アンドロイドの有用性
ロボットとアンドロイドの違いは、それぞれに期待される作業効果の違いである。
そのためアンドロイドにおいての情報処理は平易で確実な並列処理ではなく、複雑で不確定な立体処理への移行が必須であると認識された。
この認識に基づく数多くの研究取り組みによる試行錯誤の中で、ある時期に人工知能体の頭脳が変わった。
それ以前の、記憶媒体へアルゴリズムを組み込む初期設定作業では、思考パターンの擬似立体処理形態は文字列であるプログラミング言語によって構築され、中央演算装置がその方式に従って並列的に演算処理をしていた。
やがてその処理形態をより高速で簡素化出来るように素材分野での開発が行われ、現在のCPUの立体モデルが考案された。
それは、細い記憶体のバイパスで連結された球形のスポンジのようなCPUである。
この『脳みそ』素材により、立体処理は設計・手順を含め簡素・高速化し記憶容量も増大した。
しかしながらこの開発に必要となる多額の資金は、この技術のためだけに集まる事はなかった。『有用性の限界』という指摘によりどの企業もこの技術への投資を見送った。
単純・危険な作業はロボットで足りており、ロボットの代替としてアンドロイドへ移行するという優位性は全く認められなかった。複雑な思考や成長過程をただ観測するためならば、あえてそうする理由などあるはずもなかった。
開発は、アカデミーのごく一部、それも有志による副次的研究として行われる傾向が強くなり、ほぼ趣味の領域として、錬金術的な性質の研究として取り組まれた。
この技術を必要とする分野があるとすれば、例えば娯楽や医学、とりわけ心理学の分野であり、それもある仮説を証明するために臨床を行わずに観測するためのもの程度の需要しかないだろうという意見が大半であった。
有用性の限界が早い段階で分っていたために、高度な有機的結合を目指した人工頭脳は開発以前の段階ですでに必要とされていなかったのである。
このような経緯の中で、立体的脳素材と数多くの端末を搭載し「人間のような思考動作」を行うことの出来るアンドロイド、タイプ・ツー『マリー』は誕生した。
彼女は成長し、夢を見て、アンバランスではあるが表情を作って応えた。その表情は、アンバランスとは言ったが決して簡素な素材ゆえの未熟なものではなく、その時に著しく制限された動作範囲での表現であったためにそう映っただけである。それは微笑みだったに違いない。