覚だが、事なきを得た。
おのれ、脳を超えて魂に鷹を感じる事はできるが、肉体がまだまだ追いついていない。そんな感じだな。
己の限界を試してみるか。最大出力を。
覇道森羅一体流・暴虐の太陽奥義・極炎権臨。
太陽だ。近づく者全てを焼き尽くす暴虐。
この空間全てを熱し。
ガクン。鈍重な疲労が襲いかかる。
「ハァハァハァハァ」
手を膝に置いた。良くて一秒、速い奴に使った時よりも弱い。この消耗だと、暴虐の太陽の修行は一番軽い技だけにした方がいいな。
さて、食堂で水を貰って休憩するとしよう。
「やっぱりここでしたか」
雅が入ってくる。
「修行は切り上げだ」
「そうしてください。二日も意識を失っていたんですから」
意識を回復した後、一心不乱に修行していた雅と一緒にするな。弁えているぞ。
出ようと歩いていると、足が棒だ。
ふらつき足がもつれる。
つんのめった俺様は雅の胸に飛び込んでいた。
「キャアアアッ」
悪くない緩衝材だが、後が面倒だぞ。
「は・な・れて、ください」
雅が俺様の両肩をつかみ引き離す。しかも倒れないよう支えてくれている、だと。
「離せ。もう倒れん」
言う通り両肩から手を離してくれた。
雅の顔が赤い。
殴ってこないだと。防御できるようにしていたが、解いても大丈夫か。
「雅も修行か」
「いいえ、今日はしません」
耳を疑ったぞ。毎日修行を欠かさぬ雅が。これは夢か幻覚か。
「リィズァに殺されて、でも生きていて、目を覚ます前に夢を見たんです」
「夢か」
「夢の私は長期の入院をしていました」
俺様が混沌から現実に戻る前に見た夢だな。雅も見ていたのか。
「私は生まれてこの方、病院に入院した事はありません。大きな病気もしていません。でも、あの夢はなんだかとてもリアリティーがあって、暗くて、誰もいなくて、いつ死んでしまうか分からなくて、とても寂しかったです」
話していく内に雅の声は沈んでいく。たかが夢なのに、深刻になる必要はないだろう。
しかし、夢で見た雅は吹けば飛ぶくらい虚弱極まりなかったな。
「夢なのに本当にあったんじゃないか、もう一人の、別の世界の私を体験しているみたいでした」
俺様が雅の死の因果を生きる因果に書き換えた。その時に雅の魂いや存在そのものと繋がった。
あの病に臥せっていた雅は、俺様がビッグクランチで宇宙を滅ぼす前の雅だったのかもしれん。
存在そのものに残っていた人生の一欠けらを見たのだ。
「私は責務を枷に我慢してきました。でも、今は後悔したくない。楽しむことも含めて。大事に生きていきたいんです」
面白い。禁欲に生きた者が快楽へ進む。これは楽しみだ。
「もう一つ夢を見ました。安藤………よりも邪悪で………………悪魔や神とかの次元を超えたエネルギーの塊。なのに、それが安藤だって分かるんです。否定する者と戦っていました」
俺様が夢で雅を見たように、雅もまた俺様を見ていたと言う事か。
夢の話をすると、雅は沈黙したまま俺様をずっと見ている。比べたって無駄だぞ。宇宙全体と分子を比べている様なものだ。
話を切り出してみるか。
「夢の俺様はかなり強かっただろ」
「さぁ、ちょっと分からないです。でも、もし、世界を滅ぼしたのが、目の前にいる安藤で、それが本当だったら、許せません」
困惑から怒りが溢れ出している。
かつてした自己紹介をちょっとでも信じるのはよい。
だが、宇宙を滅ぼした決断。あの場にいなかった者にとやかく言われる筋合いはない。
「事実だ。許せんのなら俺様を討つか」
空気が張り詰める。
虎か龍か、戦いに目覚めようとしている。
雅の唇が微かに動く。
俺様は構える。
「わかりません」
嘆息と共に雅から戦意が失せた。
「あまりにも話が壮大すぎるので。ただ、関係無い人からしたら、とんでもないとばっちりです」
どうやら怒りのやり場に困っている様だな。
と思ったら俺様を真っ直ぐ見てきた。
「街の人を助けてくれてありがとうございました」
雅が頭を下げた。俺様に対してやった中でも一、二を争うくらい深いな。
だが、感謝に値するか。
「死人は出たぞ」
「知ってます。やり方はかなり乱暴だったみたいですけど、安藤なりに助けようとしてくれたんですよね」
真っ直ぐに称賛する雅がいやに眩しいな。
そう言えば、俺様が胸に飛び込んだ時も対処が暴力的ではなかった。
気持ち悪い。俺様は雅を蘇らせただけで精神操作はしていないぞ。
「否定する者が気に入らないからだ」
何故、雅は微笑む。
「ほんとうに身勝手ですね」
穏やかな日の光。一番に浮かんだのはそれだ。
あどけない雅の笑顔。肩の力が抜けて、素朴な少女らしさが出ている。初めて見たぞ。
「ところで」
またいつもの硬い雅に戻ったか。
「計羅討凄流古武術を継ぐ話なんですが………」
「忘れるものか。必ずや習得し、俺様が覇道の頂点に立つ為の糧としよう」
俺様がそう言うと、雅は腑に落ちないでいる。
「それって、覇道の王とか、門徒とかの中に、計羅討凄流古武術の師範を含めるということですか?」
「いかにも、サタン、天地覇道超越究極武力王、覇捨永道門徒。将来的には計羅討凄流古武術師範が入る」
なんだ、その冷ややかな目は。納得できるよう説明してやるか。
「俺様は宇宙を手に入れる。つまり永遠に等しく残り続ける」
強い殺気だな。先の問いよりも。
逆鱗に触れられた目つきで俺様を見てくる。
約束は違えぬと言うのに、宇宙を滅ぼした事よりも怒っているのは何故だ。
「もういいです」
矛を収めたか。本気で来られたら、今の俺様では分が悪かったな。
「師匠として言います。安藤のお金でたくさん甘いものが食べたいです。もちろん二人も誘います」
「断る」
「破門にしますよ」
軽々しくその言葉を口に出しおって。何がそんなに腹立たしい。面倒極まりないな。
「分かった。だが、雅を満たすだけの十分な金は持ってないぞ」
「それなら、安藤が影森司令にお願いしてください」
嘆息が出る。やれやれ影森にバカにされるな。
「お願いしますね」
ここぞとばかりに生意気な笑いを浮かべおる。
「逢引だと思われても良いのか?」
いくら師匠とは言え、やられっ放しではつまらん。
「べつに、かまいません」
ほぉ、多少の動揺は見えるが取り乱していないな。
「私が師匠で安藤は弟子。それだけです」
再び計羅討凄流古武術を学べるのだから良しとするか。
「早くしてください。時間は待ってくれないんですから」
雅が先に出ていく。
遅れて俺様も出る。
俺様一人で影森と交渉するのは確定みたいだ。とりあえず、搾れるだけ搾り取ってはやろう。
雅め。師匠の立場を濫用して調子に乗るようだったら、報復してやるぞ。
とは言え、雅を蘇らせるのは正しかった。角が取れたこの変化はなかなか面白い。
俺様は人間にまで弱体化した。
力を失い。
滅ぼし抹消した筈の敵『否定する者』が存在し続けている。
悲観はしていない。
戦う者がいるからだ。
単身で名前のある者を撃滅させる力こそ持っていないが、戦力になる。
日常は常識をはじめ退屈なものが多い。
それでも面白いものはある。
俺様も止まってはいない。
覇道の頂点を名乗れる程の力は持っていないが、多少は取り戻せた。
歩みは鈍くとも。
戦うだけだ。




