ディナーへの招待
「お疲れさまでした」
片付けに専念しつつ、先輩上司たちを見送った。残ったのは一番下っ端の月雲由斗と品川修司だった。
「さっさと終わらせちまおう」
「おぅ」
せっせと、資材や道具類を片付ける月雲と品川。
月雲が最後の資材を片付けた直後だった。
突如、アメリカの有名アーティストの曲が荷物置き場から微かに聞こえてきた。それを聞いた品川は、からかい調で言った。
「お呼びだぜ、王子様」
「そんなんじゃねぇって」
荷物の方へ向かう月雲。
そんな彼の背中へ声が投げかけられた。
「今日はもうあがっていいぞ〜後はやっとくから〜」
その優しさに甘えることにした月雲は手を振り返す。
「ありがとう!! この埋め合わせはいつかまた!!」
品川はサムズアップをすると、作業に戻ってしまった。
さっさと荷物をまとめ、職場を後にした。
(アパートで待ってる? 急がなきゃ)
駆け足でボロアパートへと向かった。
「遅い……どれだけ待ったと思う?」
「ゴメン、アリス。仕事で長引いちゃって」
「まぁ、いいわ。早く着替えてきてね。汗臭いその格好じゃ車に乗せられないから」
アイリス・マクロウェルに指された方を見る。
影で見えなかったからだが、アパートと隣接する別の道に大きな大きな黒の長い車が。
「これは…………セレブの方が乗る金の方舟では?」
頬を赤らめたアイリスは腕組みして言った。
「そ、そんなんじゃないわよ!! いいから着替えてきて。時間が無いからシャワーはいらないから」
「お、おぅ」
頷いた月雲は急いで階段を駆け上がった。
LEDの光の渦を切り裂き、黒のリムジンは進む。そのリムジンの中の月雲は、アイリスの隣に座って萎縮していた。
暗い赤のTシャツの上に黒のパーカーを羽織り、普通のジーンズ地のパンツ。靴は黒のスニーカーと、いたって平凡な服装だった。隣のアイリスはビシッときまったスーツだった。どうしても見劣りしてしまう。
「もう少し、マシな服無かったの?」
「いやぁ、申し訳ない。なにせお金が無いもので」
「そういえば、私が割ったガラスの修理代弁償してなかったわね? いくら?」
言うと、軽く小切手の髪をスーツジャケットの内側からヒラリと取り出し、テーブルでボールペンを構えている。
「そんな、悪いよ」
「悪い事したのは私よ?遠慮しないで、ほら」
その後月雲は申し訳なさそうに金額を伝え、大金の価値の紙切れをしっかりと受け取った。
「これが、セレブの力なのか………………」
「お母様とお父様の力よ…………汚い金」
ぼそりと吐き捨てる。捨ててしまいたいくらいだが、誰かの為に使えるならまだ使い道はあるという。
「やっぱ価値観が違うのかねぇ」
「なんのこと?」
月雲は頭の後ろで両手を組み、言葉を続けた。
「俺ならお金はいくらあっても足りないけどな。ヤクや武器には手を出さないけどな」
苦笑交じりに言うと月雲はテーブルのグラスに一口付ける。
「苦ッ!! 甘いのか? ってかワインかよ!!」
「あら、お酒は十六からよね? そういえばジャパニーズは二十歳からだっけ? ぶどうジュースとでも思った?」
クスクスと笑うアイリスを苦笑いで睨み、ぐいっとグラスの中の物を飲んだ。
「分かった。俺、中々どうしてお酒には弱いみたいだ。軽くクラクラしてきた」
「いえ、ユートは標準よ。アルコール度数少し高めですもの」
と、アイリスは言うが、優雅に飲むその姿は中々様になっている。
「着いたわ」
中々大きな家だ。崖っぷちに建っており、少し突き出した形になっている為、ベルエムシティを一望出来る景色は凄そうだ。
リムジンから降りた月雲は一つ疑問を口にした。
「ここに、一体何の用が? 」
アイリスは何の気も無しに答えた。
「私の家よ? ディナーにでもと思って」
「先に言ってくれよ、もう少しはマシな服はあったわ」
アイリスに連れられ、家へ入る。
いつものクセで靴を脱ぎそうになるが、我慢我慢。
続く、大きな部屋にいたのは二人の男女。一人は白髪の混じった壮年の男だが、老いはほとんど感じない。もう一人は、まさにキャリアウーマンといった金髪の女性だ。その髪色は月雲の傍らに立つアイリスと似通った色調だ
「紹介するわ。ユート・ツクモ。私の命の恩人よ」
大袈裟なのでは? と思うがペコリとお辞儀。一歩前に進み出たのは中年の男性。
「娘を救ってくれてありがとう。私はフレドリクソン・マクロウェル。フレッドと気軽に呼んでくれ」
差し出された手を握り返す、月雲。その手はシワが刻まれていたが温かかった。
「私はミレイユ・マクロウェル。本当に感謝しています」
同じくらいの年齢のキャリアウーマンとも握手を交わす。夫同様とても温かかった。