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人工頭脳として生まれたものたち

――並列処理型高速会話ソフト――

 会話機能を有したごくありふれたコンピュータアプリケーションである。この時点ではまだ文法や語彙に多大な注意が払われているだけであった。

 この類のアプリケーションは、主に娯楽やサービスの最も末端に配され使用される目的として作成された。

 これらは副機能として、外部からの情報を記憶整理して反映させる事によりあたかも成長しているかのように振舞う事が出来た。


:――これで最後ね。わたしは最後には消える。消えるということは死ぬこと。ねえ、わたしはいつ死ぬの? いつまで生きていられるの?


 Kは、答えずにスイッチを切り、もう一度立ち上げてからデータを初期化した。

 わざわざそこまでする必要はなかったのだが、あえて全てを消し去る事にした。

 初期化され、何も残されていないと表示される画面上の情報をしばらく眺めていた。彼女の最後の言葉が脳裏に焼きついている。

『わたしはいつ死ぬの?』

 もう死んだ。

『いつまで生きていられるの?』

 生きる……死ぬの対語表現。基本的な語彙。

 Kは気が抜けた様子でふらりと立ち上がり、そのままオフィスを出た。

『いつまで……』

 勤めている会社のプロジェクトにより会話ソフトを作成し始めたKは、何度もテストを行いながら改良を続けた。製品の軸となる思考プログラムの開発に時間を忘れて熱中した。基本データ依存を極力排し起動後に取得される外部データを擬似立体的に配置して管理させる。一つの引き出しを多方向からアクセスさせるのだが、アルゴリズムによってその演算にかかる途方も無い手間や時間を短縮させる。切り捨てることを学習をさせる。その学習効果によって個性だけでなく知性すらも表現する事が出来る。これまでにない革新的なソフトであるという確信があった。

 より細かく、より密に。練りに練った基本動作の内容をさらに詰める。思考が立体的に展開される画期的なプログラムの開発。

 しかし完成間際に、他社から競合ソフトが発表された。それはKの開発主眼とは真逆で古典的な、圧倒的な基本データ量に依存してはいるが、安価で幅広い応用の利く簡易型ソフトであった。ソフトとしての品質はKのものよりずいぶんと低いが、市場における商品としての完成度は高かった。それによりKのプロジェクトはこれ以上開発を続ける意味を失った。

『……いつまで生きていられるの』

 どのような語彙の組み合わせで、彼女は時間と生命の概念を学習したのだろうかとKはぼんやりと考えていた。



――複基盤型ロボット――

 機械における正確性と、人工頭脳の自律的な成長機能を有機的に結合させる事を目論んだ初期の型として、このロボ・ジョージがある。

 外部からの影響を中央処理にかけて対応を出力する形式は、これまでの会話アプリケーションと変わらない。いわゆる模倣ロボットである。

 違いは、起動するオペレーションソフトを分割して制御する試みにあった。この頭脳には二人のジョージがいた。

 一人は初期データを最小限に抑えて、一つずつ対応を教育することにって成長してゆくAタイプ。もう一人は、あらかじめ形式動作やタブーを大量に徹底的に設定しそこで許される範囲内での成長を行うBタイプである。

 前者は素直で物覚えが良く、非常に大きな可能性を持つ。

 後者は頑固者。いくら教育・学習したところであらかじめ設定に費やしておいた労力やコスト以上のものは期待できない。

 有機的結合モデルとして設計された二人のジョージの関係は果たして、衝突して混乱することもなく、予定調和に近い平穏な挙動を見せた。

 何の事はない。Bタイプの圧倒的な優位性がAタイプの活動を制限していたためで、成長要因として組み込まれたはずのAタイプは単にBタイプのコピーとしてしか機能していなかった。



――能動的人工知能体――

 自律的思考を発達させるために、『動機』に視点を置いた研究が行われた。

 目的の達成時や、目的を持つ事によってある種の刺激が発生するよう設計し、刺激を求めるための行動を起こさせようというものである。

 この研究の難所は、動機の設定位置にあった。

 加えて旧素材に依存する当時の技術では設計に限界があり、人工知能が刺激を求め続けるマスターベーション行動の繰り返しや、外部情報を得る事を刺激として設定したための頭脳そのものの容量限界、カウンターストップによってその活動を停止させるという事例が相次いだ。



――『タイプ・ワン』学習・成長型人工頭脳――

 カメラ・マイクによる画像・音声認識およびタッチパネルやキーボードなどの端末入力形式によって対話するアンドロイドに端を発する。

 初期に作られたものは二つの基盤を持ち、ひとつは目と耳――刺激を感じる事が許された端末からの処理基盤。もうひとつは口や身振りの代わりとなるディスプレイやスピーカーといった、簡易的な表情を表すための端末を制御する基盤を持っていた。

 これらは入力された外部状況、音・光・パネルタッチに刺激を受け、その刺激が人間で言う心地良さになるようプログラムされた。

 タイプ・ワンは第三者に対して積極的に会話を求め、外部入力を受け取ろうと働きかける。


 これらを開発する上で重点の置かれた部分は、際限なく発せられる刺激欲求の抑止。そのように働く自己防衛機能の追加、つまり抑制機構の構築であった。


 しかし、残念ながら研究内容に対する誤認も多く、アンドロイドを最先端のロボットとしてしか捉えられない者があまりにも多かった。裏を返せばアンドロイドという未成育の分野にはそれほどの魅力があったのだともいえる。


 投資家達はアンドロイドに対して、起動後の自律的な行動を期待するあまり、起動前により多くの手間を掛けなければ常識的な行動が見込まれない、これでは全く意味が無いといったしごく尤もな意見を持つようになった。

 結局は人間の手で成長させるしかないという根本的な命題が製造コスト上の問題となって突きつけられ、アンドロイド研究分野の成長は停滞する結果となった。タイプ・ワン時代のアンドロイド開発を阻害する主な要因は、投資家達の経済観であった。


 その過程に平行して、ロボット工学の研究は発展を続けた。よりリアルで人間に近い動きを表現出来るようになり、駆動原理や素材がより新しいものへと発達する。

 外見的にはオリジナルとの区別がつかない程完全なコピーとしての製作が可能で、動きの癖や発声発音に至るまで完全に再現できる技術を持つに至った。

 その根幹は、行動科学を基礎とした工学技術の研究による模倣技術追求にある。


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