第三章 俺様対リィズァ前編
第三章前哨戦と時系列がつながります。
否定する者め。俺様を動揺させようと、茨が壊れても幻覚作用を見せるよう粒子に細工したな。
身体強化型かつ黒い力を装備している。三人の中でも一番頑丈な雅が、心臓を速い奴の棘で刺し貫かれるだと。ありえん光景だ。
倒れたぞ。どうせ幻覚だが、いちおう確かめておくか。
血だ。ヘモグロビンの赤さと臭いは本物によく似ているな。
瞳孔が開いている。情けない顔だな。
「安藤君、花瑠ちゃんとオリヴィアちゃんは大丈夫だけど、雅ちゃんは………死んだ」
影森め。いつもよりつまらん冗談だ。
「幻聴なら本物より面白い事を言え」
「雅ちゃんは死んだんだよ!!」
初めて聞く影森の怒声。幻聴も捨てたものではない。
「負け犬、現実を受け入れろよ。そいつは俺ッちが否定した」
奴に馴れ馴れしく肩を叩かれた。振り払おうとした時には距離を取られてしまった。
「負け犬に分かるよう、俺ッちがゆ~っくり説明してやるぜ。勇気ある三人が俺ッちを否定しようとマホー、ばりあ、えーと殴り、でいいか。ま、アイツ等はガンバったよ。死力をツくしたっつーの」
雑音を耳に入れながら俺様は思考を再構築する。先入観、執着を捨て、迷いを断つ。魂とか心を中心に据え、透明になった世界を見る。宇宙の定理や魔法が使えなくても幻覚を見破れる方法だ。
「ト・ク・に、すぐ殴ってくる人間はヤバかったゼ。はっきり言って負け犬よりツエエ、ツエエ。他の人間を守ろうと必死になってよォ。俺ッちを否定しようと、体を赤くして必死になってよォ。ま、無駄だったけど。俺ッちが否定したからな。ッハッハッハッハッハッハッハッ」
幻覚ではない現実だ。
「で、どうする負け犬ぅ? 今すぐ楽になっちゃう。それとも、ちゃん雅みたいに、無駄に頑張って、俺ッちに否定されちゃう?」
「殺す」
奴を殺す。錆びてくすんだ赤が一気に煮え立ち、俺様の力となる。
弱いから死んだ。弱い者は強い者に殺される。弱い者は殺されぬよう合う環境を見つけ、個体によっては擬態や毒を獲得する。群れになって生存率を上げようとする。そう雅は速い奴より弱かっただけ。弱かっただけの話だ。
「ヘイヘイ、ヘーイ。トロいぞ、のろいぞ、鈍いぞ、負け犬ぅ。どしたー。ヒャッヒャッ」
拳は届かず、蹴りが空を切る。何故だ。黒い力の限定解除はした。つまり俺様は速い奴と同等かそれ以上の筈だ。
「ハッキリ言うぜ、負け犬。オマエは昨日よりも早えゼ。たぶん、あの人間と同じか、ちと速い、かな。けどよ、今日の俺ッちは今日一で速いからヨ。誰にも追いつけねぇ」
「ほざけッ!!」
俺様の黒い力は飛び道具が無い分、身体能力を向上させている。その上での限定解除。雅よりも速いのは当然だ。
俺様はすぐ速い奴に追いつける。
体調も万全だ。錬金術師と話をして寝る時間は遅くなったが、きちんと寝た。奴と戦う前に移動や戦闘もあったが、あんなの準備運動。
つまり速い奴を殺せる状態だ。
なのに何故、攻撃が一発も当たらんのだ。
「ウッヒャッヒャッヒャ、ミス、ミス、ミース。んじゃ、そろそろ俺ッちも否定しちゃいますかー」
消えた。あのおしゃべり、瞬間移動ばっかり使いやがって。
「イぇーい」
俺様は蹴りを喰らった。正面にいた速い奴が消えて、また正面に現れたのだ。察知できんだと。
「ヌアアアッ」
奴の懐に飛び込み拳を打つ。
「ブーッ」
俺様が反対に殴られた。仰け反ったが、貴様を殺せぬ理由にはならん。
「ラァッッ」
とにかく蹴る。無理やりでも知るか、反撃の反撃をする。
それを後退だけで避けられた。
「お腹でもイタいんかー」
俺様が速い奴に殴り飛ばされた。倒れるわけにはいかん。受け身してすぐ戦えるように構える。
ありえん。俺様の攻撃は一発も当たるどころか、掠りもせず。奴の攻撃ばかり一方的に受ける体たらく。瞬間移動してくる場所が分からず、やかましい殺気が分からん。
「負け犬ゥゥゥ、攻撃がターンジュン、だぜぇぇ。オマエ、気付いてないから、ト・ク・ベ・ツに教えてやるぜ」
黙らそうと奴の首元を狙ったが当たらん。
「オ・マ・エが、ちゃん雅のことがスキだからだ。俺ッちに否定されてプッツンきたんだルォォォ? なぁ」
俺様が雅に恋慕を抱いているだと。どいつもこいつも否定する者まで下らん事を。
肉体的に情動を掻き立てる魅力はある。それよりも性格に難ありだ。堅物でつまらぬ上に短気。社会正義にやたらと忠実な自己犠牲の塊で、無駄に禁欲。悪魔が初めて誘惑する教材としてはうってつけ。その程度だ。
だが、計羅討凄流古武術、覇道の使い手としての実力はある。俺様が覇道王の称号を捨て弟子入りしたのだからな。
奴のせいで、俺様が計羅討凄流古武術を極める機会を失ってしまった。
気に入らん。雅を倒すのは俺様だ。よりにもよって、ペラペラなんぞに殺されるとは。
許せん。普通を享受する雅をからかえないではないか。
死を以て贖わせるぞ。
「オイオイ、そろそろ休もうゼ~。そんなに動いて疲れない? カタキ討ちなんて無駄、ヤメよーぜ。負け犬は負け犬のまま、ゆっくりすりゃあいいんだよ」
単純と評されたから動きに緩急をつけようと、狡猾で残虐な獣の如く奴を攻撃し続けた。時には猛る雷、街を襲う大風にもなった。
腹立たしい事に、どの技も奴は余裕しゃくしゃくで避けやがった。
「やっと、止まったか。そうそう、このままゆっくりしてりゃいいんだよ」
戦術を変えよう。悔しいが動いても当たらん。ある程度は避けたし、防御した。それでも、かなり喰らった。まだまだ動けるが、無駄に動いても徒労に終わる。
殴り、蹴り、棘、全て耐えるのだ。俺様には黒い力の防御がある。壊れたとしても死なない限り奴を倒す機会はある。例え右腕が折れても左腕、右足も同様、四肢が使えぬのなら頭突きがある。
「おやすみィ~」
ここだ。俺様の鳩尾を殴ろうとするこの瞬間。
一撃。この一撃に全てを賭ける。限定解除で使える力を拳に込めた。神は殺せぬが、奴を滅ぼすには十分だ。
刹那をかわし打つ。
「ザ~ンね~ん」
無い。滅ぼした手応えが。
動けぬ。
「ハッハッハッハッハッ、お前の速さを否定したぜ、ゼ、ゼ、ゼッ」
俺様は天いや水平線の彼方に拳を突いたまま停滞させられている。そのせいで奴の耳障りな哄笑を間近で聞かされている。
「やったゼ。とうとう負け犬が止まったァァァァァァ。ようやくダ、ようやく俺ッちだけで世界を否定できるゥゥゥゥゥゥ」
俺様の背中が速い奴に馴れ馴れしく叩かれる。
「ソ~ゾ~シュの~、いな~いセカイなんて~、イチゴの無いケ~キィ~、食ったことないケド~、ふっふぅ~」
もう勝利したと思い上がり、胴体、右腕と左足しかない体でグルグルと踊っていやがる。
「もうコレで一番乗りにヤられる否定する者とは言わせねー。進化した俺ッちなら次の世界も楽ラクショー。最速で最多の使命を果たしてやるゼ」
動けぬが俺様はまだ生きているぞ。
勝つ。
限定解除の力を使い切っても、黒い力は黒い力を維持している。まだ意識は残っている。こうして生きている限り負けてはおらんのだ。
勝つ。
俺様は否定する者を滅ぼすと決めた。偽善者を頂点に置き、世界が滅びを望んでいると下らん使命を旗印に、戦いを挑んできた愚か者共め。
勝つ。
速い奴。貴様だけでも絶対に滅ぼす。寝ている俺様を叩き起こし、反物質の巨大な閃光を直撃し弱っていたところを不意打ちし、雅を殺した。
待て。
俺様が速い奴を倒したとして、それは勝利と言えようか。
否。
雅を欠いた勝利にどれだけの価値がある。復讐の達成のみ。喪失の方が大きいではないか。
今日の戦いで多くの死を見た。停滞させられ、速い奴の劣化に殺された人間を。そいつ等に思い入れは無い。だが、雅は駄目だ。
「テストー」
速い奴の右手から伸びる棘が俺様の腿を抉る。強烈な痛みと共に抉れたところから出血しだす。
「ヨシ、負け犬だな」
ッッぅ、俺様に力があれば、こんな停滞、簡単に打ち破れるのだが。
力。
「しっかし、オマエはとことん負け犬だよ。仲間がガンバっている中、遅刻してきて。んで、仲間が否定されて怒って。んで、ヤケクソになって俺ッちのゆっくりビームを浴びた。俺ッちはこうして進化しているのに、オマエは人間止まり。ぷーーーー、ダサすぎだぜ」
力か。全盛期だったら、光速を超えられぬ貴様なぞ瞬殺にできる。だが、こうして体は動かせず停滞に甘んじている。
人間止まりか。今ほど力が欲しいと思った事はない。
俺様は考えるだけで宇宙を創った。
この宇宙は誰の宇宙だ。
別の宇宙でない事は分かる。二度目のビッグバンをした後の宇宙。
新然代なる能力者が多数存在する。
ビッグクランチによる物理的撃滅と、アカシックレコードを使った存在抹消を生き延びた否定する者。
仔細は違えど、確かにここは俺様の宇宙だ。
「さーて、負け犬の悔し顔をたっぷり拝んだ事だし」
奴が右手を向けてきた。つまり俺様を殺す。
手はある。黒い力、それにある量子テレポート通信を使う。
念じて影森に通信ができたのだ。宇宙の深淵にだって接触できる。
「おやすみ」
俺様の心臓に向けて奴が棘を伸ばしてくる。
無限の輪にもつれを作るのだ。俺様は全身全霊で宇宙の全てを思考する。
不確定性と混沌の中から一つの解を求める。
座標だ。かつて俺様が封印しておいた俺様のエネルギー。
頭や体が急速に熱くなってきた。
棘が黒い力を貫き、肌に触れてくる。
299792458の先へ。
心臓を貫かれた。
中心。
夢。
俺様。
果てのある果てしない、巻き戻り突き進む、真実と虚偽が渦巻く混沌。
そこに俺様はたどり着いた。
厳密には魂だけだが。
見下ろされている。膨大な力に。
破壊の渦。原始であり混沌の中心。前に見た時は何も感じなかったが、弱体化した今、改めて見ると凄まじく感じる。
嵐が襲ってくる。魂だけだが、あれをまともに喰らったら俺様を維持できない。
おのれ。俺様なのに俺様にアレルギー反応を示すとは。無理もないか。あれは元々邪魔と封印した力。膨大な力の塊であって魂は無い。
落雷の雨、吹き付けてくる大火、肉体よりも魂の方が動かしやすいからな。避けはできる。
「力をよこせ」
このままでは時間と力の無駄だ。特異点だから通常の時間の流れとは異なるが。
息をするように魔法を使いやがって。
なるほど呼吸か。
俺様は口を大きく開けてめいっぱい息を吸った。
魂に酸素はいらぬ。力だ。火、大岩、雷、吹雪、闇、混沌、力と言う力を俺様の魂に取り込むのだ。
アアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ。
うっプ。
気持ち悪い。全てをと思ったが、脆弱な魂では取り込める量に限界があるか。
睨むな。遊ばせている力を有効に活用するだけだ。
戻ろう。
俺様は思考する。
俺様の肉体が停滞させられた場所。
雅を。
薄暗い空間にベッドがある。周りにはカラクリがいくつも置いてあり、外と内を薄い布で隔てている。病室か。
雅がベッドで眠っている。髪の色は黒めで長く伸びている。筋肉は無く痩せ細り。管で生命を繋ぎ止めていた。




