一章 二話 一晩たてば……
精霊らを引き連れて洞穴に戻ってきたメリアドールは早速精霊らにお願い事をすることにした。
今からお願いする作業は今後この洞穴での生活をより快適にするため、そして何より時間が掛かるからだ。
お願いしたのはズバリ、セメントによる内部空間の整備だ。
セメントの仕組みは単純で、凝灰岩の分解物を水で溶かして塗り固めるだけでも十二分に強度がある。前の世界では古代ローマの風呂といった水回りの工事に使われたており、実際に現存して
いるのだ。ここらは大学の知識よりも趣味……つまりヲタとしての活動時にたまたま見かけたのを覚えてたのが幸いだった。
ネックとなる材料を細かくする作業等は最悪自分の手で行えばいい……けど、死ぬほど疲れるからしたくないなぁと説明時に思ってたのは内緒だ。
本来なら時間をかければかけるほどしっかりと固まり、強度が出るセメントなのだが、急ぎなので今回はアルミナセメントを用いることにした。
アルミナセメントとは石灰石とボーキサイトからなるセメントで、乾きが早い上に強度がでて、熱や化学反応にも強い性質がある。
これから治療薬といった薬を生産するとなれば、頻繁に火も使うだろうし薬品がこぼれた時のことも考えての判断だ。
地精霊には材料となるそれらを集めてもらい、可能なら材料を粉末状にすることを。
火精霊には材料の焼成を、
水精霊には水を添加してからの材料の攪拌、並びに形成時の水分の蒸発を、
風精霊には空気を送っての乾燥を、
樹精霊だけにはお仕事はなかったので不満アリアリで頬を膨らませていたが、今後は十分活躍する場があるので納得してもらうことにした。
ちなみに転生後一番最初にみた女性の後ろ姿の正体は今契約してもらっている水精霊だった。
精霊らにこれから行う作業の説明を長々としているうちに空がうっすらと明け始めるのが見えた。夜の民にとっては正規の意味では睡眠時間は必要ではないが、太陽の光を浴びるとダメージを
受ける(力の弱いものなら、浴びただけで灰となって朽ちる)。
なので地下で活動するならまだしも、太陽の日差しを受ける可能性のある時間帯は活動を控えるのが彼らの常識なのであり、鉄則なのだ。
仮に太陽の光を何らかの方法で防御するにせよ克服したにせよ、夜の民は太陽の影響を受けてる間は身体能力が著しく低下する。
蛇足だがそのことを知った人類は対夜の民のために、擬似的な太陽の光を生み出す魔法を編み出したりしていたのだった。
逆に夜……特に月の光を浴びると夜の民は活性化してより強大な力を振るうことができる。
満月の夜に夜の民と戦うことはよほどの実力差がなければ避けるべきと人間側の常識となっていて、それが転じて月下で夜の民と会うというのが突然やってくる絶望を現す諺となっていたりす
る。
──じゃああとはよろしくね!
そう言い残してそっと柩の中へと身を移すメリアドールはそのまま眠りへと入っていく。
メリアドールは気付かなかった。
寝てる間も魔法力は柩を超えて洞穴の中に充満していってることに。
契約された精霊が仕事がてらにその潤沢な魔法力を貪欲に貪っていくことに。
そして柩から目覚めて顔を出したメリアドールがみたものは……予定通り天井から床までセメントで固めた風景と、どこかで見た覚えのある特徴を持った見知らぬ女性らである。
それぞれの頭髪や目が赤だったり青だったり緑だったり茶色だったりするけど、……と混乱する頭を振って、
「えっと、どちら様?」
「酷いなぁ。昨日契約したばかりじゃないか」
と、緑の髪と目を持ったボーイッシュな子が答える。メリアドールはパチパチ、と目を瞬きさせる。
契約したのは精霊、ということは……とメリアドールは漸く正解にたどり着いた。
彼女らは進化した精霊なのだという事実に。
「え、嘘。なんか姿変わってるし」
「それは勿論、強引にご主人様の色に染められたわけですし……きゃ♫」
「なにを言っているのですか貴女は。主が困っているじゃないですか」
クネクネと身を躍らせる青い目に髪の妙齢の女性はきっと水精霊に違いないと、メリアドールは乾いた笑いをしながら心の中でどうしてこうなった?!と叫んだ。
となると一見して眼鏡が似合いそうな茶髪の女性が地精霊で、喧嘩っぱやそうな赤いのが火精霊か。
しかも今は普通に精霊だけに聞こえる声ではなく、通常の肉声でしゃべっている。つまり彼女らは受肉──つまり十二分に物理的な干渉が可能となる段階である──しているのは明らかだろう
。ちなみに精霊らが望めば本来の精霊の体に転じることができる。
花の髪飾りをした10代ぐらいの愛くるしい少女の姿になった樹精霊が抱きついて甘えてくるのを、頭を撫でてあげながらまあいいかと考えることにした。
ちなみに普通では契約したからといって直ぐに進化をするわけではない。
契約を結んで早くて数ヶ月、それも普段から魔法力を意識して与えるといった促成手段を用いて数ヶ月かかるのだ。
ただの睡眠時に漏れ出る魔法力が通常ではありえない、規格外だっただけである。
この光景を一般的な魔法使いが見れば、目の前の事実に目を背けてまず自分は夢を見ているのだと考える程の非常識さ。
だが悲しいことに、メリアドールに自分の規格外さを教える存在はこの場にいなかった。
すごいことは知っているけれど、どうすごいのかを知っていれば、後に苦労することがなかったのだが。
受肉した精霊となった彼女らに新しい名前をつけてあげないとなぁ、と当のメリアドールの思考はそれ一色になっていた。
受肉をした精霊とはつまり将来的に最上級の精霊になることが定められた、既に同族とは異なった存在故に、それらを区別する意味でも名前をつけるのは重要だ。
見た目は女の子だから、可愛らしい名前がいいよねと考える。けどあまりそういった方面に縁がなかったメリアドールは安直ながら宝石の名前から拝借することにした。
「地精霊はシトリンで、風精霊がエメラルド、水精霊はサファイアで火精霊はルビー んでっと……樹精霊はペリドット」
シトリンと名付けられた子は満足げにうなづいた。メリアドールからしてクールな女執事の印象である。
エメラルドは上機嫌に鼻歌を歌っている。見えない尻尾を振ってる子犬のような印象。
ルビーはまあいいんじゃねぇの? とぶっきらぼうに素直じゃない反応を返す。名付けた本人はきっとツンデレだろうと思ってることを知らなかったのは幸いか。
サファイアは流石ご主人様と両手を自分の頬にあてて微笑んでいる。ちょっとおませな家政婦さんだなと雇い主は思う。
ペリドットは喜びを抱きつく行為で示してくれている。この集団のマスコット兼癒しの座に決定した瞬間だ。
生前は両親と自分と違って優秀な兄以外に、これほど親しくなれる存在は数える程しかなかったが、これが家族を持つということなのかと感無量になっていた。
嬉しさと気恥ずかしさに顔が少しだけ緩んでしまったメリアドールだったが、深呼吸の後に皆と面向かって笑みをつくった。
「なんだか今更だったり、だけど……僕はメリアドール。改めてよろしくね、みんな」
主に対して彼女らからは、微笑みが返された。
これから長い間、メリアドールの歩みと共に語られる事になる【大いなる精霊達】
一体一体が最上級の精霊となっていくことになった彼女らとメリアドールとの関係は、後の精霊魔法使いらの目標となっていく。
その始まりが穏やかな家族の関係から始まったことは彼女らだけが知る事実であった。
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がんばれ、一日一話ずつ更新…… どこまで、つづくかな……?