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月とマリーと人工頭脳

 原因は、異常な電力の集中による体温の上昇。そのためにバッテリーが故障して電流が途絶え、マリーの意識を司る記憶バイパスが遮断された。人工頭脳としての初期設定以外のほとんどの記憶が整合性を失い、忘却した。ロボットとしての運動機能のいくつかは熱の影響で故障していた。


 使節団付きでやって来た調査員数名と、スポンサーである学術団体の研究生のためにリオンはほんの短い間だけマリーに新しい生命を与えた。彼は誰もが驚くほどやつれていた。

 仲間のうち何人かは彼に休みを取るように、この検証は他の誰かに任せたほうがいいと助言したが、この作業だけは彼自身がやると言ってきかなかった。


 バッテリーを交換して起動する。彼女はゆっくりと呼吸する動作を始め、やがて薄く目を開いた。

「……おはよう、パパだよ。マリー……」

 その声は虚ろだった。

 マリーの脳にはもう昔の父はいない。


 彼女は瞳を模したカメラを介し、頭脳の中に外部の様子をモニターする。外部情報の中に、青白く細長い丸を見つけた。真ん中の2箇所が黒く落ち窪んでいてこちらを見つめていた。

 生まれて初めて視覚の映像を得た彼女はかすかに口を開き、にこりと笑った。しかし頬の動作機能が麻痺しているため、その笑いは引きつりのようなぎこちないものに見えた。そして再び瞳を閉じると安らかな眠りについた。


 調査員は一応の義務を終えると立ち上がり次々に部屋を出て行った。結果はもう出ており、星間基本原則に則ったアンドロイド規制法が間もなくこの月面コロニーにも適用される。こういったケースでの人権をアンドロイドにも与えるかどうかの実地調査が名目であるが、高性能ロボットとアンドロイドとの線引きを行う明確な基準を彼らは持たない。

 リオンの留守中に録画されていたマリーの行動、故障に至りながらもメッセージを残すかのように振舞われたマリーの映像は、ロボットとアンドロイドの決定的な違いを示すサンプルとしてこれからの分析に活用される事になるだろう。また、マリーのボディと組み込まれた人工頭脳は『保護』という名目で地球の研究施設へ送る事が望ましいと提案され、リオンは概ねその要求を呑むつもりだった。


「……あれが女性であった事は非常に興味深い」

 ある調査員が退室する際に仲間と交わしていた低い声がリオンの耳に届いた。リオンは力なく微笑んだ。


 静寂が戻った。


 夢見るような目つきでしばらくマリーの寝顔を見つめ、やがて静かにそのスイッチを切った。




 アンドロイドについて、その人権を認めるか。その教育についての義務を課すか。またはその製造の一切を禁止するのか。

様々な見解のもとで討論が行われた。

 それは客観的には興味深い研究対象であったが、主観的には危険な可能性を持つ被造物であった。

 一般には星間基本法の適用が最も妥当な措置ではないかとの見方が支配的である。


「いかなる種であろうと、個々の関係おいてその種は自己保存に関する権利を持つ」

「いかなる種の生態系に関わった者も、別段の定め無き場合はその環境に従う義務が発生する」

「高度な知能を基に発展段階の異種知性に対して影響を与える惑星行為を禁止する」


 これらはすべての行動は利害を基準として行われ、利をより多く求めようとするものが知性であるという認識の下に制定された。

 知性はその発達が高度化するにつれ、利害を均衡させるよう働きかけるようにも見えるが、それは原因と目的というつながりの不鮮明な部分がそのように見えてしまうに過ぎず、その本質は依然として利をより多く求める行動である事に変わり無い。

 あらゆる当事者にとって、利とは善であり害は悪である。

 しかしそれに異を唱えるものも多い。

 それは、利害が普遍的性質を持っているのに対して、善悪は主観的認識でしかないという本質の違いが引き起こす錯覚に陥るためである。

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