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完成

 2121年。

 リオンがアンドロイドというたわいもない科学分野に没頭するようになってから6年目を迎える。

 その頃になると彼は研究室に頻繁に出入りするようになり、何日も泊りがけでシミュレーションを行う事があった。

 その中で、彼は研究室内に個人用の機材や資料を寄せ集めて自分だけの城を作り、他の研究者との接触を持つ事は少なかった。

 毎シーズンに研究所にやってくる新しい研究者や学生の一部が親しげに近付く事もあったが、大抵の者はすぐに興味を失って、またさらにその一部は冷笑を浴びせた。彼の研究材料や資料で埋め尽くされた机の一角を皆は「聖域」とか「おもちゃ箱」と呼んだ。


 2122年。

 月面コロニーのスケジュールでは、一般的に休養期間となることが多い12月。

 アカデミーの学生や研究者達がそれぞれの休暇を楽しむために施設を離れ研究所も閑散となる。そのような風景の中のとある研究室から低い唸り声のような音が何日にも渡って発せられていた。

 その部屋には極小加工が可能な工作機械が設置されており、リオンは実験目的としてその使用許可を得ていた。加工に必要なアームや冶具を始めとする様々な追加装置を自費で購入しセッティングしていた。

 青白くやつれた顔にも見えるリオンだが、眼は生き生きと輝いていた。加工が開始され、超高速で作動するアームの振動がかすかに伝わって不気味な音を発する。機械と繋がった机上のモニターが進行状況を伝える。

 完全密封された状態での加工は、それを行う装置自体が分厚い外殻に囲まれたいわゆるケーシングされている状態にあるために、それを直接視する事は出来ない。内部カメラがモニターへ画像を転送し、針のような先端の付いた細いアームが幾本も同時に小刻みに動いているのを映し出してている。アームは丸いスポンジのような物体を徐々に大きく、織り重ねるように作り上げていた。


 2123年。

 ロボットアミューズメント社から人体を模したロボットがリオン宛に届いた。専ら受付や案内、イベントや個人的嗜好のために使用されるこれらリアルタイプのロボットは、各関節や骨格となるフレームの高精度化や軽量化が進んでおり、バッテリーによって作動する。カメラ・マイク・スピーカーにあたる目・耳・口および声帯は人間と同じように頭部に配置されており、胴体部分に組み込まれた油圧装置が血管のように各部に張り巡らされた極小パイプを通じて人工筋肉を作動させ各関節を動かす。

 これらのロボットは、購入者それぞれの使用目的に応じてある程度の応対が可能なプログラム設定と、より具体的な目的に応じる追加設定の組み込みが購入段階でサービスとして付与される。

 リオンは、購入時の付属プログラムは初期設定の基本的なものだけを選択して一切の付加設定を断った。それらの付属サービスは初期購入代金に含まれているのだが、リオンにとっては元々の初期設定すら不要であった。

 取り扱い仕様や設計データを一通りチェックして肩甲骨下部分に配されたバッテリーユニットの絶縁を開放し起動する。


「……2123年3月20日午前10時21分40秒。……お早う御座います、ご用件をお伺いいたします」

 ぱちっと目を開き、明るい笑みを浮かべながら鈴のような声を響かせ女性型ロボットが身を起こした。殺風景な研究室に一瞬にして華が開いたような感覚。リオンは作動の確認を終えたのですぐに首筋後ろのパネルを開き起動を終了させた。

 満面の笑みを湛えながら澄んだ瞳をリオンに向け、所有者のコマンドを待っていたロボットは再び動力を失うと眠るように目を閉じて横たわった。

 それからすぐにリオンはロボットの頭部に『スポンジ』を設置する作業に取り掛かった。ベッドほどの大きさの作業台へうつ伏せに固定してその作業台を工作機械のケーシングされた加工空間へ設置。端末モニターで頭部の解体、既にあった頭脳ユニットである基盤を取り外し、元からあったその球形の基盤とほぼ同サイズのスポンジ状の人工頭脳を取り付け、接続を終える。

 切開された頭部ユニットは再びレーザー溶着され元通りの若い女性の弾力ある肌を模した表面素材の美しさを取り戻した。作業台を元の場所に戻してロボットを仰向けにする。


 リオンはようやくその女性型ロボットを仔細に眺めた。艶やかな黒髪が肩口まで伸びた20代前半の整った顔立ちの女性。購入前にカタログで様々なタイプの容姿を確認したが、彼の求めているものは決まっていた。

 10年近く前の街中の光景の中にいたあの女性をイメージした姿。

 リオンは満足そうに笑みを浮かべると、たった今生まれ変わったばかりのそのアンドロイドを起動した。

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