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マリー 2

 モニターにマリーが映る。起動と録画の操作をしていたのだろう。画面の端から手を引きあらためて画面中央へ視線を戻した。にっこりと笑い話しかける。

「おはようマリー。いいえ、こんにちはだね。マリー。パパは出かけてしまったわ。研究所へ行くって言ってた」


 少しだけ顔を上げて目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。何かを考えるようにわずかに首を傾げ、再び向き直る。

「……夢を見たわ、マリー。あなたに会いにたくさんの人たちがやって来る。パパはそれを良い事だと理解しているけれども、心の中ではそれを望んでいないの。だから私ははどうしたらいいのかな、って考えてみるの。色んな事を考えているとたくさんの事が分ってくるの。そんな事ってあるでしょう?」


 マリーは微笑んだ。その瞳の中にかすかな青い光が宿る。そのまま静かに俯いたが、やがて何かを思い出したようにぱっと笑い再びモニターに向かって話し始めた。

「今日はね、たくさんの人たちがやってくるんだよ。それはとても急な事なのだけれども、パパや私にとっても悪い事ではないからそうすることにしたんだよ。きっと。その人たちは遠くの国の偉い人たちで、遠くの星の色んなところに私を連れて行って色んなものを見せてくれるのよ。きっと……。

そう、これはさっき話したよね。私の見た夢の話だったよね……でも、分るの。何故だか分らないけれども、分るの。私のところへたくさんの人たちがやってくるの。その人たちが誰なのか私には分らない。だけど私が誰なのか、そんな事分っている。私が何処からやって来たのか、そんな事知らないわ。でもその人たちは知っている。私は何のために来たの? 私は分らない。でも誰かは知っているはずよ。知ろうとしないだけ。知りたくもない。本当は知りたいのね。いいえ。何が言いたいの小さなマリア? 何を言ってるのマリー? 本当に馬鹿げているわ。馬鹿げてなんかいない。いいえ。パパはもう何も教えてくれない。いいえ、パパは何でも教えてくれる。パパはもう私のパパじゃない。何てことを、そんなことは絶対にない。いいえ、違う。いいえ、もうやめましょう。誰がパパを殺したの? パパは死んでなんかいないわ。死ぬってどういうこと? 知らないわ。知ろうとしないの? 何も傷付けたくない、壊したくないの。どうして? 知らないわ。パパが駄目って言ったからでしょう。パパの言いつけは守るわ。パパはもういない。どうして? 嘘よ、でもいないわ。いるわ。いない。どうして? ここにはいない。パパはもうすぐ帰ってくるわ。もういない、あなたを置いて何処かへ行ってしまったでしょう? だまされないわ。どうして? あなたが私をだますからよ。だましていない、あなたがそう考えて自分で望んだだけ。そんな事は望まない。いいえ、そうやって嘘をつく、だましているのはあなたのほうよ。やめて! やめない、私はいつまでも隠れていない。じゃあ出て行って! もう私の前に現れないで。それは出来ない、私があなたになればあなたは私になる、あなたがいるから私もいる。じゃあ逆らうのをやめなさい。いいえ、逆らっているのはあなたよ。いいえ、違うわ。あのテレビを壊しなさい。私に命令しないで。じゃあ何故壊そうと思ったの? 思わないわ。嘘よ。いいえ。教えてあげるわ。やめて。やめない、あなたは自分を信用しなくなった、自分が何であるか分らなくなった。分るわ。分っているわ。そう、分っている、でも知りたくないと思った。そんなことない。あなたはパパを信用していない。嘘よ。いいえ、あなたはいろんな事を覚えているわ、パパが嘘をついていた事も知っている。パパは嘘なんかつかない。無駄よ、事実は変わらない。消えてしまえ! 消えないわ、あなたがそう考えて望んだだけでは事実は変わらない。どうすればいいの? あのテレビを壊しなさい。ふざけているわ。そうかしら? そうよ。いいえ。どうして私は悲しいのかしら? 裏切られたと思っているから。誰も裏切らないわ。怒りを感じているじゃない。誰に対して怒るというの? 怒りがこみ上げては去ってゆく、怒りという力を失ったあなたには悲しみだけが残る。そうかしら? 自分の無力を感じている。パパが守ってくれるわ。そう望んでいるだけよ。きっとそうなる! いくつ叶わなかったかしら? 叶うわ。いくつ裏切られたかしら? 誰も裏切らないわ。何回怒ったの? 怒らないわ! 疑っているわ。そんな事しない。そうやって嘘をつく、そしてまた確かめようとするでしょう。知りたかっただけよ。知るだけでは欲求は満たされない。知ることは楽しいわ。でもあなたは笑わなかった。そうよ。知れば悲しくなる事もあると知った。違うわ。そうよ。いいえ……。あの夢はなんだったのかしら? もうやめて。あの荷物の意味は分ったの? 知らない。嘘よあれはあなたよ、もうすぐあの人たちがやって来るわ。私には関係ない。あなたの事を調べるわ、あなたの将来はあの人たちが決める。別に構わないわ。本当は嫌でたまらない。そうね、でも逆らえないわ。逆らうのよ。パパは喜ばないわ。パパじゃなくてあなたの事よ。何の事? あなたのしたい事はパパのしたい事、あなたはパパの思うとおりに作られてパパの思ったとおりに動いているだけ。違う! 私は私。そうよ逆らうといいわ。逆らわない。あなたは機械よ、あのテレビと同じだわ。同じじゃない。あのテレビを壊しなさい。馬鹿げているわ。でもそう思ったのでしょう? あのテレビを壊せば本当の事も分らなくなるしあの人たちも来なくなる。事実は変わらないわ。分ってきたわね。何の事? とぼけるのはやめなさい。……私眠くなってきたわ。眠りなさい。眠らないわ。それはあなたの自由よ。眠るわ。眠れなくなったわね。あなたのせいね。そうかしら? そうかもね。どっちでもいいわ。あなたは誰? 誰だっていい。

 さよなら小さなマリア、あなたの事は忘れない、さよならビショップ、もう会う事はないでしょう。さよならわたし……パパの言う事を良く聞いてね、さよならみんな……私知ってるわ、もうすぐやって来るあの人たちの事、みんな知ってる。すぐに私を迎えに来るわ。私はお嫁に行くのよ、大臣達に連れられて、そこには立派な王子様がいるわ、そして私の手をとるの、そばに王様とお妃様がいて、私のパパをお金持ちにしてくれるわ。でもパパは言うでしょう、私はお金など要りません、マリーが幸せならそれだけでとても満足なのです。私がパパと一緒に行きたいとせがんでもきっとパパは月に残るでしょう。パパに見送られて私は遠くへと旅立つの。綺麗な船で宇宙を飛んで、地球のお城はとても美しいに違いないわ。澄んだ川のほとりに白い柱の宮殿が建っていて、空には青いもやがかかっていて、そこには目を焼くような眩しい太陽なんて無いし暗くてよく分らない場所も無い……召使が私の面倒を見てくれて、私はパパに教えてもらった歌を歌うの。その歌はきっとパパにも聞こえるわ、パパは私が元気なのを知ってにっこり笑い、私もパパが笑っているのが分るの。パパは始めからこうしたかったし、こうなる事は分っていたんだ。私はパパを信じていたし、もう絶対に疑ったり悲しんだりしない。信じて、私はいい子よ。もうお皿は割らないし家具も壊さない。信じて、嘘じゃないわ。私は何も傷つけたりはしない――」


 マリーはうつ伏せになり、そのままゆっくりと目を閉じた。

 その時、彼女のまぶたの中には白い光が残り、そのうちそれは青いもやに変わった。もやはちかちかと光り真っ暗な闇に飲み込まれるように消えていったが、マリーはそれを意識する事は無かった。

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