強襲
週末、土曜日の日中の事だった。
仕事が休みの、月雲由斗は特に用事も無く街を歩いていた。
(プライベートの友達が少ないのも考えものだな)
仕事仲間は沢山いるが、プライベートの友達といえばアイリス・マクロウェルくらいしか思い浮かばない。遠い異国の地なのでしょうがないのだが。
(『裏では色々』とか評判悪いけど、この街も中々いいところなんだよな)
出店で商売に精を出すボテ腹中年店主。大きな公園で遊びまわる子どもたち。多くの人が休日の中、仕事に勤しむ美人キャリアウーマン。
誰もが自分のしていることに、いきいきとしていた。
(ギャングの奴らも、『シャバには手を出さない』みたいに配慮してるんだろうな)
ならず者たちが好き勝手すれば、この平和な人々は唯では済まない。
感謝しつつ―感謝することに疑問を覚える月雲だったが―信号が青に変わったので、歩みを再会させる。
そろそろ帰ろうか、と思った月雲は狭い路地(近道)へと足を踏み入れた。
その時、向かって来る人物が一人。歳は月雲より少し上くらいだろうか。変わった風貌で、黒のスカート、黄色のセーターの上に医者が羽織るような白衣を纏った女性だ。不審なことに、黒いサングラスと白いマスクで顔を覆っている。
特に面識もない通行人なので、別に意識もせず通り過ぎる。
しかし、
白衣の女はゆらりと力無く月雲へ倒れかかった。
「だ、大丈夫ですか?」
咄嗟に抱きとめる月雲。対する白衣の女は薄く笑っただけだった。
不気味な人だな、と思いつつしっかりと抱きとめる。
「立てますか?」
返事は無かった。代わりに、
鋭く、冷たい感触が月雲の左腹部に刺さった。その後、燃えるような痛みがこみ上げ、月雲は顔をしかめる。
そんな月雲の耳元で女は小さく囁く。
「(大きな声をあげるとどうなるか?)」
すぐに刺さった物をぐりっ、と動かす。
その少しの動作だけで、月雲の全身を鋭い痛みが駆け巡った。右腹部の周辺に痛みがわだかまるが、既に何かを刺された箇所は痛みを通り越して麻痺していた。
視線を確認すると、医療用のメスのようなものが刺さっていた。
「(……何の……………つも…りだ?)」
途切れ途切れの言葉を繋げる月雲。しかし答えは返ってこない。
「(これから、私の家へ来てもらうわ。抵抗する権利は無い。すればどうなるか?)」
「痛ッ!!」
ぐりぐりとメスのようなものを動かす白衣の女。
「(分かった、分かったから。ついていきますよ)」
月雲の言葉を聞いた白衣の女はゆっくりと慎重に、歩き出した。それに合わせて月雲も歩く。なによりも腹を引き裂かれたくない。
「乗って」
ピンク色の一般的な乗用車だ。車種は……月雲が知る由もない。
されるがまま、後部座席に押し込まれる月雲。
勢い良くメスを引き抜く白衣の女は、白い布を月雲に渡してこう言った。
「これで、場所を抑えてて」
引き抜かれた時は、痛みがもう一度全身を駆け巡ったが、今はじんじんと熱を感じるだけだ。
白い布を押し当てると、じんわりと赤い染みが広がった。