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リオン 2123年

 機械工学の発達は、人類を宇宙へと進出させた。四つの宇宙ステーションに月と火星のコロニーを加えた合計六つの拠点が地球外に存在している。

 それらの人工植民地内では、その地固有の自治が認められていた。そこには、地球からの干渉に対する抵抗の歴史があった。


 爆発する人口と枯渇する資源。しかしその難題を補ってあまりある宇宙資源の存在はかつてないほどの産業資本の蓄積を夢想させ、地球を捨てて宇宙への進出を決意する者たちの主たる原動力となった。


 人権の確固たる基盤となる個人主義は、相対的に個々の生命を軽んじる傾向を生んだ。しかしそれが悪い事ばかりとも言えず、もし本人がそう希望するのなら、人は誰でも危険の多い宇宙へと身を投じることが可能となり、それによって大きな見返りを手に入れる可能性も生まれた。

 だがそのほとんどの者は、あえて危険な環境に身を投じたにもかかわらずそれには到底見合わない劣悪な労働に耐えなければならず、当然ながら外部ではその実情も数も把握のしようがなかった。


 宇宙進出の時代は政治受難の時代でもあった。膨れ上がる規模と範囲の拡がりの中にあって、合理的な統合は非常な困難な状態にあった。

 その隙間に発生する非合理的統合は常に闘争を生み、時としてそれは武力による衝突にまで発展した。

 一つの社会の中に数々の小さな社会が生まれる。その社会の中にまた小さな社会が生まれる。

 その中に起こる利害の対立は、社会の発展に伴い著しく細分化されてゆく。

 それはつまる所、個と個の問題である。それはいつでも始めから存在していたものであるし、最後まで存在し続けるものだ。



 リオン・オカザキは、地球に生まれ幼い頃に月へと移住した。

 科学者である父が仕事のため、家族そろってここへ移り住む事を選んだからだ。

 リオンは時折この事について、自分は何も選ぶ権利が無かったのだと思う時がある。もちろん、その頃リオンはまだ幼かったし、地球の事は何も覚えていない。

 月面のドームから見る地球は青く、月に太陽が当たるとドームの窓にはほの暗いフィルターがかかる。そうなってから見る地球はぼんやりと光る水色の染みになった。玄関に飾っている絵画の背景のように、ぼんやりと起き上がったときに見る自室の天井の色のように。

 リオンは青が好きだった。彼の部屋や家具類のほとんどは青に統一されていた。

 月面には色が無い。実際に見える大部分はドーム内の整然と建物が並ぶ清潔な街の風景が拡がりなのだが、人の手の加えられていない自然の部分は黒と白しかなかった。

 そこには沈んだように全く動かない闇と、容赦なく太陽が照りつけるストレスを感じずにはいられない白。そして死の静けさがあった。

 リオンは、わずかに残った手付かずの自然のままの月面を見るといつも、死んだ父と母を思い出す。

 父は最期までこのこの荒涼とした月と底なしの暗い宇宙にとりつかれ、調査中の事故で死んだ。

 父と同じ研究室にいた母も同じ事故に遭いすぐに月面医療センターに運び込まれたが、ベッドに横たわりながらリオンの行く先を案じつつ間もなく息を引き取った。


 リオンはひとり月に残されたが、多額の遺産も遺されていた。このまま生活する上では充分すぎるほどの資産があった。

 しかし地球には帰れない。地球には頼るあてもなく、月の環境に馴染んだリオンには体力的な問題もあった。

 そのまま在学中のアカデミーで勉強を続け、専門課程に進んだ。数年後には人工知性体製造に関する論文で課程を修了した。研究所からの要請もあり科学者として働く事は出来る。

 そもそも科学と研究は彼の生活の一部で、両親のおかげもあって小さい頃から研究所に出入りする事が出来た。常軌を逸しない程度であれば、そこにある機材の一部を使う事も出来た。

 そんな事情もあって、アカデミー卒業後も特定の職に就こうとはせず、研究室を補佐する傍ら相変わらず自分の研究に没頭している。それがリオン・オカザキだった。


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